種明かし
ということがあり、デリアはここで登場した訳である。
彼女はオドラン子爵夫人に目もくれず、テーブルに置かれている小瓶を勢いよく取ると片手で蓋を開ける。
そのまま這いつくばっているオドラン子爵夫人の顎を掴んで口を開けさせると、小瓶の中身を彼女の口に無理矢理入れて飲ませた。
無理な体勢だったので気管にでも入ったのだろう、オドラン子爵夫人は咳き込み地面に突っ伏している。
それを見てデリアはその場にへたり込んだ。手が震えているところを見ると我に返ったのかもしれない。
しばらく呆然としていた彼女だったが、一向に死ぬ気配のないオドラン子爵夫人の様子に気づき私を見上げてきた。
「その中身、ただの砂糖水よ」
「なっ!」
「本物はこちらよ」
新たに取り出した小瓶をデリアの前でヒラヒラとさせてみる。
苛立ちを見せた彼女ではあったが、腰が抜けているのか奪おうという動きは見せない。
まあ、これも偽物なのだけれど。
「デ、デリア……お前……!」
蹲りながらもオドラン子爵夫人はデリアに向かって憎悪の目を向けていた。
「なんでっ……生きて……! やっと死んだと、思った……のに」
「貴女がデリアを殺そうと動き出したから、リーンフェルト侯爵とフィルベルン公爵に助けを求めて、行方不明ということにしてもらったのよ」
「じゃあ……あの報告は」
「貴女が依頼したならず者はとっくに捕まってるわ。報告に行ったのはこちらの手の者よ」
私の言葉にオドラン子爵夫人は絶句している。
私達の手のひらの上で踊っていたことをようやく理解したのだろう。
「こちらとしては貴女から聞きたい情報は全て聞き出せたし、夫人の屋敷に匿っている薬師を確保するために今動いている。スビア伯爵家並びにネルヴァ子爵の家宅捜索もされているでしょうね」
ここまで言ったところでオドラン子爵夫人は私を馬鹿にしたように笑った。
「あの方を見つけていないでしょう……!」
「どうせ水路の隠し通路の先にある部屋にでもいるのでは?」
途端にオドラン子爵夫人は笑みを消す。
水路の隠し通路のことが皇帝達にバレていないのはスビア伯爵家とネルヴァ子爵から聞いているだろうし、地上に居るよりは安全だと考えてもおかしくはない。
昔の貴族派、その中でも信頼に足る人物しか入ることが許されなかった場所。
それが水路の隠し通路の先にある部屋だ。
あとはエドガーにスビア伯爵家、ネルヴァ子爵が関係している家が空き家や倉庫を購入していないか、水路を含めて人の出入りがないか調べてもらった。
結果、一月ほど前に水路に入っていった人間がいることを突き止めた。
潜入した者から隠し通路の先にある部屋にヘリング侯爵が潜伏していることが分かったのだ。
「今頃、スビア伯爵家、ネルヴァ子爵が所有している空き家や倉庫に騎士団が到着しているでしょうし、隠し通路の先の部屋にも行っているわね」
「ど、どうして」
「剣術大会のときに何かをするのを分かっていて待っていると思ったのかしら? 分かった時点で動くに決まっているでしょう? 貴女、帝国のことをあまり舐めないほうが良いわよ」
とは言っても、私がしていることはただの時間稼ぎにすぎないのだけれど。
オドラン子爵夫人が身動きの取れない状態にしておかないと、逃げられて連絡されては困る。
私の役割はそれだったのだが、デリアの話を聞いて少しだけ彼女に協力しようとも思ったのだ。
だからここからはデリアのターン。
チラリと彼女を見ると手の震えは収まっており、オドラン子爵夫人への怒りが再燃している。
一応釘を刺しておくかと私は口を開く。
「殺さない限りはお好きにどうぞ」
「こいつは母を殺したんです……! 地獄に落ちてもいいから、同じ目に遭わせてやりたいのです!」
「気持ちは分かるけれど」
「母が望んでいない、悲しむと止めるおつもりですか?」
「いいえ。貴女がしたいのは母親の敵討ちではなく、自分から母を奪ったその女に対する報復でしょう? だとしたら殺すだけで良いのかしら?」
え? と不思議がるデリアに私は続ける。
