姉弟とヘリング侯爵
連行されるオドラン子爵夫人を見送ったあと、デリアをフィルベルン公爵家に送り届け、私は寮の部屋に戻った。
夜にエドガーから全てのことが上手く行ったという報告を受け取る。
地下水路の隠し部屋にいたヘリング侯爵を捕まえて、スビア伯爵とネルヴァ子爵の身柄も拘束したという。
その中には私とクロードの父親であるベルネット元伯爵の姿もあったという。
あちらの準備が整う前に突入したから、帝国側に大きな被害もなく済んだとのこと。
ヘリング侯爵が大人しく捕まるなんてと思ったが、年齢も年齢だし勘は鈍っていたのかもしれない。
だが、これでようやく二十二年前の皇族貴族毒殺事件の真相が明かされる。
どこかホッとしたような気持ちが私の中にあった。
終わったことだと自分では思っていたが、やはり思うところはあったようで落ち着かない。
当事者の一人として終わらせに行かなければいけないとも思う。
だから、私は翌日にクロードに連絡を取ってヘリング侯爵が捕まっている地下牢に連れて行って欲しいと願い出た。
彼はかなり渋っていたが、何とか説得してケジメをつけさせて欲しいという私の願いを聞き入れてくれた。
早速翌日に王城へと向かい、クロードと合流して二人でヘリング侯爵がいる地下牢に足を踏み入れる。
道中、私と彼の間で会話はなく、薄暗い地下牢の通路も私達だけの足音が響いていた。
とある牢屋の前でクロードは立ち止まり、人払いをする。
看守も誰も居なくなったところで、彼は中にいる人物を睨み付けた。
私も視線を向けると、二十二年前よりも目つきが鋭くなった老人がこちらを見ていた。
一目見て、ヘリング侯爵だと分かる。
見た目は大分変わっていたが、それでも雰囲気は以前のまま。
ヘリング侯爵はクロードに視線を向けると口を開いた。
「先に父親の元に行くかと思ったが、こちらに来るとはな。薄情な息子だ」
「姉が貴方に話があるとのことでしたので、連れてきただけです」
「……姉? どういうことだ。お前の姉は二十二年前に死んでいるだろう。まさかそこにいる子供のことを言っているわけではあるまいな?」
話が読めないのか、ヘリング侯爵は視線を私の方に向けてくる。
目が合った瞬間、私はニコリと微笑みを浮かべた。
地下牢に来た子供が笑みを浮かべるなど思っていなかったのか、ヘリング侯爵は面食らっている様子であった。
「お初にお目にかかります。……それと、お久しぶりでございます。アリアドネ・ルプス・フィルベルンと申します」
「……先帝の弟の孫か。久しぶりとはどういうことだ。お前とは会ったことなどないが」
「いいえ。何度も会っております。あの頃は随分と私を信頼して駒として扱って下さったではありませんか。最終的には私に全ての罪を被せて逃亡なさいましたけれど」
「何を……」
何の話をしているのか全く分からないのか、ヘリング侯爵は眉根を寄せている。
まさか二十二年前に死んだアリアドネ・ベルネットがこの場にいるなんて思ってもいないだろう。
「それはともかく、オドラン子爵夫人の良いようにされるとは年を取りましたね。昔の貴方なら細心の注意を払って確実に事を起こせると確信してから動いたはずですのに」
「黙れ」
「貴族派も二十二年前に散り散りになりましたし、さして力のないスビア伯爵とネルヴァ子爵ぐらいしか内部の情報を流せる人間がいなかったのでしょうね。オドラン子爵も中枢に入り込めるほどの力もありませんし。よくこれで帝国に再び手を出そうと思いましたね」
「子供は黙っていろ!」
「私は事実を述べているだけですのに、どうして大きな声を出されるのですか?」
隣のクロードが小声で「事実だから心にくるんですよ」と囁いている。
なるほど。ヘリング侯爵は未だに自分の正当性を信じていたのか。
理解していたらそもそも手出ししようなんて考えるはずもない。
「ですが、地下水路の隠し部屋にいたのは正解だったと思いますよ。あそこは貴族派でも限られた人しか知らない場所でしたから。実際に陛下を含めた皇帝派の皆さんは誰も知りませんでしたしね」
「ならどうして!」
「それはその場所を知っている私がいたからでしょうね。スビア伯爵とネルヴァ子爵が関与していることも彼らが当時情報を貴族派に流していたと知っていたので最初の頃にすぐに気付きましたもの」
私の言葉にヘリング侯爵は唖然としている。
目の前の十四、五歳の少女がなぜ知っているのか理解できていないようだ。
まだ言いたいことがあったので、私は彼の反応を無視して続ける。
「それと逃亡前に財産の一部を皇都の西外れにあるアマンダの廃屋に隠していらしたでしょう? あそこは私も何度か隠れるのに使わせて頂きましたものね。今回の資金源はそこからかしら」
「……なんなんだ。なんなんだお前は!」
知られていないと思っていたことすら言い当てられてヘリング侯爵は声を荒らげ目を見張る。
そりゃあ、私は当事者なのだから当然知っている。
