番外編・テオドールと舞踏会にて
「どうぞ」
先に降りたテオドールから差し伸べられた手を取り、私は馬車からゆっくりと降りた。
本日は王宮で開かれる今年最初の舞踏会。
私達は最後の方に着いたのか、それほど人はおらずすぐに会場に案内される。
テオドールにエスコートされ、会場内に響く私達の入場の案内を聞きながら皇帝夫妻の元へと歩を進める。
その間、貴族達の視線は私達の方を向いていたが数年前のような嫌悪、蔑みはない。
四大名家の嫡男とその婚約者であり皇族の血縁者である令嬢を見る視線であった。
この数年で私とテオドールが国内外の問題を幾度か解決したこともあって、一目置かれるようになっている。
馬鹿にされるよりは断然良いが、これもこれで面倒だなとは思う。
勝手に期待されて、自分たちの思ったような行動を取らなければ批判される立場なのだから。
私だけならいいが、テオドールもとなるとどうしても我慢ができなくなる。
「どうしたの?」
心配するような優しげなテオドールの声に私は無意識で彼の腕を強く握っていたことに気付く。
こうして考え込んでしまうのは私の悪い癖だと思いつつ、以前よりも随分と背が高くなった彼を見上げて口を開いた。
「周りの期待に満ちた目が好ましくないと思ってしまっただけです。無意識で強く握ってしまってごめんなさい。痛かったかしら?」
「全然平気だよ。僕はてっきり、アリアに対して嫌なことを言っている声が聞こえてきたのかな? って思って心配だっただけ」
「そういった声はもう随分と聞いておりませんので、大丈夫です。私はともかくテオ様が期待されて結果が伴わなければ批判されるのは嫌だなと思っただけなのです」
私の言葉にテオドールは苦笑して肩をすくめた。
「そんなの僕は子供の頃からだから慣れっこだよ。勝手に言わせておけばいい。自分たちじゃ何も行動に移さない奴らの言うことなんて聞くだけ無駄だしね」
「確かに、それもそうですね」
顔に似合わない辛辣な言葉に私はクスッと笑う。
大人になったからか元々の性格なのかは分からないが、テオドールはこういった言葉を表に出すことが多い。
初めて耳にしたときは『あのテオ様が!?』と驚いて二度見してしまったが、言う相手は大体私かセレネだけなのでそれだけ心を開いてくれているのだろう。
これぐらいの強かさがなければ四大名家の当主は務まらない。
むしろ私も着飾ることなく本音を言えるようになったので、気が楽なところもある。
「陛下と皇太子殿下方に挨拶したら二階に行こうか。上から貴族達の様子を見たいでしょう?」
「あら、私が何をしたいかご存じですのね」
「そりゃあ付き合いが長いからね。それにここ最近、東部の穀物事情や隣国の動きも探ってたし。密輸の件を調べたいんじゃないのかなって思ってね。どうせ義父上がまたアリアに泣きついたんだろうけど」
「全てお見通しというわけですね」
クロードに対する印象が以前と変わったことに笑ってしまう。
それだけ彼が私にお願い事をするのが多いからなのだが。
あと、私のお願いをあっさりと呑んでしまう姿を頻繁に見ていたからかもしれない。
クロードが問題を持ち込んできて私が解決するということはよくあるので、私に頭が上がらないと思っているのだろう。
ということで、最近テオドールの中で彼は、やけにアリアドネに甘い父親というイメージになっている。
「そのリーンフェルト侯爵はどちらにいらっしゃるのかしら」
「義父上だったら、ボナー男爵と話していたよ?」
「……ああ、貿易では今や帝国内で知らぬ者はいない方ですものね。今回の件でお話を伺っているのでしょう」
「ボナー男爵は顔が広いからね。それに各国の噂話にも精通しているし」
「愛国心の強い方だからいつも協力して下さってありがたいわ」
「それだけじゃないと思うけどね」
テオドールの言葉に私は首を傾げた。
それ以外に何の理由があるというのか。
把握できていない私を見て、テオドールは柔らかく微笑みながら口を開く。
「アリアの存在だよ」
「私の? もしかしてカティアさんと親しいからとでも?」
「うん。ボナー男爵は権力欲がない方だし、愛妻家、子煩悩で有名だからね。新参者の家と親しくしてくれて自分の娘を悪意から守ってくれているアリアに感謝しているって」
「それはご本人が仰っていたのですか? テオ様が直接耳にしましたの?」
「酔っ払って口を滑らせたという前提があるけど、そうだよ」
それは酔わせて口を滑らせるように持って行ったのではないか?
