取引開始
二階に上がった私は商談部屋であった個室のドアを開ける。
「ノックもしないとは礼儀がなってないね」
無人だと思っていたがまさかもういるとは。
台詞は責めているものの、どこか楽しそうな口調の青年がソファに座って私を見ていた。
見覚えのない顔だ。どうやらトップは交代しているようだ。
「失礼。誰もいないと思ったから失念していたわ。早めにと言ったから気を利かせてくれたのかしら?」
「そりゃそうでしょ。子供は早く帰してあげないといけないからね」
「お気遣い感謝するわ。それで依頼の話だけれど」
言いながら懐に入れていた袋をドンッと机に置いた。
十二歳の子供が持ち歩ける量ではなかったからか、青年は口を開けている。
「報酬は貴方が決めていいわ。袋全部でも構わないわよ」
いくら金にがめつくても、全部寄こせとはさすがに言えないだろう。
例え全部と言われても、他に隠してある財産はあるから困ることはない。
「適当に話をして追い返そうと思っていたが、そんな大金を全部投げ出すほどの依頼には興味があるかな」
「期待に応えられなくて申し訳ないけれど、私の依頼は大したことないわよ」
「ふーん。一応聞かせてもらおうかな」
「十二、三年前にフィルベルン公爵夫妻の間で何が起きたのか調べて欲しいの」
「それは、君が置かれている状況と対応の理由を知りたいってこと?」
「その通りよ」
さすが情報ギルド。名乗ってもいないのにアリアドネ・フィルベルンだと知っているなんて。
様子を窺うと、青年は目を閉じて机を人差し指で叩きながら考え込んでいる。
「知ってどうするの?」
「単純に気になったから、ではいけないかしら?」
屋敷にいる人間からは聞くことはできないだろうし、知っているかも分からない。
前に言っていた公爵夫人が出産後に生死の境をさまよった、という理由が本当だと到底思えなかったというのもある。
一番はアリアドネに非がないことを明らかにしたい。
だからこそ二十年前から知っていて仕事が早く正確なこの情報屋に頼もうと思ったのだ。
私は合理的だと思っていたが、青年は一瞬真顔になった後で大口を開けて仰け反りながら豪快に笑い出した。
「そっそんなっ理由で、情報ギルドにっ頼むの? しかも大金出して?」
「時間を無駄にしたくないからよ。それに屋敷に聞ける人がいないことくらい分かっているでしょう?」
「いや、それは分かるけど……。あははっ! なんて贅沢なお金の使い方なの」
「笑ってるのはいいけれど、引き受けてくれるの? くれないの?」
あまり時間はかけたくないのだけれど。
話を長引かせたくないという私の気持ちが伝わったのか、青年は慌てて息を整えて笑うのを止めた。
「……分かった。いいよ。引き受けよう」
「そう。助かるわ。あとついでで二つ頼んでもいいかしら?」
「引き受けると分かった途端に頼むとは交渉に慣れてるねぇ。まあ、いいよ」
「フィルベルン公爵家の領地経営及び、事業の財政状況と亡くなった長男の息子であるエリックの現在も調べて欲しいの」
「まるで、トップを替える下準備のようだねぇ」
「現状を把握したいだけよ」
と口にしたが『こんな家に生まれてこなければ良かった。不幸になればいい』そう思ったアリアドネの無念を晴らしたい気持ちがある。
長男の息子であるエリックは絶対にフィルベルン公爵よりも優秀な人材に育っているはずだ。
なんせ、彼の母親は帝国宰相や重要な役職に就く人達を多く輩出している名門・クライン伯爵家令嬢だから。
彼女は夫の死後、エリックと共に実家に身を寄せているのは貴族名鑑で確認している。
貴族の数が減ったからこそ余計に皇帝を支えなければと生き残った子供達の教育に力をいれたはず。
であれば、おのずと自ら頭角を現してくると考えても良い。
二十年前にアリアドネの父親がどういう状況で爵位を継いだのかは分からないが、生まれたばかりの赤子だったとはいえ嫡男の子供を押しのけてのことだから恨みとまでは行かなくてもしこりは残っているのではないだろうか。
皇帝が優秀に育った彼を見て公爵よりも役に立つと考えれば、それなりの地位を与えるか血筋の正当性を主張して当主を変える。
二十年経ったとはいえ国としてはまだ安定していないだろうから、地盤を固める人材を欲しているはずだ。
(周囲の人間を動かして当主交代させるのは以前の私であれば造作もなくできる。けれど、今の私は一人。できることは限られている)
