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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満
第5章 エリザベス罠にはまる

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144. エリザベス動く!

2025/6/15 修正済み

※ ※ ※ ※




宮廷舞踏会は盛大に閉幕(へいまく)した。


早朝、公爵領本邸ホームハウスに宮殿から従者が来て、マーガレット王太子妃から本日のお茶会の招待依頼が来た。


王太子妃は明後日には王族と一緒に青い城を発つので、今日しか時間がないとのことだった。


エリザベスは謹んでお受けすると従者に伝える。




──王様がわたくしの願いをマリーに伝えてくださったのね。


エリザベスは深呼吸をした後、天を仰いだ。



いいでしょう、天が機会を与えてくれた。


わたくしは決めたわ。

マリーに、ロットのくれた()()()を飲ませよう。



こうエリザベスが決めたのは、昨日のロットの忠告を聞いて、悶々と悩んだ末だった。


もしかしたら、これはロットの罠かもしれないとも思った。

だが、昨夜のロットバルトの言葉は、自分に嘘をついているとは、エリザベスにはどうしても思えなかったのだ。



──ロットは、間違いなくわたくしに真実を伝えた。


彼にしてみれば王太子妃のマリーが死産したほうが、アドリア妃もロットも助かるはずだ。


エリザベスはロバート殿下とダンスをした折に、殿下がアドリア妃を嫌悪する様子も肌で感じた。


──ロットが、叔母のアドリア妃に恩があるのは嘘ではなかろう。


彼には出生の影が付きまとうせいか、王族の王権争いに嫌悪感を抱いている。


か弱いマリーが犠牲になるのは忍びない、という思いはロットからは伝わったわ。



“お腹の子には気の毒だが、わたくし以外マリーの命を救う人間はいない”


