139. 女神の加護と眠れる潜在能力
※ 2025/6/13 修正済み
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夜の古城 青い城から見える山々には、既に夕闇が色濃く広がっていた。
国王の謁見の間から、少々疲れた顔で出てくるエリザベス。
だが、気持ちは晴れ晴れしていた。
エリザベスは先ほどの国王とのやりとりを回想する。
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『エリザベス。このままでは平行線じゃ、お互いもう少し様子をみるとしようではないか』
『王様、何度云われても、わたくしの気持ちは変わりませんわ』
『ふむ。だが世の常で人の心は縁に依って常に変化するものぞ。わしの心もそなたの心も同じじゃ』
『王様も……ですか?』
『無論じゃ……だからこうしよう、公妾の話は、王太子妃の御子が生まれるまでは一旦、保留とする』
『えっ?』
『そなたの妹への想いは理解した。マーガレットの御子が来年、生まれてからでも遅くはない、母子ともに健康なら公妾などいなくても良いのじゃ…』
国王は、自らを戒めるかの如く語った。
『王様、王太子妃は……』
──王太子妃さま、マリーはもしかしたら御子を産めるかどうかも危ぶまれるのに、一つ間違えば母子共に旅立ってしまうかもしれないんですよ。
と、エリザベスは、途中まで出かかりそうな言葉を止めた。
口に出せば、現実になりそうで、とてつもなく恐怖が襲うからだ。
『エリザベスや、余り思い悩むではない。緑の女神がきっとマーガレットにも加護を与えてくれようぞ。またそのように我々も善の方向へと祈ろうではないか。よって今夜の舞踏会での発表は中止だ。この件は、わしから王妃とロバートにも伝えておくから何も心配しなくて良い。今夜はせっかく青い城に来たのじゃ、舞踏会を存分に楽しんでいきなさい』
と、国王はとても温かくエリザベスを労った。
『ありがとうございます。それで今夜の舞踏会は、王太子妃は出席するのでしょうか?』
『一応、出席予定じゃが直ぐに退出させる。あの体ではダンスは無理じゃろうて。とにかく今は大事をとらんとな』
『ありがとうございます。あと1つだけ、王様にお願いの儀がございます。妹とわたくしは今回の件で、行き違いが生じております。妹はわたくしとは話をしたくないようです。王太子妃が王都に帰るまで、もう一度だけわたくしが一目逢いたいと、王太子妃にお伝え願えませんでしょうか?』
『分かった、伝えておこう。王室の事情とは言え、そなた達姉妹には迷惑をかけて申し訳ないことをしたな。だがエドワードとの仲が悪いと噂が無ければ、こんな話はなかったのじゃ、わしからもどうか汝の夫であるエドワードを大切にしてくれ』
『はい、王様、命に賭けて……』
エリザベスはようやく飛びきりのリズ・スマイルをした。
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とりあえず、公妾が保留されて良かったわ。
エリザベスは一安心した。
だが、マリーのお腹の子の件は何も解決してはいなかった。
──王様は、心配するなと仰ったけれど、果たして妹は無事に出産できるのだろうか?
エリザベスは、ずっと自問自答を繰り返していた。
このままなら、わたくしは公妾にならなくてすむかもしれない。
マリーが世継ぎを立派に産んで、あの子も元気になってくれれば何もいうことはないのよ。
エリザベスは、城の窓から街の景色を眺めた。
市民たちのダンスパーティーの音楽と、人々の喧騒が風に乗って軽やかに聞こえてきた。
そして再び、夜空には、一筋の閃光が真っ直ぐ高く上がると、大輪の菊の花がぱあっと開きだした。
夜の花火が始まった。
『パーン、ドーン』と地響きの様な音が城内にも響く。
最後のクィーンズ市街の饗宴が始まった。
市街の人々の歓声がワーッとエリザベスの耳にも届いてきた。
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アドリア妃の室内。
『そう、ライナス王は、公妾を保留としたのね』
『はい、閣下はその様にルービンシュタイン夫人に仰ってました』
『分かったわ、いつも報告ご苦労。下がってよろしい』
『はい、失礼致しまする』
真紅のカーテンの陰から、男と女のひそひそ声が聞こえている。
シャーっとカーテンが勢いよく開いた。
寝室部屋から出てきたのは、アドリア妃ただ一人だ。
男は消えていた。
アドリア妃は居間のソファに座り、机上にあった煙草ケースから煙草を取ってキセルに装着した。
『僕も1本、よろしいかな、お姉さま!』
と背後から若い男の声。
『ロット、あなた何時の間に?』
『もうすぐ、舞踏会が始まるので迎えに参りました』
悪戯小僧のようにニヤニヤと笑顔で、深々と片手で一礼をした。
『あら、素敵じゃない。燕尾服姿もなかなか似合うわね』
アドリア妃はロットバルトの出で立ちを褒める。
今日の、ロットバルトは黒のノーマルな燕尾服を着ている。
後ろを振り返ると、燕尾服の名の通り、ジャケットの燕の尾の様な長い裾から、ロットバルトの長いスラックス姿は見惚れるほど美しい。
ロットバルトはソファに座り、マッチでアドリア妃の煙草に火をつけてあげる。
アドリアは顔を近づけて美味しそうにキセルで煙草を吸う。
ロットバルトも煙草を1本手にとり、マッチで火をつけて吸いだす。
青白い煙の輪が天井にゆらゆらと立ち昇っていく。
『さきほどエリザベス嬢がライナス王と謁見して、公妾は一旦保留になったそうよ』
『そうですか。それはお姉さまにとっては、都合よいことではないですか』
『エリザベス嬢が頑として聞かなかったそうよ。さすがは緑の女神ね。ただまだ保留だから王太子妃が世継ぎを産まなければ、再度この論争は起こるわ。ライナス王はとてもあの娘を気に入ってるみたいね。ちょっと癪だわね』
『…………』
ロットバルトは無言で煙草をふかしている。
『そういえばロット、あの娘に例の薬は渡せたの?』
『ええ、渡しましたよ。だが使用するかどうかは本人次第ですねですね』
『もう、いい加減ね。お前をあてにしたのが失敗だったわ』
『はは、すみませんアドリア姉さま……』
ロットバルトは渇いた笑いをした。
『いいわ、既にもう一つ、打つ手は打ってあるから。とりあえず王太子妃の死産は想定通りよ』
アドリア妃のルビー色の瞳が、誰かを思い浮かべながらギラギラと凝視した。
『可哀そうですね、マーガレット妃の未来の運命は…』
『ああマーガレットね、まあ、私たちはあの子の望みは叶えるきっかけは作ったけど、こればかりは本人が産みたいというのだから仕方ないわね』
『本当は、助かるチャンスはあるんだけどね』
とボソッと煙草を吐きながら溜息交じりにいうロットバルト。
『何よロット、チャンスって?』
『まあ、このままではほぼ絶望だけど……』
ロットバルトは意味深な発言をする。
アドリア妃はさらに訊ねたが、ロットバルトはするりとはぐらかした。
ロットバルトの瞳は怪しげに紫色に光った。
そう、すべてはエリザベスなのだ。彼女が鍵を握っている。
彼女の潜在能力は自分にも計り知れない程のパワーなのだ。
彼女が一たび目覚めれば、お産など、母子共に助かるに違いないだろう。
だが、今のエリザベスは真逆で、自分はほんに取るに足りない人間と思い込んでいる。
『宝の持ち腐れなんだよな……』
と、独り言のように呟くロットバルトだった。




