夫婦の会話(フィルベルン公爵視点)
「最近のあの子の態度は何なんですか!? あなたもあなたです! どうしてあの子の待遇を変えるのですか?」
部屋に入ってくるなりヒステリックに喚く妻のレアに私は頭を抱えた。
あいつの態度に戸惑っているのは私だって同じだ。
いつも下を向いて聞き取れないような小さな声で喋る陰気な娘。
自分の意見を主張することなく、こちらの言葉に大人しく従っていたというのに。
その不満を弱者のセレネにぶつけて解消していた卑怯者だったのに、最近の変わり様はなんだというのか。
「頭を打った後からまるで人が変わったようにあれこれと口を出してきて……。不気味で仕方がありません。昔のことを色々と思い出してしまって不愉快だし、とっても目障りだわ」
「……それは私とて同じだ。あいつのせいで私達の平穏が脅かされるなんて冗談ではない」
「でしたら前と同じように罰を与えて抑えつけてくださいませ……!」
出来たらとっくにそうしている!
最近のあいつは何か言えば倍の言葉が返ってくる。妙に口が立ち、つけいる隙を与えない。
まるで、私が苦手としていたあの『アリアドネ・ベルネット』と対峙しているかのような錯覚さえ覚える。
頭を打った拍子に不満が爆発して同じ名前の彼女のように振る舞おうと開き直りでもしたのだろうか? 愚かな。
あんな気が弱く自信のない娘がちょっと変わったくらいで強気な態度がいつまで持つというのか。
「あの態度でいても私達の愛情がアレスとセレネにしか向けられていないことを思い知れば、いずれ元の通りに戻る。あのような態度を取って私達の気を引こうとしているだけに過ぎないのだから」
「本当にそうなるでしょうか? 今日だって勝手に購入した服が届けられていたではありませんか。羨ましがるセレネをなだめるのがどれほど大変だったか……」
「それはセレネにも新しいドレスを作って、庭に専用の温室を作ってやることで終わっただろう? ドレスや普段着に関しては、あいつもこれから貴族の屋敷に呼ばれる機会も増えていくだろうし、多少の浪費は公爵として受け入れた方がいい。そうでないと周りからなんと言われるか……」
「それは……そうですが。やっぱり気にくわないのです! 思い出したくないことを無理やりほじくり返されて苦しめられるのは我慢なりません」
レアの不満に私は何のフォローも入れられない。こればかりは私が口を出せば矛先がこちらに飛んでくる。
あいつのことだけでも頭が痛いのに、レアにまで悩まされたくはない。
「大体、なぜあの子をお茶会に出席させなければならないのですか? 外に出したところで他の家の子供達から見下されるだけではありませんか。そちらの方がよほど家のためになりませんわ」
「私だってあいつを外に出すのは賛成できないが、皇后陛下からの招待をお断りしていた頃に何を言われたか忘れたわけではないだろう? 体が弱いわけでもないのに集まりになると体調を崩すのは何か理由があるのか? と詮索されたではないか。皇帝陛下から皆の前で言われてしまっては、毎回欠席させることなどできるはずがない」
「陛下も二人きりのときに仰ってくだされば良いものを……。しばらく貴族の集まりがなければ良かったのに、よりにもよって狩猟大会が近いなんてついてないわ」
クソッ。またあいつを連れて行かないと陛下からあれこれ言われる羽目になる。面倒な行事がやってきたな。
「もう少し早ければ事故の傷が癒えてないからと理由を付けられたが、それも無理だしな……」
いや、待てよ。
あいつを連れて行った方が良いのではないか?