総合的にエリザベスは、最終判断を下した。


エリザベスは、化粧鏡の引きだしの中から小さなガラスの小瓶を取り出した。




※ ※



王宮殿 青い城内

長い廊下を従者に案内されてエリザベスは歩いている。


手には白いマーガレットの花束と小さいポシェットをしっかりと持っていた。


ポシェットの中には、あの小さなガラスの小瓶が入っている。

エリザベスの顔は、少し青ざめて見えた。


エリザベスが王太子妃の居間へと通された時に、先日と部屋の感じが違うことに気が付いた。


『ピュピュ、チチチチッツ』


窓辺の側の鳥かごから一羽のカナリアの鳴き声が聞こえてきたからだ。


『ピーピー、チュルチュル』


レモンイエローのカナリアは、鳥かごに設置されてる小枝から小枝へと、ぴょんぴょん軽やかに飛んでいる。


つぶらな黒目が愛らしい。



『まあ、可愛い!』

エリザベスは、思わず鳥かごに近づいてレモンカナリアを見つめた。


『ピーピーピー、ピピピ、ピピピッ♪』


カナリアはエリザベスの側に近づいて嬉しいのか更に可愛く鳴いた。


『うふふ、可愛い……』


緊張感で強張っていたエリザベスの表情が少し緩んだ。



居間の扉が開いて、キャリーに支えられたマーガレットが入ってきた。


『おまたせしました。お姉さま』


『マーガレット妃様、こちらこそお茶会にお招き頂き恐悦至極に存じ奉ります』

と緊張しているのか、いつも以上に深々とカーテシーをするエリザベス。


『まあ、お姉さま。そんな堅苦しい挨拶はなしと、前にも言いましたわ。姉妹の時は気軽に話してくださいな』


『はい、そうでした。それではマリーと呼ばせて頂くわね』

『それでこそ、お姉さまですわ』


ふたりは微笑み合った。


微笑んだマーガレットの顔は、化粧を施していて顔色の悪さは分からないが、こけた頬と目のくぼみは化粧でも隠しようがなかった。


今日のマーガレットはピンク色のマタニティドレスを着ていた。

膨らんだ七分袖からのびている手は小枝のようだ。

お腹はぺったんこだった。


懐妊して二か月とはいえ、お腹に子供がいるようには見えなかった。だがマーガレットの表情は、思いの他、明るく見たところ気分は良いようだ。


『あ、そうそう、このマーガレットの花は公爵邸の温室で咲いていたの。マリー、あなたの花よ。どうか受けとってくださいな』


『まあ、早咲きのマーガレットの花とは!まだ庭の花壇は咲いてないからとても嬉しいですわ!』


マーガレットは本当に嬉しそうに笑った。



──良かった、この前あんな別れ方をしたから、受け取ってもらえるか心配だった。


エリザベスもホッと安堵した。



『キャリーお花を花瓶に移して頂戴。それから今日はフルーツティーにしてね、お姉さまはフルーツティーが大好きなのよ』


『はい、王太子妃様、かしこまりました』

とキャリーは花束を受け取り、一礼して居間から出ていく。


『マリー、わたくしの好みを覚えていてくださったのね』

『勿論ですとも、お姉さまの大好物のほろほろ鳥のステーキもね』

『ま、それも覚えてたのね!』

エリザベスは笑顔になる。


『ねえ、このレモン色のカナリアとっても愛らしいわね』

『ええ、一昨日、王様から頂いたんですの』

『まあ、王様から?』


『ええ、懐妊のお祝いですって。犬や猫だと足元で動くと危ないけど、小鳥なら大丈夫だろうって』


『王様はとてもマリーのこと気遣ってくださるのね』

『ええ、レモンカナリアは幸運を呼ぶ鳥だそうよ』


マーガレットはとても嬉しそうだ。


二人は、ソファに座って和やかに談笑していく。


『昨夜の舞踏会は、あなたがすぐに席を離れたから心配したわ』


『あ、悪阻(つわり)が酷くて……でも今朝は薬を飲んでいるのか調子が良いですわ』


『あなたが王都へ戻ったら当分、わたくしとは会えなくなるから最後に王様にお頼みしたのよ』

『え、でも王都に戻っても、王宮へ遊びにくればいいだけですのに……』


『いいえ、わたくしもう別居はしないつもりよ』

エリザベスはきっぱりと云った。


『まあ、そうなんですの。失礼だけど、てっきりエドワード様とは、余り仲がよろしくないとお聞きしていました』


『そうね、今までは娘のことで色々あったから……でもわたくしは王様に拝謁して、公妾もはっきりと断ったわ。理由はもちろんあなたの為もあるけど、何より愛する夫を裏切りたくないの』


『お姉さま……』

マーガレットは、幾分意外そうな顔をしていた。

彼女も公爵夫妻が別居して仮面夫婦の噂は耳にはしていた。





『失礼致します、お茶を持って参りました』

と、扉が開きメイドのキャリーが入ってきた。


キャリーはティーカップセットを載せたサイドテーブルを引いてきた。

手慣れた手つきでティーカップにお茶を入れていく。


『アップルティーとチョコチップクッキーでございます』

とキャリーが、お茶とクッキーの入った皿をテーブルに置いた。


『さあ、お姉さまの好きなチョコチップクッキーも召し上がってくださいな』

とマーガレットは勧める。


エリザベスは、マーガレットのゆらゆら揺れるティーの表面を凝視した。


同時に彼女の脳裏には、温室のロットバルトの声が思い出された。


“この薬は妊婦が2ヶ月ぐらいでないと堕胎できない。堕胎しても母体には影響はない。それに飲んでもすぐには気付かれないのがいい。何日か後に自然流産するから医者でも原因不明というだろう。君が王太子妃のカップに1、2滴たらしても誰にも気づかれはしない”



『お姉さま、ティーカップに何か?』


エリザベスの表情が、強張っているのに不審がるマーガレット。


『え? ああ……いいえ。すてきな香りがするお茶だと思って……チョコチップクッキーも用意してくれたのね、マリーどうもありがとう』


不意を突かれたように、エリザベスはとても焦った。


『アップルティーは王妃様からよ。どうぞ召し上がって』


二人共に、アップルティーを飲む。


エリザベスは口にお茶を含みながらも、心臓の鼓動はドキンドキンと凄い速さになっていく。



──落ち着いて、落ち着くのよエリザベス。


確かマリーは、お茶が好きでいつも2杯は飲んでいたはず。


大丈夫、必ず機会(チャンス)はあるはずよ。


『キャリー、もう下がっていいわ』

『え、ですが王太子妃様のお身体が心配ですけど……』


キャリーは怪訝な顔をする。


『今日はとても調子がいいの、何かあったら呼び鈴を鳴らすから大丈夫よ、いいから下がりなさい』

『畏まりました。エリザベス様、どうか王太子妃様をよろしくお願い致します』


『ええ……』

キャリーは一礼して部屋から出ていった。


『あなたの、メイドはとっても可愛らしい顔をしてるわね』


『ええ、バンビに似てるでしょう。だけどキャリーは若いのに甲斐甲斐しく私の世話をしてくれますの。冷たい王宮の中でも、あの子がいたから私はなんとか過ごしてます』


マーガレットは長い睫毛を伏せてひどく哀しそうだ。


『え、マリー、あなたそんなに王宮の生活が辛かったの?』

『ふふ、今日はお姉さまになんだか素直になんでもいえてる。なぜかしら。これもお腹の赤ちゃんのせいかもしれない』


マーガレットはお腹を痩せた手で優しく(さわ)


『マリー、あなた……あ……』


エリザベスは、内心動揺を隠せない。


ティーカップを持つ手がブルブルと震えてくる。



──どうしよう、気持ちが()えそう。


それにいつ、薬をティーカップに垂らせばいいの!


エリザベスは、堪らなく罪悪感が襲ってきた。




その時、鳥かごからカナリアの大きな鳴き声が──。

『ピーピピピー、ピーピーチュル』


思わずドキッとするエリザベス。


『あら、カナリーちゃんの鳴き声が凄いわね。もしかしてエサが欲しいのかしら。お姉さま、ちょっと失礼しますわ』

とマーガレットが立ち上がって、窓際の鳥かごに近づいていった。


『!!』



──チャンスだわ。今よ!


エリザベスはマーガレットの後姿を確認しながら、ソファーに置いたポシェットから小瓶を取り出す。

そのまま彼女のティーカップに1滴2適、素早く垂らした。



できた、成功したわ──!


いつしかエリザベスの額にはひや汗が噴き出ていた。




※ ようやくエリザベスは薬をティーカップに入れることに成功しました。

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