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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満
第5章 エリザベス罠にはまる

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164. エバの愛と苦悩 

※ 今回、殺戮したシーンがありますので、苦手な方はご遠慮してくださいませ。m(_ _)m

※  2025/9/13 修正済



※ ※ ※ ※




エバが振り降ろした短剣は、ロバートの心の臓の寸前で止まった!


『!!』


エバは短剣を持つ手が、ブルブルと震えるのを止められなかった。



──エバ、あなたなぜ仕留めないの?


そのまま簡単に心臓ひと突きできたのに……


エバは心のなかで自問自答する。



いつしかエバの眼には、ぽろぽろと涙が溢れてきた。


──無理よ、どうしてこの方をあたしが殺せようか……



そうだ、私には()()()()様は殺せない。


いつの間にかあたしは、この方を誰よリも大切な想い人になっていたんだ。



エバは私情に負けた。

間者として成すべき任務を果たせなかった。


エバはアドリアの命令を初めて放棄したのだ。


エバはきつく唇を噛み締めた。



──逃げよう、全てから。


もうアドリア様にも顔向けはできない。


エバがベッドから離れようとしたその時──。



『エバ……?』


『!?』


ロバートが目を覚ました!


『『!』』


エバの金色の瞳とロバートの蒼い瞳が、一瞬重なるように見つめあう。


その瞬間、ロバートは王太子の直感で、エバが自分の刺客だと察した。



『エバ、貴様──!』



ロバートは突然起き上がり、自身のベッドの隅にいつも護身用に隠してある短剣を掴み、エバに襲いかかろうとした。


だがその前にエバの短剣が大きく弧を描き、ロバートの肩にザクリと振り落とされた。



『ぎゃあああああああああ──!』


ドサッと、ロバート王子の右腕が無残にも切り落ちた!


肩腕を押さえて倒れ込むロバート。

物凄い血しぶきがベッドに壁に、そこら中に飛び散った!


