123. 黒い手紙と屋台の食事へ
※ 2025/6/11 修正済み
※ ※ ※ ※
公爵領本邸
1階の居間で、エドワードが忙しなくウロウロと行ったりきたりしている。
『遅い、アレク。エリザベスはまだ帰って来ないのか?』
珍しく声をあげるエドワード。
『はい、旦那様。まだのようでございます』
執事のアレクは静かに答える。
『3時前に出て行った、もう既に9時を廻った、流石に遅くはないか?』
『もしや王太子妃様と、夕食でも召し上がっているのでは?』
『それなら、必ず御者に連絡させるだろう、妻は急な用事や食事を変更する時は、必ず連絡をしていた』
そう、エリザベスは意外にも、外食や友人宅で食事を急遽する場合には、必ず屋敷には今夜の食事はないと、事前に知らせていたのだ。
『左様でございますな、何かトラブルでもあったのやもしれません。古城まで使いを出してみましょうか?』
『いや、それなら私が直接迎えに行こう』
と、二人が話をしていた時に一人の従事者が慌てて入ってくる。
『失礼致します──!』
『何だ!』
アレクがきつい声になる。
『突然、申し訳ありません。先程門番から不吉な手紙が門の中に、何者かに放り込まれたとありましたので、至急持ってまいりました。』
『不吉な手紙? 見せてみろ』
アレクは従事者から手紙を受け取る。
普通サイズだが、黒色の封筒である。差出人はない。
確かに色からして不吉である。
『私に見せてくれ──!』
エドワードは、咄嗟にアレクから手紙を奪うようにして、無造作に開ける。
『!?』
エドワードの蒼眼が、大きく見開く。
封筒を持つ手がぶるぶると震えだした。
『旦那様、どういたしましたか?』
『……アレク、読んでみろ』
エドワードが、手紙を渡した。
『これは……!』
普段は冷静なアレクも少々驚きを隠せなかった。
手紙の文面には──
“気をつけろ、お前の妻はロットバルト伯爵と何度も密会しているぞ!
と達筆な字で記載されている。
『だ、旦那様。これは、誰かのいたずらではないかと……さすがに、奥様はこのような方ではないと存じていますし、公爵領本邸に手紙を放り投げる輩など、信用するに値しません』
アレクは、戸惑いながらも自論を述べた。
『ああ、私も同意見だ。だがエリザベスは何故、今夜は帰ってこない……』
エドワードは、何とも不吉な予感が頭から祓えなかった。
※ ※
エドワードが手紙を読んだ時から、遡る事、約3時間前。
王宮の青い城、来賓用の部屋。
ロットバルトの薬草園のずさんな自室とは違って、整理整頓された王宮らしい、上品な調度品に囲まれた明るい雰囲気の室内。
エリザベスとロットバルトが並んで、テーブルの前のソファーに座っていた。
テーブルの上には、飲みかけのティーカップとお茶菓子が二つある。
どうやら、ロットバルトは泣いてるエリザベスを、自分の部屋へ招いて介抱していたようだ。
『エリザベス、どうかな、気分は落ち着いたかい?』
『ええ、ありがとう。もう大丈夫よ。それより今何時かしら?』
『ああ、もうすぐ7時になるよ』
『え、7時とは大変。もう帰らなくては、御者に馬車を待たせてあるのよ。ああ、1,2時間くらいで帰宅するつもりだったのに……ネロとマルコが心配しているわ』
エリザベスの御者兼護衛の兄弟のネロとマルコ。
二人は、王都のタウンハウスから、エリザベスが公爵領本邸へ帰省した時に、二人を連れて来ていた。
『ネロとマルコ?─ああ、いつぞやの雨の時の、御者の兄弟君たちかい?』
『そうよ。そういえばロットには、怪我をしたマルコの世話をして貰ったんだわ。まだお礼もいってなかったわね。その節はどうもありがとう』
『いえいえ、とんでもない。マルコ君は2,3日後だったけかな、熱も下がってあのまま歩いて、王都に帰った時はびっくりしたけどね、彼の脚力と体力は化物だよ』
ロットバルトは、薬草農園から自力で帰宅した弟のマルコを誉めそやした。
『それもあるけど、あなたの治療のおかげよ。お陰様でマルコの肩の怪我も今では殆ど治ってるわ。私の左手もすぐに良くなったのよ。流石はお医者様だわね。──なにかお礼をしないとって思ってたのよ。なにか欲しいものはない? 出来る限りのお礼はするつもりよ』
『お礼ねぇ~そういわれても、すぐに考えつかないけど……』
エリザベスはマルコの話をしたせいか、先ほどマリーの件で、落ち込んでいた気持ちが少しだけ軽くなった。
だが、肝心なことを聞かなければと思った。
──そう、マリーの妊娠だ。なぜロットバルトはマリーを治療しているのか?
アドリア妃は、なぜ王太子妃のマリーに媚薬や薬をあげてるの?
本来、王妃に属する王太子妃はアドリア妃にとっては、いってみれば敵である。
アドリア妃が、王太子妃のマリーを助けているのか、エリザベスには合点がいかない。
これには何か理由があるに違いない。
エリザベスがロットバルトに話をしようとした矢先。
『あ、だったらエリザベス嬢、お礼ならこれから、一緒に食事をしよう!』
とロットバルトはポンと相槌を打って、ソファから立ち上がった。
『え、食事って──?』
『いい考えだよ。今頃ネロ君やマルコ君も大分、お腹空かせてるだろうから、4人でホームハウス帰りがてらに、クィーンズ市街へ駆り出さないか?』
『え、街へ──?』
『うん、僕もまだ夕飯食べてないんだ。君もだろう?──これから街へ食事に行くところだったんだよ。今から馬車で帰っても屋敷まで1時間以上かかる。ならば途中で馬車を止めて屋台で一緒に食べよう。屋台の串し焼きやお団子はとても美味しいよ~。街は丁度“サマーフェスティバル”で夜もとても賑やかだし楽しいし──君も見たくないかい?』
『屋台ってロットはそんなところで、食事をしたことがあるの?』
『そんなのしょっちゅうさ。僕は吟遊時人のように、大陸をを渡り歩いたこともあるよ』
ロットバルトは“心外だなあ”という感じで薄い唇を尖らせた。
『でも、その恰好では街中では、目立つのではなくて?』
エリザベスはロットバルトの恰好を、じろじろとぶしつけに眺める。
黒曜石のような黒髪、紫水晶の瞳の貴族的な顔立ちはともかくとしても。
紫色の襟元ヒラヒラのシャツと黄金色のサッシュを腰に巻いて、紫色の異国風のゆったりとしたパンツルックスタイルだ。
どう見ても、どこぞのラクダに乗った王子様か、サーカス団のイカサマ師に見える。
『大丈夫、その辺は僕だって抜かりはないよ。君だってそんなお姫様スタイルじゃ、街人たちが恐れをなすよ。だからさ、平民に変装するのさ!』
ロットバルトはウィンクをして茶目っ気な笑顔になる。
エリザベスは、戸惑った顔をしたが、涙はすっかりと乾いていた。