ゆえに、今は調べるだけに留めてカードを持っておくだけ。
エリックが才能のある人物であれば、遠からずフィルベルン公爵家に混乱が訪れるはずだ。
フィルベルン公爵がバカではない限りは対処できるだろうが、昔の彼を知っている身からするときっと対処はできない。
跡継ぎとしての教育を受けていない気楽な貴族の三男坊だから、財政にもどこか問題があるはずだ。
そこを上手く突かせればいいだけ。
私が手を出せない分、数年をかけて緩やかに進行するだろうから、その間にフィルベルン公爵家の後ろ盾がなくなっても大丈夫な地位を築き上げるのが今の目標だ。
そのためには、生前の経験を生かして毒ではなく薬を作って名前を売ることがいいのではないだろうか。
(結果として、恐らく本来公爵が継ぐ爵位だった伯爵になるだろうからアリアドネの家族が路頭に迷うことはないわ。そこまではこの子も望んではいないだろうから)
破滅させるまで追い詰めるのは、以前の私のやり方と何ひとつ変わらない。
過去を後悔しているからこそ、やり過ぎないように注意しなければ。
「考え事かな?」
青年の声に私はハッと我に返る。
あれこれ色々と考え込んでいたら、意外と時間が経っていたらしい。
「話し合いの最中に申し訳ないわ。残りの二つも問題ないかしら?」
「大したことじゃないから大丈夫だよ」
「では、いくら支払えばいいのかしら?」
「これだけでいいよ」
と、言って青年は袋から金貨を三枚手に取った。
がめついギルドの割りに意外と良心的な金額である。
私の考えを読んだのか、青年は呆れ顔になった。
「あのね、十二歳の子供の依頼、それも数日で調べ上げられることに大金を要求するわけないでしょう。まあ、君の答えが面白かったからっていうのも理由だけどね」
「面白がらせたつもりはなかったのだけれど、気に入ってもらえたようで何よりだわ。それで、分かったら知らせが来るのかしら?」
「せっかちなお嬢さんだね。もちろん、終わったら使いを送るよ」
「そう。待っているわね。短い付き合いになりそうだけれどよろしく頼むわ」
「こちらとしては面白いから長い付き合いにしたいんだけどね。……まあ、最善を尽くして調べ上げるよ」
青年は言い終えると手を差しのばしてきた。商談成立の握手を求めているようだ。
本来貴族はギルドのトップであろうと握手などしないだろうが、握手ひとつで良い関係が築けるのであれば拒否する理由はない。
差しのばしてきた手を私は握り返した。
青年は心なしか驚いている様子だったが、すぐにニヤリと笑う。
「エドガーだ。調査終了までよろしく」
「知っていると思うけれどアリアドネよ」
一番最後に互いの自己紹介をしてエドガーと別れると、私は表通りの宿屋の出入り口から外に出た。
(ひとまず最低料金で依頼できて良かったわ。節約できるところで節約しないと)
エドガーもまさかこんな黒いことを十二歳の子供が考えているとは思ってもいないだろう。
けれど、お金は支払っているのだから後ろ暗く思う必要はない。
目的は達成されたので早く騎士を見つけて屋敷に戻ろう。
皇都警備隊も動いていないことを見ると護衛対象を見失ったことを公爵にはまだ報告していないとみた。
新人故に護衛対象を見失ったなど叱責やクビが怖くて言い出せないのかもしれない。
護衛に付けてくれたのが新人で本当に良かった。こればかりはアリアドネを舐めきっている公爵に感謝である。
では、中心部に戻ろうじゃないか。
ここは中心部から離れているが、大通りを真っ直ぐ進めばそれほど時間もかからず元の場所に戻れる。
歩いている途中で作成用の小さめの道具類を購入し、見慣れた店が建ち並ぶところまで戻ってきた辺りで裏道から出てきた騎士に見つかった。
「どこに行っていたんですか!? どれだけ探したと思って」
「ハンカチが風に飛ばされて追いかけて行ったら、路地で迷ってしまったのよ。勝手な行動をして悪かったわ」
「本当ですよ。怒られるのは俺なんですから!」
「次から気を付けるわ。そんなことより遅くなってしまったわね。帰りましょう」
「誰のせいだと思って……」
ブツブツと文句を言っている彼の横を通り過ぎ、私は馬車に乗り込んだ。
情報ギルドからいつ連絡がくるのかしら? と考えながら屋敷へと戻ったのだった。




