久しぶりの悪女
数日後、授業が終わり寮の自室へ戻った私にある知らせがもたらされた。
神妙な顔をしたミアが言いにくそうに口を開く。
「セシリア皇女殿下の侍女、デリアさんが行方不明になったようです」
「……本当に?」
「ええ。皇都の門番が郊外に出て行く彼女を見たそうです。けれどそれ以降行方が分からなくなったようで……」
「そう……。あれだけ慕っていた侍女がいなくなったなんて、セシリア皇女殿下は大丈夫かしら?」
「屋敷からの話ですと随分と気を落とされているようです。食事も喉を通らないみたいで……」
デリアの件は前日の夜にエドガーからの報告で知っていた。
すでに準備は整っており、彼女の件が起こり次第計画がスタートする手筈になっている。
クロードや皇帝が動き始めるだろうから、私も逃がさないように畳みかけよう。
「では、セシリア皇女殿下にお会いして下さるよう皇太子殿下にお願いしてみるわ」
「そうされたほうが良さそうですね」
「面倒を見ていた子が居なくなったことでオドラン子爵夫人も気落ちしてらっしゃるだろうし……。一度お話ししないといけないわね。サロンを貸し切ってもらえるかしら?」
「すぐに準備いたします」
よろしくね、と伝えて私は寝室に入り、エドガーとクロードに諸々の指示を書いた手紙を書いた。
前日の夜から待機させてある伝書鳩に手紙をくくりつけ、それぞれの元に送り返す。
「それじゃあ、全部終わらせましょうか」
事前に用意してあったある薬達を引き出しから出した私はフッと笑う。
それから数日後。
学院が冬休みに入り、生徒達が領地や帝都の屋敷に戻ろうと慌ただしく過ごしている中、私はサロンへと足を向けていた。
ミアに頼んでサロンを貸し切りにしてもらい、事前に使用人をエドガーとクロードの手の者に入れ替えておいた。
(セレネとテオ様はすでに学院を出た後だから、思う存分やれるわね)
さすがにこれからやることを見せるわけにはいかない。
ヘリング侯爵らを一網打尽にする絶好の機会。クロード達も半刻後に実行に移すという連絡を先ほど受けた。
デリアのためにも勝たなければいけない。
すでに個室には私が呼び出した相手が到着している。
(悪女になるのは久しぶりだけど上手くいくかしら)
まあ、性根がそうなのだから心配することはない。
呆れたように笑った私は扉をノックして、個室へと入っていく。
「遅れてしまったでしょうか?」
「いえ、私も先ほど参りましたので大丈夫です」
「良かったです。今日は急なお誘いにも関わらずおいで下さってありがとうございます」
ニコリと微笑むと、私が呼び出した相手であるオドラン子爵夫人はとんでもないといった様子で首を振った。
そう、私は今日彼女の化けの皮を剥がすために呼び出したのだ。
全ての準備は終えている。後は彼女を陥れるだけ。
そんな気持ちはおくびにも出さずに私は椅子に腰掛けた。
給仕に紅茶を淹れるようにお願いし、まずはデリアの件から軽く始める。
「この間、デリアさんが行方不明になられたと伺いました。オドラン子爵夫人はどれほど落ち込んでいらっしゃるのかと考えると胸が痛む思いでいっぱいです」
「そうですね。急なことでしたので驚きました。どうやらよろしくない男と仲良くなったようで駆け落ちしたようだと……。相手は金目当てだったと噂されておりますし、生きているかどうか……」
まあ……と言って私は手で口元を押さえた。
好きに言うものである。
「それではデリアさんはもう殺されていると?」
「その可能性は高いと思います。ああいった人と付き合いはやめるように以前から注意してはいたのですけれど。残念なことです」
面倒を見ていた子が行方不明になったというのに、オドラン子爵夫人は全く悲しむ様子を見せない。
いや、表面上は悲しんでいるが、嘘を言って悪意をまき散らしている。
自らの罪から逃れるためか印象操作をしようとしているのだろう。
人払いもして部屋には私と彼女の二人だけ。
給仕が淹れた紅茶をオドラン子爵夫人がある程度飲んだところで、私は計画を始めさせてもらった。
「ところで……オドラン子爵夫人とデリアさんは西方諸島のご出身でしたね」
「そのときの記憶がないので、はいとは言い切れませんが、おそらくそうだと」
「以前、デリアさんが仰っていたのですけれど『空飛ぶ鷹のように視野広く、海泳ぐ鯨のように大らかに。本物を見る目を鍛えなさい』と亡くなったお母様から聞かされていたようです。私の記憶ですと、動物を家訓に入れるのは旧ラギエ王国の貴族の特徴。もしかしたらオドラン子爵夫人は旧ラギエ王国の方なのではないでしょうか?」
「あ、あら……そうなのかしら?」
明らかに動揺し目が泳いでいる。分かってはいたが、記憶喪失というのは嘘なのだな。
