134. 温室のランデブー(2)
※ 2025/6/13 修正済み
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『はは、どうかな。似合うかい?』
とまんざらでもなさそうな顔のロットバルト。
確かに、すらっと背丈のある細身のロットバルトは、制服を着こなしていた。
足の長いこと。何頭身あるのかと思わずつっこみたくなる。
『癪だけど素敵よ、私の専属執事見習いにしたくなるくらい……』
『専属見習いは嫌だなぁ、せめて執事にして欲しいね』
と服装が気にったのか、ロットはくるっと回ってポーズをとっている。
『そんなことより、どうやって、ここまで本邸に忍び込めたの?』
『実は裏からカッコよく侵入しようと考えてた矢先、今日は本邸が人の出入りが凄かったよね。何事かとこの姿で正門前に入って見たら、門番に従者なら今日は忙しいから早く入れっていわれてさ。なんだか拍子抜けたよ。何かあったのかい?』
『ええ、領地内のセレスが大雨で水害にあったのよ。それで今朝から旦那様たちが役員集めて召集会議してたの。近くの川が氾濫して、家が流されたりと死傷者が多数でてるらしいわ。とてもお気の毒だわ』
エリザベスは苦しげに溜息をついた。
『それは……大変だな。エドワード公は、二日酔いは大丈夫だったろうか?』
『二日酔いはともかく、旦那様はたいしたものよ、既に、先ほど災害支援の陣頭で馬に乗って発ったわ』
『へえ、さすがだな。領主は領民に何かあれば、直ぐに駆けつけなきゃいけないし、いろんな揉め事にも対応する。さらに奥方の我儘も聞かねばならぬとは、エドワード公は身体が幾つあっても足りないね。』
『何よロット。私を貶すためにわざわざ家まできたの?』
『あ、失礼しました奥様。気に障ったら真に申し訳ありません』
と、ロットバルトは執事のような言い回しで一礼する。
『それより、ここの温室に薔薇が咲いてるってメモに記してあったけど、良く知ったわね』
『ああ、それは勘だね、君は薔薇が好きだって聞いてたから。公爵家なら温室もあるだろうし、薔薇も咲いてるだろうなって……』
『あなったって、本当に勘がいいわよね~』
エリザベスは、ロットバルトのつかみどころのない性格に、翻弄されてばかりいるがなぜか嫌ではない。
美形ということもあるが、本質的にこの男と話してるととても楽しいのだ。
──多分、ロットは日頃から女性の扱いに慣れてるんだわ。
エリザベスは思った。
※
温室には、観葉植物を眺める椅子とテーブルがあった。
その横にはエリザベスが使ってた痩身用駆動式自転車などが入っている物置小屋もあった。
痩身用自転車は何年も未使用で埃をかぶっていた。
サマンサが忘れていてこれ幸いであった。
もしも知っていたら従者を呼びに、温室でロットとエリザベスが会ってたことがばれてただろう。
2人は立ち話もなんだからと、テーブル席に腰を掛けた。
『エリザベス、今日はもっと肝心な事を、僕に聞きたかったんじゃないのかい?』
『え、ああそうだった、あなたは医者よね。もうマリーの妊娠を知ってるんだから、単刀直入に聞くけどあの子は無事に子が産めるの?』
『…………』
『ロット、黙ってないで応えて!』
『医者としていえば今の状態では、赤子はともかく母体は危ないね……』
『やっぱり……昨日あの子の痩せ細った姿をみたら、とても無理だと思ったわ』
『3週間くらい前に妊娠が分かった時点では、もう少し太ってて元気ったんだけどね。それでも、あの時で半々くらいだった……』
ロットバルトは少々口ごもった。
『そんな……』
エリザベスは、切ない表情になった。
『どうやらマーガレット様は、胎児に栄養を吸い取られる体質のようだ。元々彼女は食も細いから、なかなか母体に栄養がつかない。薬を与えても出産は厳しいと云わざるを得ない』
『だったら、なぜ男の赤ちゃんができるなんて期待持たせたの、あの子は世継ぎを強く願ってたわ。きっと自分の命に替えても産むつもりよ、お願いだから医者として止めさせて頂戴!』
『う~ん、こればっかりは本人の意思だから仕方ないよ。実際、アドリア姉さまのいう通り、処方した薬草の効果では、男の子が出来やすいと統計的にも確認されてるんだ。ガーネット国内だけの統計だけど』