まあ、貿易業で成功を収めているのに政治の中心には絶対に入ってこようとしないボナー男爵だから、何を考えているのか探りを入れる気持ちは分かる。
「あと、カティア嬢に結婚相手を紹介してくれたことにも感謝しているって」
「……カティアさんと出かけていたときに偶然あちらと遭遇して挨拶しただけです。勝手に向こうがカティアさんに一目惚れしただけですのに……」
「アリアが運を引き寄せてくれたって考えているみたいだよ」
なんとも大げさな。
まあ、確かに男爵家の結婚相手としては本当にちょうど良い家柄の方だし、ボナー男爵と同じくまともな貴族だから良い縁談と言えるのは確かではある。
偶然の出会いではあったが、良いところに落ち着いてくれた。
こちらとしてもボナー男爵との縁が強固になるのはありがたいものだ。
それに運を引き寄せたのは私ではなくカティアだろう。
いつも裏でコソコソしている私に神様が微笑むことはない。むしろやり直す機会を与えてくれたことが奇跡だ。
「でもアリアは自分の功績じゃないって思っているんでしょう?」
ニコッと笑いながら冗談めかしてテオドールは言うが、目は真剣だ。
随分と私のことを分かっているではないか。
「私一人でできることなどたかが知れておりますからね」
「それでも人を変える力がアリアにはあるよ。僕や妹君、カティア嬢だってそうさ」
「変わったのは本人の努力と意識の変化でしょう。私がやったわけではありませんもの」
「変わろうとする勇気を与えるのは誰にでもできるものじゃないよ。自覚がないのがアリアの良いところでもあるけどね」
「テオ様は変わりすぎだと思いますけれどね」
褒められて居心地が悪くなった私がテオドールをからかうと、彼はわざとらしく笑って肩をすくめた。
「あれ? 変わった僕は好みじゃない?」
「分かっていて聞いているのだから、本当に良い性格になりましたね。……私の言葉に一喜一憂していた頃が懐かしく思います」
「今も一喜一憂しているよ」
「お顔に出なくなったではありませんか」
「こういう場ではね。でも……」
言いながらテオドールは私の腰に手を回して耳元に顔を近づけてくる。
「二人きりのときは甘えてるでしょ?」
小声で囁くように言われて不意打ちを食らった私は動揺してテオドールの口を手で覆ってしまった。
そのまま力を入れてグイッと彼の体を離そうとする。
しつこくするつもりはないのか、彼は素直に私から離れた。
「……皇帝陛下と皇后陛下へ挨拶に参りましょう」
「そうだね。僕たちの仕事をしなきゃ」
「帰ってからリーンフェルト侯爵達と情報共有をしてどう動くか決めなければ」
「じゃあ僕は相手にどうやって証拠を作らせるか考えておくよ」
「教えて頂ければエドガーに頼んでサポートさせます」
「彼は相手の懐に入り込むのが上手いから助かるよ。あと、止めを刺すのは僕がやるからアリアは後方支援だけにしておいてね」
釘を刺されてしまった。
何度かそういった立ち回りをしているのを見ているからか、心配なのだろう。
危険な目に遭ったことはないものの、力では負けるのは自分でも分かっているので素直に従おう。
安全圏から指示を出すのはあまり好きじゃないのだけれど、と思いながら私達は皇帝と皇后への挨拶を済ませたのだった。