「アリアドネです。貴方と父に利用されて主犯にされて殺されたアリアドネ・ベルネットです」
「……なっ。馬鹿にしているのか! あの娘は私が命じて殺させたはずだ! そう報告されている!」
「ですから、私がそのアリアドネ・ベルネットなのです。信じたくないのでしたら、それでも構いませんけれど。というか、私を殺すよう命じたのは貴方なのですね」
言いながら私はため息を吐いた。
てっきり皇帝派の人間が先走って憎しみでやったことだと思っていた。
そうであれば仕方がないと思っていたが、貴族派それもヘリング侯爵の差し金だったとは。
「私が罪を償う機会を奪ったのですね。ですが、こうして再びこの世に戻ってこられたのですからそこはもう良いでしょう」
「よくありません」
ヘリング侯爵を射殺しそうな視線で睨み付けながらクロードは憤っている。
彼もまた皇帝派がやったことだったのなら、と抑えていたのかもしれない。
私の中ではさして大きな問題ではないし、ここで時間を取られても困るのでクロードの腕を掴んで落ち着かせる。
「ですが、姉上」
「怒ったところで私が死んだ事実は変わらないでしょう。過去は過去よ。時間も限られているのだから話を進めるわよ」
「……分かりました」
納得はしていないだろうが、それでも気持ちを落ち着かせてくれた。
随分と大人になったものである。
さて、と私はヘリング侯爵に再び視線を向けた。
彼は蘇った死者を見るような目で私を見つめている。
まあ、合っているわけではあるが。
「二十二年の時を経て、主犯が捕まったのは非常に喜ばしいことですね。年齢に伴う老いにはさすがのヘリング侯爵も勝てなかったというわけですけれど」
「あの事件の主犯はアリアドネ・ベルネットだ! お前が暴走して起こした事件であろう」
「だとしたら、今回のことはどう説明されるおつもりで? 西方諸島で旧ラギエ王国の人間を唆して、今回の計画をして指示を出されたのは貴方でしょう」
「証拠などなかろう!」
「なければ作れば良いだけです」
私の言葉にヘリング侯爵は虚を突かれたような表情を浮かべている。
「何を驚いておられるのですか? 貴方がいつもなさっていたことではありませんか。……まさか品行方正な皇帝派の人間がそのようなことをするはずがないと思っていらっしゃったのですか? 私がいるのに?」
「おま……お前……!」
ヘリング侯爵は私の性格を嫌というほど知っている。
確実に実行に移す人間であることを側で見ていたから。
外部との接触を断たれている今、ヘリング侯爵が策を弄することなどできない。
帝国に居る貴族派も全て捕まえているから、もう逃げられないのだ。
「大体、貴方がなさったことは全て事実ではありませんか。わざわざ自ら罠にかかりにいらっしゃるとは、ご苦労様です。……どうぞこのまま二十二年前の罪を償って下さいませ」
「ふざけるな! この帝国は儂のものなんだ!」
「行くわよクロード」
「はい」
もうヘリング侯爵に用はない。
どうあがいたところで二十二年前の記憶がある私が全て潰してやる。
彼の負け犬の遠吠えを聞きながら、私達は地下牢から外に出た。
「姉上に頂いた情報から証拠は十分取れました。ご協力ありがとうございます」
「私ができることはこれくらいしかないもの」
「……必ず姉上の汚名は雪いでみせます」
「一番はまず国民のためよ。それを間違えてはいけないわ。私のことはついででいいの。分かったわね」
「はい……」
納得していなさそうな返答ではあるが、クロードのことだからきっと他をおざなりにはしないだろう。
私の汚名はともかく、これで二十二年前の毒殺事件は解決に向かう。
「……やっと終わるのね」
これでこの国はようやく前に進める。
良かったと心から思う。
「これから始まるんですよ。姉上の人生はこれからやっと始まるんです」
「終わりは始まりとはよくいったものね」
「落ち着いたらテオドールにも会ってやってください。寂しそうにしていましたから」
「相変わらず可愛らしいわね」
「可愛いだけですか?」
「……頼もしくて勇敢でいつの間にか男の人になっていた素敵な方よ。見かけると安心してつい目で追ってしまうのよね」
クロードは目を見開いて口をパクパクと動かしている。
驚きすぎて声が出ないようだ。
「この気持ちが好きなのかどうか分からないけれど」
「合ってます! それは好きということです! ああ、良かった……。気が変わらない内に早く動かなければ……! 落ち着き次第、フィルベルン公爵家に婚約を打診させて頂きます!」
「まずは貴方が落ち着きなさいよ……」
「姉上が爆弾を投げ込んでくるからでしょう!」
「まさかこのような反応をされるなんて思ってなかったからよ」
このテンションの高さのクロードを見るのは初めてかもしれない。
そんなに嬉しかったのか。
弟に祝福されるのは、悪い気分にはならない。
むしろ、嬉しいかもしれない。
さて、テオドールはどういう反応をしてくれるのだろうか。
それが少し不安でもある。




