98. 王妃の本音
※ 2025/12/20 修正済み
※ ※ ※ ※
『そうか、詳細は良くわかった、もう下がってよろしい。今後も王太子の動向に何か変化があったら逐一知らせるように』
『かしこまりました王妃様』
ロバートの侍女が、メルフィーナ王妃の居間から去っていった。
ここは王妃宮殿の居間。
バロック調の白を基調とした彫刻やレリーフが施された柱や壁や家具は、豪勢で落ち着いた気品があり、ほどよく整頓された室内。
エドワード王太子とマーガレット王太子妃の媚薬騒動は一夜にして、王妃宮のメルフィーナにも伝えられた。
メルフィーナ王妃と、王妃専属の侍女ロザリ―が、王太子夫妻の件で困惑していた。
『まさかあのマーガレットが、あそこまで思い切った行動をするとは思わなんだ』
メルフィーナ王妃が珍しく肘掛椅子に頬杖をついて考え込んだ。
『左様でございますね、やはり公妾の件を知り、王太子妃はかなり焦ったのではないでしょうか』
侍女のロザリ―も同意した。
『だがロバートがあのままでは世継ぎはおろか御子ですら設けられない。マーガレットには悪かったが、苦渋の決断だったのだ』
『王妃様。さしでがましいようですが、今回のことでよもや御子が出来る可能性がでて参りました。今後も公妾の件を勧めますか?』
『もちろん、もしマーガレットが妊娠したとしても、あの弱き身体では産むことすらままならんだろう。もちろん無事に王子ができれば言うに及ばず。たとえ公妾がいても、王妃はそのまま王太子妃のマーガレットになる』
『かしこまりました、それでは公妾の件はこのまま推し勧めます』
『ああ、なるべく慎重にことを勧めよ。特にエリザベスには慎重にな』
『左様でございますね。現に、今はエドワード公の奥方で娘御もいますから、公妾には簡単には首を振りますまい』
『そもそも、最初からこの縁組は間違ってたのだ。甥のエドワードの嫁はバレンホイム家の娘でと、先代のジョージ公は遺言を残していた。だが姉でなく妹のマーガレットがエドワードに嫁げば、もっと穏やかに暮らせたろう──我が息子のロバートが子供の時の鬱憤など晴らさずに、素直にエリザベスと結婚してれば、このように拗れることなどなかったのだ』
メルフィーナ王妃は大きな溜息をついた。
『左様でございますね、失礼ですが、あの頃のエリザベス様は王妃によほどご執着されてたのか、ロバート様のいるところ常にいらっしゃいました。今ももし王妃の地位が手に入るならば、公妾になる気持ちもあるやもしれません。私がいうのも何ですが、あの方は王妃になる為に生まれついたような御方に見えます』
ロザリ―は右眼にかけている片眼鏡のレンズを、キラッと光らせて淡々と発言した。
『わたしもそちと同じだ。元々ロバートが王子の頃から、エリザベスを王太子妃にと国王も私も話をしていたのだ。あの女子の濃い緑の眼と銀髪の美しい容姿、まさに“緑の女神”に生き写しじゃ──性格は多少高慢ではあるが頭脳明晰、とにかくどこにいても威風堂々としておる。まさに王女の貫禄であったからな』
『同意でございます王妃様──』
王妃の愚痴はまだ続く──。
『それにしてもロバートの馬鹿さ加減には腹が立つ。あの時、どうしてもマーガレットと結婚したいというから仕方なく許したのに。まさか、エリザベスへの怨恨からとは思わなんだわ!』
『左様でございます、王妃様の優しさが結果として仇となりました』
『そうじゃ、我と国王は親同士が決めた政略結婚だった、国王も私も愛などなかった。ただ王国の為、両家の為と己の気持ちなどは二の次であった。だが私は世継ぎを産み王妃として、ライナス王の温厚なお人柄にだんだん惹かれていったのだ』
『そうでございました』
ロザリーはしみじみと同意する。
『結婚とは、お互いが時間をかけて徐々に愛情を育んでいくものだと信じてきた──だが、ある日突然、王がアドリア妃をガーネット王国から強制的ともいえるようなあの結婚。あの時の国王の裏切りは未だに私は忘れられない。──我はこのまま身を投げようかと苦しんのだ。だが王とて、人であり男でもある。若いアドリア妃に心が移ってしまったならば、それは世の常、許すしかない』
『王妃様……』
『だからロバートの懇願に一度は折れてやったのだ!王子でも恋愛結婚なら末永く幸せになるだろう、可愛い我が子に、私のような苦しみはして欲しくなかったからな。だが間違ってたわ。男は愚かな生き物よ、若く美しい女子が現れればそんなもの一瞬で壊れるに違いない!』
『王妃様のご心情、心よりお察しいたしまする』
ロザリ―は冷静に返答していたが、内心驚いていた。
メルフィーナ王妃が、ここまでご自分の思いを赤裸々に吐露したのは初めてだからだ。
──よほど、マーガレット王太子妃と、ロバート王子の確執に衝撃を受けたのかもしれない。
『ロザリ―』
『はい、なんでしょうか』
『私は甥のエドワードも息子のように可愛い。エドワードはとても優しくていい子だ。エリザベスと別居してなければ、公妾候補など選ばなかった──エドワードには、エリザベスは荷が重すぎたんだと思う。エリザベスが公妾になって世継ぎを産めば、離婚も可能だ。エドワードはまだ若い、あの美しく人柄のよい甥ならもっと他にいくらでも良い妻ができるだろう。一度、セルリアン領の避暑にいった折にでも、我からも公妾の件、説得して見ようと思う』
『左様でございますか。それではエドワード公のことは王妃様にお任せいたします』
一礼してロザリ―は、王妃の居間から出て行った。
だが、ロザリーは王妃には頷いたものの、正直、納得していなかった
──王妃様はそういいなさるが、果たしてエドワード公が妻の公妾に首を縦に振るものだろうか?
エドワードは、別居されても奥方一筋だとの情報が入っていたからだ。
だが王妃のいう通り、新たな若く美しい淑女が現れたら男などわからない。
公爵家の世継ぎもこのままではできない。
ならば王妃のいう通りかもしれないとも思った。
王妃の予言は的中する。
今夏、エリザベスに強力なライバルが出現するのである。