「むしろ好機かもしれん。あいつを連れて行って現実を分からせてやればいいじゃないか」
「現実?」
「ああ。他の貴族があいつに対してどういう態度を取っていたか思い出させれば良い」
「……そう、ですわね」
レアは思い出したのか、幾分か冷静さを取り戻したようだ。
ヒステリックに喚く女の対応はしたくないから助かった。
「家族の前で強気でいても、以前と同じようにバカにされ相手にもされない状態になれば少しは大人しくもなるだろう。変わったところで意味はないのだと思い知らせなければならん」
「良いことだとは思いますが、今回はセレネのお披露目の意味もありますのに、あの子の印象が薄れてしまうことになりませんか?」
「それが良いのだ。セレネはフィルベルン公爵家の『ルプス』を持つ唯一の姫だぞ。対応の差は歴然だ。待遇を良くして、あいつに一度美味しい思いをさせておいた方が周りの評価は何も変わっていない現実に直面したときによりダメージは大きいものになるはずだ」
「確かにそれもそうですわね。とても素敵ね……。うふふ」
私の案が気に入ったのかレアの機嫌は良くなっている。
本当になぜ皇位継承権第四位の私がご機嫌取りなどしなくてはならないのか。
それもこれも全てあいつのせいだ。あいつが生まれたからしなくていいことを私がする羽目になったのだ。
あの悪女、アリアドネのお蔭で兄上達が亡くなり、生まれたばかりの兄上の子であるエリックの命を狙うと脅して兄嫁を実家に追いやり手に入れた地位。
期待されていなかった私が公爵家を継げたのに、継いだ後も苦労するなんて許されない。
事情を知っている者がいては不都合だし、私に対する態度がなっていない者もいたから使用人を解雇して全員入れ替えるために金も手間も使ったのにどうして心が休まるときがないのか。
原因はあいつが大人しくしていないからだ。だから思い知らせてやらなければならない。
大人しくなりさえすれば公爵としても家族としても完璧でいられるのだから。
「とはいえ、もっとダメージを与えるために計画を立てなければ」
「より確実なものにするためですわね」
「その通りだ。あいつが騒ぎを起こしてくれれば尚良い。いや」
「あなた?」
傷跡が残るほどの怪我でもしてくれたら、それを理由に外に出す必要もなくなるのではないか?
例えあいつがはめられただの不都合なことを証言しても証拠がなければいいだけだし、怒鳴りつければどうせ黙る。
あいつが自発的に起こした事故だという結果になるのだから、私は痛くもかゆくもない。
良い案が浮かんだと私はニンマリと笑った。
「ああ、何でもない。それより狩猟大会ではセレネの側に有力貴族の子息令嬢を集めさせておいてくれ。リーンフェルト侯爵家のテオドール卿は必須だ」
「セレネの結婚相手候補ですものね。忌々しいあの子も気に入っていたようですし、余計に深い傷を負わせることができるかもしれませんわね」
「あの侯爵は気に入らんが、セレネの嫁入り先としては十分だ」
「私としては皇太子のミハエル殿下が良いのですけれど……」
「それは私も同じだ。だが、ミハエル殿下はすでに婚約者が決まっているだろう」
父は先代皇帝の弟。ミハエル殿下とセレネははとこ同士で年齢もちょうどいいが、打診する前に婚約者が決まってしまった。
悔しいが、こればかりは私でも覆すことはできない。
だからこそ、陛下の腹心の部下であり一番の信頼を寄せるリーンフェルト侯爵家と縁を結ぶしかない。
現在の侯爵は気にくわないが、皇帝からの信頼も厚い家に嫁がせれば私の発言力も強くなる。
「テオドール卿は大人しく口数もそれほど多くないと噂だ。明るく甘え上手なセレネはピッタリだと思わないか?」
「確かにそうですわね。きっと侯爵夫人としてしっかりと家を守っていけるでしょうし、テオドール卿からも頼りにされるに違いありませんわ」
「そうだな。今後はリーンフェルト侯爵家との交友関係を深めて、婚約を打診するつもりだ。そのためにも先にある狩猟大会での振る舞いが大切になってくる。あそこは夫人がいないから侯爵は私が相手をするから、レアはテオドール卿を頼む」
「任せてくださいませ。テオドール卿は数年前にご両親を亡くされて母親を恋しがって寂しい思いをしているでしょうから問題ありませんわ」
レアの言葉に私も軽く頷いた。
所詮子供だ。優しくすれば懐いてくる。
侯爵家としてもフィルベルン公爵家と縁ができるのは大歓迎だろう。
「と、考えるとやはりあの子の存在が目障りですわね。本当に目の上のたんこぶですわ」
「狩猟大会であいつの評価を地に落としてしまえばいいだけだ。そこまで気にする必要などない」
どうせ、その日にあいつは表舞台に出られなくなるのだから。
精々、残り少ないつかの間の幸福な日々を楽しんでいればいい。




