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あの日の話

「このブレスレットはリーンフェルト侯爵に渡すけれど、他に話があるのではなくて?」


 私の言葉にデリアはおずおずとフードを脱いだ。

 緊張した面持ちの彼女は不安そうに私を見ている。


「フィルベルン公爵でもなく、リーンフェルト侯爵でもなく、ただの学生の私に言うということは私からあちらに何か伝えて欲しいことがあるのでしょう?」

「そうです。あのお二人ですとすぐにあの方々の耳に入ってしまいますので……。言いたくても言えなくて」

「それで大して影響力がないと思われている私のところに来た、というわけかしら?」

「影響力がないなんてとんでもございません! 現存する貴族で最も皇族に近い方ですのに」


 嘘を言っているようには見えない。

 セシリア皇女の元にまで私の噂は届いていないのかもしれない。


「……アリアドネ様を利用するみたいで大変申し訳なく思うのですが、他に方法が見つからずに……」

「私としてもオドラン子爵夫人について貴女に話を聞きたいと思っていたから問題は何もないわ」


 オドラン子爵夫人の話を出した途端、デリアの目に怒りの感情が浮かんだ。

 やはり母親とオドラン子爵夫人の立場を入れ替えたことを知っているということか。


(私の仮説通りなら恨んだり憎んだりするのも分かるけれど……それだけじゃない気がするのよね)


 それだけデリアがオドラン子爵夫人に対する憎悪は根深いものがあると感じた。


「時間もないし単刀直入に言うわ。貴女は何をどこまで知っているのかしら?」

「……お答えする前にひとつよろしいでしょうか?」

「あら、交換条件? 貴女の持っている情報がそれに値するならば良いわよ」

「ありがとうございます。……私の知っている情報は全て出します。ですので私を助けて欲しいのです」


 助けを求めてくるということは、仲間割れでも起こしたのだろうか。

 

「もしかしてセシリア皇女殿下をフィルベルン公爵邸で静養させる件のことがバレて命を狙われているとか?」

「はい。尤もそれだけが理由ではありませんが。このままではオドラン子爵夫人に私は殺されるでしょう」

「あら、そうなの」

「…………驚かないのですか? 聖女だのなんだのともて囃されている人なのに」


 私があまりに落ち着いているからか、デリアは目を丸くしている。

 オドラン子爵夫人には裏があるだろうと思っていたからさして驚きはない。

 臆病で慎重な人だという印象だったから随分と大胆なことをするものだとは思ったけれど。


「初めて会話を交わしたときから胡散臭い方だと感じていたのだもの。ああ、やはりね……という感情しかないわ」

「アリアドネ様が気付いていらっしゃったのなら話は早いです。オドラン子爵夫人は自分の過去の犯罪を隠すために私を殺そうとしているのです」

「過去の犯罪? 貴女のお母様と立場を入れ替えたことくらいで?」


 なぜそこまで知っているのか、というようにデリアは言葉を失っている。

 全部エドガーが調べてくれたことなのだけれどね。

 あの報告書にはデリアの母親であるクラウディア・バート伯爵令嬢と使用人のノラ、という名前が記載されていた。

 以前、デリアから母親の名前がクラウディアだと聞いていたのですぐに分かったのだ。

 それにシルヴィアがアビーだった件もあってオドラン子爵夫人が名前が今と違うのでは? ということにも気付いたのである。

 だから入れ替わったのだろうと思っていたというだけだ。

 冷静な私の視線を受けたデリアは、悔しそうに口を開いた。


「いいえ、入れ替わったことだけではありません。あの女は母を……殺したのです」

「それはオドラン子爵に保護される前の豪雨災害があった日、かしら」

「そうです。あの日、私達は豪雨に見舞われて洞窟に避難しておりました。夜中に目覚めたら二人の姿がなかったのです。心細くて探していたら、あの女が母を増水した川に突き落としたところを目撃しました。私は隠れた場所からそれを見ていることしかできませんでした……。気付かれたら私も殺されると思って怖くなって洞窟の中に逃げ帰ったのです」


 母親を見殺しにしてしまった罪悪感もあるのだろう。

 苦しそうにデリアは当時のことを教えてくれた。

 しかし、入れ替えた立場を守るために人を殺すとは……。

 いや……私も人のことは言えない。責める立場にはない。


「ということは、その現場を貴女が見たとオドラン子爵夫人は気付いたということなのかしら?」

「子供だったから覚えてない、記憶が曖昧だと思っていると思います。ですが、セシリア皇女殿下の飲む紅茶の茶葉に混ぜろと命じられた物を私が入れなかったことで不信感が強くなったのだと思います」

「あれは貴女が入れていたの?」

「いいえ! 誓ってそのようなことはしておりません! 皇族の方が口に入れるものに何かを混ぜるなど出来ないと断りました。そうしたら、別の者に命じたようでどんどんセシリア皇女殿下の具合が悪くなって……」


 下を向いたデリアは膝の上にのせている手をギュッと握った。

 セシリア皇女に対する忠誠心の強さがうかがえる。


「きっと良くない物を入れたのだと分かり、誤って茶葉の入った瓶を落としたり捨てたりしていたのです。おそらくそれを他の者から聞いて私が邪魔になったのでしょう」

「記憶がないだろうけれど、いっそ殺して過去を知る人間を消したいのでしょうね」

「だと思います。ですが、私はこのまま死ぬわけにはいかないのです。あの女の思い通りにさせることはできません。母の無念を晴らしたいし、セシリア皇女殿下をお守りしたいのです」

「なるほどね。話はよく分かったわ」


 言葉に嘘がない。デリアが言っていることは全て事実だろう。

 クロードや皇帝の計画は近々実行されるし、オドラン子爵夫人は私が直接対峙した方が良いかもしれない。

 何より、デリアは本当に心の底から自身の母親とセシリア皇女を大事に思っている。

 その気持ちに応えたいと思った。


「貴女を助けるわ」

「本当ですか!?」

「ただし、貴女には身を潜めてもらう必要があるの。行方不明あたりがいいと思う」

「あの女を追い詰められるのであれば、私のことは如何様にでもお使い下さい」

「分かったわ。では、近日中にやりましょう。あちらが動く前に貴女を保護するわ。フィルベルン公爵に話を通しておくから、うちの屋敷で身を隠していてちょうだい」

「畏まりました」


 ありがとうございます、と言ってデリアは私に深々と頭を下げてきた。

 戦う術を持たない人が何かを変えようと立ち上がるのは勇気のいることだと私は知っている。

 彼女は私が思うよりもずっと強い人だ。

 凄いなと微笑みを浮かべていると顔を上げたデリアと目が合った。


「……アリアドネ様は本当に十四歳なのですか? 仰ることや立ち居振る舞いが大人びていて、まるで年上の女性と話しているように錯覚してしまいます」

「色々とあって精神年齢が大人なだけよ。それよりもそろそろ戻らなくていいのかしら?」

「あっそうでした」


 フードを被り慌ててデリアは立ち上がる。

 助けてもらえるという安心感で気が緩んだのだろう。


「帰りは念のために護衛を潜ませておくわ。明日に使いの者が行くと思うから言うとおりに行動してちょうだい」

「分かりました。よろしくお願い致します」


 深々と頭を下げたデリアはその場を後にしたのだった。

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