121. マーガレットの変貌(1)
※ 2025/6/6 修正済み
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クィーンズ市街地区にある王宮の古城、通称青い城。
マーガレット王太子妃の居間内。
王都の王太子妃の部屋と同様に、壁紙も調度品もアイボリー色で統一している落ち着いた部屋だ。
エリザベスとマーガレット王太子妃が、お互い向かい合って神妙なお面持ちで、ソファに腰をかけていた。
『お話は分かりました。要するにお姉様は、御自分がロバート殿下の公妾候補の勅令を取り下げるように、私から王様に伝えて欲しいというのですね』
マーガレットは、紅茶のカップを手に持ちながら、再度確認をした。
『ええ、そうですわ。どう考えても王太子妃の姉のわたくしが、公妾になるなんて理不尽は許されません。ましてや既婚者で夫も子供もいる身です──実は以前も王妃様から公妾候補の依頼を受けましたが、その時に、はっきりとお断り申し上げたのです。なのに今度は王様の勅令なんて……王太子妃様もさぞやこの話を聞いて憤慨されたと思います。わたくし、なんといってお詫びしたらいいのか、本当に申し訳ないと思ってますわ』
エリザベスは、必死になってマーガレットに懇願した。
──ああ、どうかマリーが話を聞いて、ショックを受けてませんようにと。
『ウフフ、お姉さまどうか落ち着いてくださいな。それから先ほども言いましたけど、今は2人きりですよ。メイドも下がらせました。畏まらずにもっと、普段の姉妹同士の会話をしましょうよ、ほら、お茶も冷めてしまいますわ。どうか召し上がれ……』
といって、マーガレットはエリザベスに、出された紅茶を勧めて自分も静かに飲む。
『そ⋯⋯そうね。わたくし今日は、夫から王命を聴いて驚いてしまったのね。少し焦ってるかもしれないわ。それではマリーと呼ばせてもらうわね』
エリザベスも出された紅茶に砂糖を3杯もスプーンに掬った。忙しげにカップに入れてかき混ぜる。
いつもなら砂糖は1杯しか入れないのに、本人は気が付いていない。
エリザベスはよほど緊張しているようだ。
『いただきます』
『どうぞ、お姉さま』
マーガレットは落ち着いて、紅茶を飲んでいるエリザベスをじっと見つめていた。
『実は、勅命の件だけど、既に王様からはお姉さまが公妾候補になっていいかどうか、私にもお伺いを立てられましたの、だから既にこの件は存じておりました』
『え、王様がマリーに!』
『ふふ、驚きました?』
『おお、なんてことでしょう、酷すぎるわ、ああマリーごめんなさい』
エリザベスは両手で口を覆う。
『あら、何故お姉さまが謝りなさるの?』
『だって、そんな酷いじゃないの!』
『いいえ、彼等にしてみれば、お姉さまの外見や賢さが、公妾に相応しいから決めたのですよ──最初は私も驚きましたけど。王妃も殿下も、更に王様までお姉さまを公妾に推薦するんですもの、王太子妃の私も従わざるを得ませんわ』
『マリー、あなたそんな……』
『候補を3名を立てたのも建前だけですわ。他の高位貴族への礼儀であって多分形式だけのものでしょう。初めから王様たちはお姉さまを公妾にするつもりなのよ』
マーガレットは公妾たちを冷静に分析していた。
『マリー、あなたはそれでいいの?』
『ええ、実は私も了承しました。だってお姉さまは昔から、王妃になりたくて独自で妃教育まで実家でしてたし、ロバート殿下の御子を授かれば公妾といえども、王妃にもなれる立場ですからね──実は私からも王様に「王妃を夢見ていた姉ならば、公妾になりたいのは山々だが、私に気遣って辞退したのではないか」とも話しておきましたわ』
『おおマリー、あなたったら何故そんな馬鹿なことをいったの?』