「それで気になって旧ラギエ王国から内乱時に脱出した貴族を調べてみたのです。そうしたらバート伯爵家のご令嬢と十六歳の使用人の少女が内乱の中盤辺りで国外に出ていたのです」
「まあ……」
平常心を装っているがカップを持つ手が震えている。
もう少し突いてみるか。
「ご令嬢のお名前はクラウディアさんで使用人の名前はノラ。バート伯爵家は紋章に鷹を用いておりました。デリアさんが母親の形見として持っていたペンダントに鷹が描かれていたのを生前見たことがあります」
「そんなはずありません……! あれは一緒に流されたはず!」
言ってからしまった! というようにオドラン子爵夫人は表情を歪めた。
思った通りの反応をしてくれたことに笑いそうになったが、抑えて話を続ける。
「デリアさんに母親の年齢と名前を伺ったらクラウディアさんと合致しましたし、使用人の少女の年齢とオドラン子爵夫人の年齢が合っております。おそらく、ご出身は旧ラギエ王国なのではありませんか? そうして何らかの事情により貴女は主人であるクラウディアさんと立場を入れ替えた」
「まさか……。そんなはずはありません。当時私が身につけていたのは西方諸島の服でしたもの」
「脱出後の動きも調べたのですが、西の方に移動していたみたいで西方諸島にしばらく滞在していたみたいですね。そこでクラウディアさんはデリアさんを出産なさったと。また、そのときにオドラン子爵夫人はある人と接触しておりますよね?」
正直私は貴族と使用人が入れ替わったことは重要だとは思っていない。
西方諸島で接触した人物、その人が重要なのだ。
「その人からアラヴェラ帝国に潜入してある程度の地位について欲しいと言われたのではありませんか? そして貴女はそれを利用しようと考えたのでは?」
「い、いい加減なことを言わないで下さい! 何の証拠があってそんなことを言うんですか!」
「ナルキス」
私が一言そう言うと、オドラン子爵夫人はピタリと動きを止める。
額に汗が滲んで口を動かしながら声にならない声を上げている。
ナルキスがどのような効果を持つ物か知っている反応だ。
「旧ラギエ王国の内乱時に絶滅したと言われておりましたが、あるところにはあるのですね。まずは貧民街で実験して効果を確かめた後にセシリア皇女殿下に使ったのでしょう。途中でリーンフェルト侯爵が出てきたから手を引いた」
区切ってチラリとオドラン子爵夫人を見ると手は震え、もの凄く顔色を悪くさせていた。
薬が効き始めているのだろう。良いことだ。
「次に狙ったのは学院に通う子息令嬢達ですね。セシリア皇女殿下のときと違って内部に貴女の協力者を潜ませることは出来なかったので、今度は貴女がマカレアを混ぜなければいけなかった」
「違う!」
「実際に不審な動きをして甘い匂いを漂わせていた貴女がサロンから出てくるのを見た人がいるのです」
「違う! 違う!」
薬のせいもあって半狂乱になるオドラン子爵夫人に構わず私は次の手を打つ。
「紅茶の入ったティーポットの中身を見てみて下さい」
微笑みながら言う私に誘われるように、オドラン子爵夫人は恐る恐る蓋を開ける。
「ヒィッ!」
蓋を落としたオドラン子爵夫人は青ざめた表情でよろめいた。
けれど踏ん張る力がなかったのか、彼女はそのまま床に崩れ落ちて手をついた。
息は荒く体も思うように動かせないのだろう。
「驚かれました? 中身はマカレアとマカレアの抽出液をたくさん入れたお茶なのです。ついでに中に軽く毒も混ぜてみました。そろそろ体の自由がきかなくなる頃ではありませんか? 久しぶりだったので量を間違えたのか効くまでに時間がかかってしまいましたね」
「な、何をっ……」
実際は毒ではなく、痺れと興奮作用のある植物を組み合わせて入れただけだ。
持続性はそれほどないし、人体に影響がないものである。
中にあるマカレアも抽出液も嘘。見た目が似ている茶葉を入れておいただけ。
動揺して正常な思考が出来ない状態なら、甘さや蜂蜜のような匂いがしないことに気づけないだろうし、そうなるように薬を入れておいた。
縋るような目で私を見上げるオドラン子爵夫人を無視して私は液体の入った小瓶をテーブルの上に置いた。
「この小瓶ですけれど、中身はナルキスの抽出液です。貴女ならこの意味が分かりますよね?」
椅子に座り、足を組んだ状態で見下ろす私はさぞや恐ろしいことだろう。
混乱していても私の言った言葉の意味が正しく理解できたのか、オドラン子爵夫人はブルブルと震えている。
「こ、このくらいの量で死ぬわけが」
「マカレアの抽出液も入れたと言いましたよね? 葉をそのまま入れるよりもより多くの量を摂取させられるんです。通常の倍以上の量を入れているので、このナルキスの抽出液を飲めば死に至ります。バレないようにかなり苦い茶葉を使用しましたの」