と言い訳をするロットバルト。
『でもマリーに何かあったら、あなたはどう責任とるのよ。まだ国王も王妃にも隠してた方がいいってあなた達がいったとマリーから聞いたわよ』
『先ほど王宮で聞いたけど、マーガレット様は今日、国王たちに御子ができたこと伝えたそうだよ』
『え、そうなの!』エリザベスは驚いた。
『ああ、アドリア姉さまが、さっき国王から聞いたって。国王や王妃はそれはとても喜んだらしい。ロバート殿下も珍しくマーガレット様を褒めたってさ。あんなに冷たかったのに、子どもが出来た途端調子がいいよね~』
と吐き捨てるようにいった。
どうやらロットバルトはロバート王太子が嫌いらしい。
『では、主治医にもみせたのよね、主治医はなんていってたのかしら』
『何も、お腹の赤子は順調だから産みなさいってさ』
『ええ、信じられない。お腹の子が順調でも、妹の姿を見れば医者じゃなくてもわかるのに、なぜ?』
エリザベスは、主治医の意外な言葉にびっくりした。
ロットバルトは、溜息をついて首を横に振っった。
『リズ、君は王室の恐ろしさを知らないな。こう言ってはなんだが、王室は世継ぎさえ生まれればいんだよ──変な話、王太子妃がいるのに公妾が欲しいくらいなんだろう。王妃たちは、マーガレット様の体など考えていない。王太子妃なんて簡単に替えが利くと思ってるよ』
『ロット、なんて酷い事をいうの!』エリザベスは、ゾッとして手で顔を覆った。
『僕が王族だからわかるんだ。血がつながってるからこそシビアなんだよ。僕は自分の出自を知った時、幼少時代は絶望して、自分の運命を呪ったこともある』
珍しくロットバルトが、歪んだ顔をした。
『ロット……』
──そうだ、ロットバルトは出生の秘密があるとの噂があった。
『ねえ、エリザベス。君は心底、マーガレット様を本当に助けたいのかい?』
ロットバルトは片手で色眼鏡を外して、紫水晶の美しい瞳を真っ直ぐエリザベスに向けた。
「…………」
エリザベスの緑色の瞳がロットバルトの瞳と何秒か見つめ合う。
なんだかロットの瞳が、いつも以上に怖いくらい綺麗だわ。
エリザベスは、唾をごくっと飲み込んだがはっきりと発した。
『ええ、勿論よ。母子ともに無事に出産できないなら産むのは反対だわ。わたくしにはあの子の命が大切。あの子に何かあったらバレンホイム家の家族が全員嘆き悲しむわ。特にお母様はマリーにもしも万一何かあったら生きていけないわ──それにマリーはまだ22歳なのよ。御子を産むチャンスはまだいくらでもあるわ』
『──わかった、なら、これを君に渡しておくよ』
ロットバルトは机上に、とても小さな細長いガラスの容器を置いた。
『何なの──?』
『堕胎の薬、子どもをおろす薬だよ』
『!?』
『この薬は、昔から堕胎に使われてる何種類かの薬草を煎じたものだ。作ろうと思えば平民でもできる。よく娼婦館で妊娠すると、娼婦が泣く泣く飲用してるものと同じだ』
『おお、そんな恐ろしい薬を……なぜわたくしに……?』
『君はマーガレット嬢を助けたいんだろう?』
『そうだけど、そんなことできないわ』
『でも、他に方法はないよ。このままだと彼女は自分を犠牲にしてでも産むつもりだよ』
『でも、わたくしには無理よ、あの子の赤ちゃんを降ろすなんて……とてもそんな酷い、無理よ』
エリザベスは強く、強く、首を振った。
『今すぐに決めなくていい、まだ時間はある。だがこの薬は妊娠2ヶ月迄が限界だ。それを過ぎると堕胎できなくなる。今週中に飲めば堕胎しても母体には影響はない。それに飲んでもすぐには気付かれないのがいい。何日か後に自然に流産するから医者でも原因不明というだけだ。だから君が妹の飲むお茶に1,2滴たらしても誰にも気づかれはしない』
『ロット、あなた……よくそんなことを平然といえるわね!』
エリザベスの顔は真っ青になった。
『君が決めるしかない、僕は君に助言しただけ。こればかりは君が決めるしかないさ』
ロットバルトの顔は、悪魔のような、まるで死の使いのような表情で、淡々と説明した。
エリザベスは、突然のロットバルトの言葉で戸惑うばかりであった。