エバの顔にも血しぶきが真っ赤に飛び散った。


ロバートは余りの痛さでのたうち廻る。

『ううっつ、エバ、お、お前………なぜ?』


『フレディ様、いえ()()()()殿()()、どうか許して!』


エバは短剣を、そのまま直ぐに鞘に収めた。



エバはロバートを見た。



哀しそうな顔を一瞬だけしたが、(きびす)を返して寝室の窓を開け、そのままひらりと外へ飛んだ。


『うう…、エバ……まてぇ!』


ロバートは追いかけようとしたが、余りの痛さで(うずくま)る。



エバはあっという間に走り去り、朝もやの中へと消えた。



『おのれ~っ、うぁああああああああああ!』


ロバートは絶叫し、体中、血まみれで床に倒れ込む。



『なんだ、何事だ!!』


ロバートの悲鳴で寝ていた護衛騎士たちが、びっくりして目が覚めた。

慌ててスィートルームのドアを『ドンドン!ドンドン』と大きく叩く。


『殿下、殿下どうなさいました!』


開けようとするも、ドアは内側からカギが掛かっていて開けられない。


『どいてろ!』

と、がっしりとした大男の騎士が、体当りしてドアを蹴破った。


『ロバート様──!!』


『うわあ〜なんだこりゃ〜!!』


護衛騎士たちは、余りの悲惨な惨状を見て一瞬、体が硬直するほどであった。




※ ※



朝方の王都の繁華街の裏通りの道、人の姿は殆ど無い。黒マントを着たエバが、古びた酒場の裏口から静かに入いる。

階段を上り、二階の個室部屋の中に入って行く。


ドアの外から男の声が聞こえてきた。


中には黒マント姿のエバと同じ、黒マント姿の背が高い男がいた。


男は刺客の隊長だった。


これまで少女のエバに訓練し、一流の間者に育て上げた。ある時は助言し支えてきたエバの上司である。



『それで、殺ったのか?』

『…………』

『おい、答えろ!』

『いえ、ただ、右手を切り落としました』

『右手を……』

『……はい』

『仕留め損ねたのか』

『はい』

『何たることだ、お前らしくもない……』

『ですが、あの腕ではもう戦うのは無理でしょう』

『お前、奴に惚れたな?』

『…………』

エバは顔を伏せた。


『やはりな──』

『すみません……』


『まあいい。仕方ない、お前はまだ若い。今回は片腕だけでも良しとしよう』


『…………』


ガチャっと大きな袋を渡す男。

『この金で例の場所に隠れていろ。あそこなら先ず見つからない』

『分かりました』

『次は私情を挟むなよ、あの方のご恩を絶対に忘れるな!』


『はい、肝に銘じます』


『とりあえず、お前に何人かの下僕をつけよう。その下僕を好きにするも、どうするもお前の自由だ、今回は若いお前には正直、辛すぎた命だったからな』


『…………』


黒マントの男はエバの憔悴しきった表情に同情を禁じ得なかった。


『エバ、少し休め。なあにお前はまだ若い、高貴な麗しい男を女人のお前が愛するのも致し方ないさ。御主人様もなかなか厳しいお方だ──』


『⋯⋯⋯』


『分かった、下僕たちは見目が麗しい男ばかり選んでおこう。彼らが少しは、お前の慰めになるであろう』


『マスターそんな……若い男の下僕なんて私には必要ありません』


エバは顔を上げて唇を尖らせて怒った。



『いや、あそこは簡素過ぎる。お前は寂しくなって必ず人恋しくなるよ、きっとその男たちの中で、一人くらいお前が所帯を持ってもいいと思う男が見つかるだろう。その男と結婚して子をなせ!──そして家族でまたあの方の為に、今後も働くのだ!』



『結婚なんて……あたしなんかが、そんな人並みの幸せなんて、出来るはずがない……』

エバは投げやりに虚ろにいった。 


金色の瞳は、この世の何も映さないかのように、睫毛を伏せた。



男はエバの頭をポンポンと軽く叩いて微笑んだ。


『なあに、老いれば今の能力も落ちていく。エバ、元気を出せ──人の気持ちも変わるぞ、その時は引退だ。それまでに遮二無二(しゃにむに)働いて、悠々と余生を暮らせる金は、十分に貯めておくんだ。擦ればお前の使命も終える。それまでの辛抱だ』


『わかりましたマスター、ともかく自分はこのまま隠れます』


『よし、今回の失敗では御主人様は、おまえを処分するかもしれん、あの方は時に感情の起伏が激しい。任務に失敗した今は直接会わんほうがいいな。オレが上手く伝えておこう』


『マスター、ありがとうございます。御主人様には誠に申し訳なかったと、心よりエバが申してたとお伝えください、そして今まで与えて下さった数々の愛情も勿体なかったと、くれぐれエバは感謝していたと……』


エバの声は涙で最後は言葉にならなかった。


『相わかった』


男は黙って、エバの頭をまたポン!と優しく叩いてそのまま出ていった。



※ ※



エバは、その日一日中泣いた。


これ以上ないくらい、生まれて初めて泣き疲れるくらい泣いた。


奴隷のエバを拾って、教養と衣服と食べ物を与えてくれたアドリア妃。


彼女はアドリア妃の間者として契約したのだ。

今までも、女の手管を使って平気で何人も陥れてきた。

罪悪感など一度も感じなかった。




──アドリア様の為に働けるなら何だってできる。


そう、エバは信じて疑わなかった。


だが、今回だけはエバは一生、自分で自分を許せないだろうと心底悟った。



『フレディ様、堪忍……ゴメンなさい、愛してたのに……大好きだったのに……』



王子殺害が出来ず、敢えて腕だけを切り落としたのもわざとであった。

王子を愛してるからこそ、腕を無くし未来の王としての地位がなくても、王子としての肩書があれば生きていけるだろうと。


エヴァのせめてもの、最低限の愛情だった。





その後エバは消息を隠して、マスターが与えてくれた下僕の一人と所帯を持ち、子供までなした。


不思議とマスターのいった通りとなった。

そして、エバはその男と二人でアジトから忽然と消えた。


エバはもう自分が愛した人間を傷つける、間者の仕事に嫌気が差したからだ。



その後、アドリアは消えたエヴァを許した。

彼女はエバを敢えて裏切り者として、執拗に探そうとはしなかった。



なぜなら息子のフレデリック王子が、ロバートの後釜で王太子になったのだ。


アドリアの念願だった、王太子を失脚させてくれたのはエバであり影の功労者であった。



ロバートは、というと隻腕の王子となって、自慢の剣技が振るえず、愛するエバの裏切りに絶望した。



好いた娼婦に腕を斬られ、世を恨み自暴自棄になっていく。


それほど迄にエバを愛していたことに、ロバートは気がついた。腕を斬られたのに、尚更、彼女の愛憎は増すばかりだった。


ロバートはエバのいない寂しさや虚しさを紛らわす為に、市井で酒や賭け事に興じて、王太子の使命を果たさずに、そのまま自滅していった。



ライナス国王もだが、メルフィーナ王妃が嘆いたのは言うまでもない。



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