『馬鹿なことですって!──ふふお姉さま、聞いてくださいます?──正直、私は今迄は王妃の地位なんて、これっぽっちも欲しくなかったのです。王太子妃になったのも、ただただロバート殿下の愛に応えた結果ですわ!』
マーガレットのかぼそくて小さな声が徐々に熱を帯びていく。
『ええ、知ってたわよ。あなたは、そんな野心をもつ娘ではない。殿下をとてもお慕いしてたのよね』
『その通りです。ですが今はもう完全に諦めました。あの男は昔とは違う。もう以前とはすっかり変わられた。私を見つめる眼はまるでアイスブルー。それに……殿下の想い人は最初からお姉さまでしたのよ!』
『?! どういうこと?』
『ロバート殿下はね、子供の頃にお姉さまに振られたらしくて、当時お妃候補を王妃に打診された時、お姉さまだけは絶対に、王妃にしたくなかったんですって──それで腹いせに妹の私を娶れば、お姉様の矜持をへし折れると思ったらしいわ』
『なんですって──!?』
エリザベスは驚愕した。
『ふふ、その驚きだと、お姉さまも初めて知ったのね。この事は王妃様も殿下の側近たちも全員知ってるわ。わたしは、殿下にとって体の良い復讐のお飾りだったに過ぎないのよ』
マーガレットのブラウンの瞳は揺れ動き、その声は少し震えていた。
『そんな……』
──エリザベスは、頭が真っ白になった。
ロバート殿下が私を好きだったって?
子どもの頃、わたくしが振ったって?
そんな記憶覚えてないわよ、殿下といつ会ったっていうのよ!
とても信じられない⋯⋯
あの頃ロバート殿下は、わたくしと会えばいつも仏頂面で邪険にしてばかり。
独身の頃は、ダンスだってお義理で1度か2度くらい。
でも合点がいく。
殿下は毎回あてつけの様にマリーと何度も踊って、周りにわたくしを恥をかかせたのは、全てわざとだったってこと?
そんなあ⋯⋯。
ああ、でも結婚式の時のわたくしを見つめた、ロバート殿下の蒼い瞳の切なさは確かに……
仮面舞踏会で踊った時の見た事もない彼の笑顔は本物だった。
エリザベスの脳裏には、走馬灯のように、ロバートの不可解な行動が思い起こされていた。
『いかがです、お姉様。とっても滑稽でしょう?──実は私も、公妾の話が出た時に初めて知りましたの。その時から、ずっと殿下をお慕いしてた私の気持ちは、粉々に砕け散って見るも無惨に叩き落とされましたわ』
『……マリー』
『お姉さま、お分かりになりまして? その時私は全てを呪いましたの、殿下も王妃も、自分の回りの王宮の冷酷な人たち全員が、とても憎くてたまらなかった。そして誰よりもお姉さま、あなたを呪った!』
『…………』
『ええ、お姉さま、正直に申し上げますわ。私はお姉さまが一番憎かった! 何でもできていつもチヤホヤされて私を馬鹿にするお姉さま。そう、私は子供の頃からずっとずっとあなたが大嫌いだったのよ!』
マーガレットは真っ直ぐにエリザベスを指さした。
『マリー……』
エリザベスの胸は張り裂けそうだった!
そこには、エリザベスが一度も見た事のないマーガレットがいたのだ。
今までの病弱で儚げで気の弱そうなマーガレットではない。
エリザベスを睨むマーガレットのブラウン色の瞳は怒りで爛々と燃えていた。
頬がこけて痩せ細った顔は、険しい魔女のようにエリザベスには見えた。
マーガレットはゆっくりと立ち上がる。
マリーの恐ろしい容貌と、黄色の長袖のロマンチックドレスの姿が、酷く滑稽でアンバランスにエリザベスには思えた。
『お姉さま、私、ここでお姉さまに宣戦布告を致しますわ。たとえあなたが公妾になられても、王妃の座は絶対に渡しません。そしてお姉さまの夢は永遠にかなわないと断言致しますわ──なぜなら今、私のお腹には男の子が宿っているのですから!』
『男の子!?』
エリザベスは、思わず耳を疑った!
※ マーガレットの、溜まっていた怒りがついに放たれました。




