152. エドワードの喜びと怒り
※ 2025/6/17 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
エリザベスの手紙を読み終えたエドワード。
『うっ……リズ……リズ……』
『旦那様…………』
執事のアレクが驚くのも無理はない。
貴族の恥も外聞もなく自分の領主が、その場に蹲って咽び泣いている。
エドワードは、両手でエリザベスからの手紙を握り閉めて、蒼い眼から幾度となく涙が頬をつたう。
──おお、これは夢なのか、はたまた幻か!!
エリザベスが初めて自分を愛しているといってくれた。
これまで一度たりとも「愛している」と言わなかった妻が、手紙の文面とはいえ「愛してる」といってくれた。
エドワードは、妻が王太子妃殺人未遂を犯したこと以上に、自分を愛していると書かれた文字に感動と歓びに全身が打ち震えていた。
無理もない。
エドワードはエリザベスが結婚当初から、自分を愛しているなんて夢にも思ってなかった。
王妃の夢に破れて自棄を起こして結婚したことも、重々承知していた。
その後、運命は追い打ちをかけるように、リリアンヌが怪我をして夫婦別居の醒めた生活が何年も続く。正直、エドワードはこのまま冷えた夫婦生活でも、甘んじて受けいれる覚悟でいた。
それだけエリザベスを妻にできたことは、彼にとって何物にも代えがたい僥倖だった。
ああ、それなのに妻はずっと俺を愛していたというのか?
それもずっとずっと前からって?
信じられない──。
だが……信じられるのかもしれない──。
最近俺に向けたリズの愛らしい微笑みや、ジュディを嫉妬した態度は明らかに俺を愛しているのではないかと錯覚を起こさせた。
リズは昔、赤ん坊のリリーに嫉妬した時期はあった。
だがそれは、妻の独占欲による傲慢さから来ていたもので、俺に対して愛情があるなんて到底思えなかった。
しかし、その見解は間違っていたのだ。
リズは娘のリリーを憎むほど俺を愛していたんだ!
間違いないだろう。
リズがこんな危機的大事な時に、俺に長い手紙を認めてくれた。
俺と二度と会えなくなるかもしれないと思って、リズは俺にラブレターを書いたんだ。
『ああ……なんてことだ……』
エドワードは再び嗚咽した。
歓喜の嗚咽だ。
ウソなんかじゃない、リズは俺を愛している!
エドワードは、ようやく自分がエリザベスに愛されてると自覚できた。
だが、その喜びはつかの間だった。
エドワードの心には、だんだんと憎しみの炎が燃え上がってきた。
おのれ、私の愛する妻に一体誰がこのような謀を巡らしたのか?
確かにリズは、いくら妹の身体の為とはいえ、王太子妃に堕胎薬を盛ろうなど、臣下として愚かで浅はかだった。
一言、俺に相談してくれれば俺が力づくでも止めたのに──。
リズ、なぜ自分に相談しなかった!
文面にあるように、誰がリズに毒薬を渡したんだ?
そいつが妻を罠に嵌め、王太子妃に毒を盛らせようとした張本人だ!
エドワードの脳裏には、薄い赤い唇の捻くれた笑いの男が浮上した。
──あいつだ、ロットバルト・パイロープ伯爵!
あの男は医者で薬の知識もある。
妻に気があり、常に妻を付け回していた奴だ──
絶対、あいつに間違いない!
『えい、くそっ、絶対に奴を許さん!』
エドワードは荒々しく怒鳴り、側にあった椅子を蹴っ飛ばした!
『旦那様……』
アレクはエドワードの剣幕にびっくりした。
日頃の穏やかで優しいエドワードの蒼い眼が、怒りで濃い色に変っているのを、アレクはありありと見つめた。
『アレク、至急、国王に拝謁するぞ、国王はまだ青い城にいるのか?』
『いえ、王宮に問い合わせた所、国王様および王室一家は王太子妃様を残して、王都に戻ったそうです』
『いつ出発したんだ?』
『確か、エリザベス様の毒が判明した翌々日です。他の王族に危害が与えられる危険性を考慮して早急に旅立ちました』
『そうか二日前だな、エリザベスは今どこにいる?──既に護送されたのか?』
『いえエリザベス様の護送は多分、これからかと──』
『え、まだエリザベスは青い城にいるのか?』
『はい、そのようでございます、今日サマンサが奥様の護送が決定したので、着替え類だけ持っていき、まだ帰宅しておりません』
『そうか……ならば、まだ妻は青い城にいるんだな』
『はい』
そうか、まだエリザベスは青い城にいる!
エドワードは既にエリザベスは王都へ護送されたと思ってたが、青い城にいると知って安堵した。
『アレク、青い城へ出かけるぞ、先に伝令をだせ!──あと、ルイは走らせたばかりで疲れている。他の馬に乗る。厩舎員に伝えろ!』
『え、今帰宅されたばかりなのにですか?』
少々驚くアレク。
『そうだ、エリザベスが護送される前に一目でも会わなければならん!』
『ですが、旦那様。長旅でお疲れのご様子。せめて食事をとってから行かれたらどうでしょうか?』
『いや、食欲はない。妻が牢に入れられてるのに、これが休んでなどいられるか!』
エドワードは怒鳴ってアレクの忠告など聞く耳は持たない。
アレクは内心困惑した。
エドワードの形相は少し病的に見える。
精神は高揚していても、体は疲労困憊の様子だった。
『旦那様、承知致しました。ですがどうかお着替えだけはしてください、そのお召し物では多分、王宮殿内には入れないでしょう』
『あ……』
アレクに注意されて、エドワードは自分の姿を注視した。
さすがにエドワードも自分の酷い有り様に気付いた。
彼の着ていたジャケットやシャツ、スラックスは汗でヨレヨレでしかもひどく汚れていた。
無理もない、エドワードはセレス領の救援の際に、領民に交じって片づけや力仕事も手伝っていたのだ。
貴族の動きづらい、華美な服装など着て支援活動などできようがなかった。
『ああ、そうだな。一旦、着替える。あと茶と水だけ飲みたい』
『畏まりました、早速ご用意致します」
エドワードは、自分の部屋へ行こうとして二階に上がろうとした所──。
『うっ!?』
突然、エドワードの体が傾いて、そのまま階段上で倒れてしまう。
『旦那様!!』
アレクは、慌てて近寄り、倒れたエドワードを抱き起そうとした。
既にエドワードは顔面蒼白で意識を失っており、起き上がれる様子ではなかった!
『ひぃ!』
『旦那様──!』
周りにいた従者やメイドたちも驚愕する。
『旦那様が……誰か、主治医を呼べ! 急げ、早く!』
アレクは、滅多にないほど大声で叫んだ!