「死ぬのなんて一瞬よ。それなら死にたいのに死ねないくらいの苦しみを与えた方がよほど良いとは思わない? どうせ彼女は今回の件で処刑、良くて死ぬまで地下牢に幽閉されるのだから」
「でも」
「苦しむのが一瞬で貴女の気が晴れるのかしら? 貴女の恨み憎しみはそのようなものではないでしょう? 苦しみに悶えて床を這いつくばっている姿をご覧なさいな。無様でしょう」
デリアはそっと私から視線を外し、ゴミでも見るような目でオドラン子爵夫人を見つめている。
私が処刑だの言ったせいか、オドラン子爵夫人は怯えて震えていた。
その姿を見てデリアは多少落ち着きを取り戻したようで、深呼吸をしている。
「確かに、このような人間相手に私が手を汚す必要はございませんね。落ち着かせて下さりありがとうございます」
「構わないわ。それよりも、彼女に対して何か言いたいことはないの?」
「山のようにございますね」
苦笑したデリアの目は再び険しいものとなる。
そうして口を開いた。
「二十年前のあの日、なぜ母を川に突き落としたのですか?」
当時を思い出したのか、苦しそうに表情を歪めている。
違うと言いたげにオドラン子爵夫人は首を横に振っていた。
だが、目が泳いでいるところを見ると話は事実なのだろう。
「私は現場を見ておりました。子供ながらに姿を見られたら私も殺されると思い、すぐに洞窟へと戻って寝たふりをしていただけです。でも、その女が戻ってきたのは翌朝。オドラン子爵達を連れて戻ってきたのです。雨で濡れていたので外に出ていたことはバレると思っていたのでそこは幸いでしたけれど」
「命だけは助けてやったのに……!」
「オドラン子爵に取り入るためなら母を殺す必要はなかったはずです。どうして……」
オドラン子爵夫人の言葉には反応せず、デリアは真っ直ぐに彼女を見つめている。
その視線に押されたのか彼女はグッと言葉に詰まっていた。
けれど、観念したのか理由を話し始める。
その内容はひどく自己中心的なものだった。
「あいつは……ラギエ王国の復讐なんて馬鹿なことはやめろと言ったのよ。信じられる? 貴族として国を支える立場の人間なのによ? 子供と慎ましく生きていくことが国のためになるなんて言って……! ラギエ王国のために死ねないのなら存在する価値なんてない! だから殺したのよ!」
「……そんな下らないことで」
母親が殺された理由にデリアは心底呆れた様子で吐き捨てた。
何の罪もない母親を殺されたのだ。彼女の気持ちは晴れるどころかモヤモヤが残るだけだろう。
知れて良かったのか、知らずにいた方が良かったのか……。それは本人にしか分からない。
脱力しているデリアを見て話が終わったところで、私はテーブルの上にあったベルを鳴らして護衛を呼んだ。
すぐに入ってきた護衛達は床に横たわるオドラン子爵夫人を拘束する。
「毒のことなんて詳しくないって言ってたのに……!」
拘束されながらオドラン子爵夫人は憎らしげに私を睨み付けてくる。
悪態をつけるまでに冷静さを取り戻したのか。
「自分の手札を早々にばらす愚か者がどこにいるのよ」
「それでも貴族令嬢、それも四大名家の令嬢が子爵夫人に毒を盛ったことはなかったことにはできないわよ!」
「毒なんて盛ってないわ。私はただ興奮剤と痺れがでる薬を入れただけだもの。別に死ぬようなものではないし、短時間だけ効果が出るのみで人体に影響もないわ」
「……何なのよ。あんた何なのよ……!」
まるで化け物でも見るような目で私を見てくるではないか。
……確かに十四、五歳の子供が持つ知識ではないけれど。
「子供だからと甘く見た貴女の落ち度でしょう。連れて行ってちょうだい」
護衛に指示をしてオドラン子爵夫人は半狂乱になりながら引きずられるように部屋を出て行った。
静かになった室内で私はデリアにチラリと視線を向けた。
「情報提供に感謝するわ」
「いえ……私も助けて頂いてありがとうございます。セシリア皇女殿下に毒を盛った件を見逃していた点について罰を受ける覚悟はあります」
そう言って私を見るデリアは死を決意した目をしていた。
あの孤児院で私に助けを求めてきた日と同じ目だった。




