買い物ついでに用事を済ませます
翌日、街に出るため着替えようと侍女に持って来させた服を見た私は頭を抱えていた。
「どう見ても昔流行っていたデザインじゃないの」
「ですが、アリアドネ様のお洋服はこれしかございませんので」
「……いいわ。どうせついでにドレスや普段使いの服も買う予定だったし。ひとまず今日はその若草色のにするわ」
持って来させた服の中では一番シンプルでいつの時代でも着用できそうなデザインである。
公爵令嬢が着るには物足りないが、余計な装飾が付いていないから恥をかくこともないだろう。
そもそも、洋服選びに時間をかけることも勿体ない。
今日は家具と洋服を選びにいくついでに行きたい場所があるのだ。
侍女に手伝わせてすぐに着替え諸々を済ませる。
後で使用することになるだろう空の小袋をこっそり懐に忍ばせると、フィルベルン公爵家の馬車に乗り私は街を目指した。
馬車の窓から外を見ると、フィルベルン公爵家の騎士が一人、後ろから付いてきているのが見える。
「一応護衛は付けてくれたのね。それでも新人騎士一人だけだけれど。街の治安がどうなってるか分からない部分はあるけれど、できれば一人で出かけたかったわね」
新人だと分かったのは、彼の立ち居振る舞いのぎこちなさと他のベテラン騎士とは違う制服のお蔭だ。
「……逆に新人で良かったかもしれないわ。途中で簡単に撒けるもの」
窓の外に目をやると店や新たに建てられた建物もあるけれど、舗装されている道は大きく変わってもいなさそうだ。
撒くとしたらどのタイミングでしようか、と外を眺めながら考えていると馬車が街の中心部に入っていく。
ほどなくして、目的地のひとつである職人工房へと到着した。
建物はしっかりとした作りになっており、清潔感もある。窓から中を窺うと中で働いている人も小綺麗で所作にもどこか余裕を感じられた。
(街の中心にあるお店だもの。名の知れたところなのでしょうね)
さすがに公爵もここはケチらなかったようだ。世間体が大事な人なのだと覚えておこう。
では、行こうかと馬車を降りて工房の扉の前に立つが、待てども騎士がドアを開けてくれる気配はない。
むしろ物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回している。
彼は護衛の仕事をするつもりはないようだ。
「おかしいわね。今ここにいるのは私と貴方、二人だけよね?」
「そうですが……」
「だったら、ドアを開けるのは貴方の役目でしょう? それとも……まさか公爵令嬢である私にドアを開けさせるつもりなのかしら?」
下から睨みつけると騎士が一瞬怯んだのが分かった。
動揺するくらいなら初めから開ければいいだけの話なのに。
別にドアくらい自分で開けても良かったが、アリアドネが貴族令嬢だということを思い出させる必要がある。
決して舐めてかかっていい立場ではないんだと彼に知らせることを私は優先させた。
「承知、しました」
新人騎士の彼との面識があったのか分からないが、気弱な令嬢だと思っていた私の対応に騎士は戸惑っている様子である。
けれど、言い返すほどの無礼さはなかったようで、すぐに工房のドアを開けてくれた。
「いらっしゃいませ」
中に入ると身綺麗な恰幅の良い中年男性が出迎えてくれる。
きっと彼がこの工房でも上の人間なのだろう。
世間話をするつもりはなかったので、私は自分の身分を明かして部屋に必要な家具をひとつひとつ指定する。
「材料は最新のものにしてちょうだい。あと統一感も欲しいから、明るめの色で揃えてもらえるかしら?」
「畏まりました」
「それと請求はフィルベルン公爵家に送ってちょうだい」
用件だけを伝えればもう終わりだ。本命の場所に行くために手早く用事を済ませる必要がある。
納期を聞いて後はよろしくと伝えて私は工房を後にした。
ついでに近くに良さそうな仕立屋があったため、そこで採寸をしてもらい普段着とドレスを大量に注文して持ち帰れる物だけ馬車に乗せてもらう。
ひとまずはこれで表向きの用事は済んだ。
後は撒くだけである。
良い場所はないかと周囲を見回すと、少し離れた場所に裏道に入るための細い道を見つけた。
(あれは……二十年後でもまだあったのね)
整備された皇都の城下町で、まるで迷路のように入り組んだ裏路地への入り口。
撒くのにはとっておきの道だ。
これを利用させてもらおう。
相手は新人の騎士一人。物珍しそうに見ていたことから恐らく皇都にもまだ慣れていないはず。
「ふふっ」
あまりに簡単そうで私はつい笑ってしまう。張り合いはないが、この場合はフィルベルン公爵に感謝するべきだろう。
アリアドネに対する認識が甘い最初の期間に外に出たのは正解だった。
(さて、じゃあ行きましょうか)
歩く速度は一定のまま裏道に入る細い道に差し掛かった瞬間、風に飛ばされたハンカチを追いかける振りをして私は全力で駆けだした。
「アリアドネ様!?」
背後から騎士の焦った声が聞こえるが構わず私は速度を上げて入り組んだ路地を右に左に駆け抜ける。
何個目かの角を曲がった辺りで背後から聞こえていた足音が完全に途切れたのを確認すると中心部から外れた目的地のひとつである近辺に辿り着いた。
(ここら辺はまったく変わっていないわ。見つけられていなければ欲しい物が手に入るかもしれない)
少し歩いて行くと袋小路に突き当たり、周囲に人の気配がないのを確認した私はある箇所の壁のレンガを二個引き抜いた。
狭い入り口に反して中には少し広い空洞があり、その奥に鍵代わりの仕掛けが施された箱形の装置を見つけた。
「……あった」
無理やり開けられた形跡はなさそうだし固定されているから箱ごと持ち出されてはいなかったが、どうか中身が残っていますように。
期待を込めながら私は慣れた手付きで仕掛けを解いていく。
最後の一個を動かすとカチリと何かが動く音が聞こえる。
そのまま取っ手を持って扉部分を前に引き出すと私の期待していた物、つまりアリアドネ・ベルネットが生前隠していた宝石と金貨が箱形の装置の中にびっしりと埋め尽くされていた。
「これでお金の心配はなくなったわね。早く詰めて残りも終わらせて帰らないと」
急いで宝石と金貨を全て詰め込むとパンパンになった袋を懐に入れる。
再度人がいないか確認した私は最後の目的地を目指した。
とはいっても、場所はすぐ近くだ。
街の中心部から外れた場所にある宿屋。それが最後の目的地。
宿屋には裏口から入る必要があったから、運良くあの細い道を見つけられたのは幸運である。
人に出会うと面倒なので走って移動していると、最後の目的地である宿屋の裏手に来ることができた。
裏口のドアがあり、上には宿屋の看板がかけられている。つまり、今も営業しているということだ。
私は迷うことなくその裏口から宿屋の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
真っ昼間だというのに薄暗い部屋の中で椅子に座って静かに新聞紙を読んでいた老人。
年は取っていたが二十年前から変わらず門番を務めているジョセフであることは一目見て分かった。
裏口から入ったというのに彼は私を見ることなく新聞紙に目を落としたままだ。
「『古い剣には敬意を』」
「ほう……」
(まだ使えたのねこれ)
ここは表向きは宿屋であるが、裏口から入ったここは貴族派御用達であった情報ギルドの内のひとつ。
私が言ったのは二十年前の合い言葉であったが今もこの言葉が通じたことに安堵する。
ひとまず目的は達成されそうだ。
「今は違うんだが、二十年も前の合い言葉を言うとはねぇ」
「あら、だとしたら依頼は受けてもらえないのかしら?」
私は顎に手を当てて柔やかに笑う。
金さえ積めばどんな情報だろうと売り渡す情報ギルド。
金にがめつい彼らのことだ。見るからに貴族令嬢である私を追い出すことはしないという確信を持っていた。
ジョセフはジッと私を観察するように見た後でフンッと鼻で笑った。
「まだ子供なのに随分と肝が据わってるじゃあないか」
「よく言われるの。ありがとう」
「……見たところ貴族のお嬢ちゃんのようだが、金はあるんだろうな?」
「もちろん」
答えが気に入ったのか、ニヤリと笑うと親指を上に上げた。
二階で待て、という合図だ。
「人を待たせているから早めに頼むわね」
と言ったものの、すでに新聞に視線を向けているジョセフから返事がくることはなかった。