みるみるうちにオドラン子爵夫人の表情が青ざめる。
今、毒に冒されていると誤解している彼女からしたら私が嘘を言っているとは微塵も思わないはずだ。
けれど持続性はないから、そろそろ彼女を拘束しなくては。
「……最後の力を出されても困るわね。入ってきなさい」
私は外に待機させておいた護衛を呼び入れた。
護衛にオドラン子爵夫人を縄で手足を厳重に拘束するように命じ、再び外に待機させる。
なんの武術の嗜みもない彼女は症状がなくなったとしてもこの拘束から逃れることはできない。
念のために身体検査をして武器の類いがないことも確認しておいた。
これで一番重要なことを告げられる。
「今の貴女は体の自由を奪われた身。これを口に入れることなど今の私にはたやすくできるわ」
小瓶を揺らしながら尋ねる私は満面の笑みを浮かべている。
やはりこういったことの方が性に合っているのかもしれない。
「何が、目的なのよ……」
「最初はヘリング侯爵が計画し、駒に実行させていると思っていたわ。けれど、貧民街で実験していたと聞いて疑問に思ったの」
「は?」
「私の知る侯爵は一度失敗した策は使わない人だった。慎重で絶対に成功すると確信しない限り動くことはなかった。例え年を取ったとしても、自分が関与していることをこんなに簡単に匂わすはずがない。だからおかしいと思ったのよ」
「な、にを言いたいのよ」
「確かに彼はこの件に関わってはいるでしょう。計画もしたと思うわ。けれど途中で別人によって彼の手を離れ、本来の道から逸れてしまったのではないかしら。ヘリング侯爵は知らずに利用されたと考えたの」
ジッとオドラン子爵夫人の目を見つめる。
彼女は息を荒くさせながらも視線を彷徨わせて身の振り方を考えているようだ。
案外余裕があるなと思った私は立ち上がって彼女に近寄り、頬を掴んで口を開けさせる。
片手で小瓶の蓋を開けて、口の上に持って行き傾けてみた。
目を見開いた彼女は小刻みに震えながら「言うから!」と絶え絶えに叫んだ。
「じゃあ、手は離して差し上げるわ。さあ、早く言いなさい」
「く、黒幕はデリアよ」
呆れた。
この期に及んでまだ自己保身に走るのか。
「デリアを攫ったのは貴女でしょうに」
「違うわ!」
「あら、そうなの? 貴女がデリア殺害をならず者に依頼したという証拠があるのだけれど?」
「なっ!」
「こちらは全て分かっているのだから下手な言い訳はやめなさい。見苦しいだけよ」
わなわなと震えるオドラン子爵夫人を私は無表情で見下ろす。
彼女は私が何をどこまで知っているのか探るような目で見てくる。
ならば、全て言ってあげようではないか。
「元々、貴女には二つの目的があった。デリアの母親を殺害した件が表に出ることを恐れて彼女を殺害したかった。そして旧ラギエ王国を見捨てたアラヴェラ帝国への復讐」
「……なんでそれを」
「セシリア皇女殿下に毒を入れた件でハイベルク王国を陥れて両国の友好関係を悪化させたかった。そしてヘリング侯爵を使って帝国の貴族の子供達を殺害して国内を滅茶苦茶にしたかったのでは? 全ての罪をヘリング侯爵にかぶせてね」
「…………」
「そのようなことをしても旧ラギエ王国が戻ってくるわけでもないのに……。愛国心があるのはご立派だけれど、現実が見えていないのね」
「帝国の人間が何を偉そうに! あんたらは全員死んで詫びなきゃいけないのよ!」
激高し必死の形相で私を殺しそうな勢いだ。
愛国心の強い女性だとは思っていたが、煽って正解だった。
予想通りの反応に私は満足する。けれど、結局それはオドラン子爵夫人の独り相撲なのだけれど。
「だからといってセシリア皇女殿下に毒を飲ませたのは悪手でしょう。まだ幼い子供なのに」
「何が子供よ! 我が国が内乱で苦しんでいるときに援軍も送らずに見捨てた大罪人の孫じゃないの! なのに、大事にされてぬくぬくと生きているなんて我慢できないわ。だから私が代わりに罰を与えてやったのよ……! 当然の報いだわ」
そんな自分勝手な事情に幼いセシリア皇女を巻き込んだのか。
ならば皇帝や皇后を狙えば良かったのに、身を守る術を持たない子供を選ぶところが卑怯すぎる。
今だけアリアドネ・ベルネットに戻れないかしら?
そうしたら今すぐにこの女の息の根を止めてやれるのに。
「皇太子も始末してやろうとしていたのに、警戒してサロンに来もしない。だから貴族の子供を大量に殺そうと思ったのよ。そうしたら死んだ同胞も報われるわ! ハイベルク王国になすりつけることなんて簡単だからね。あんたさえ居なければできたのに邪魔しやがって……!」
本当にどうしようもない最低のクズだ。
こんな女に感情を揺さぶられてどうする。
殺す価値もない人間に怒ったところで無意味だ。
オドラン子爵夫人のおかげで多少は冷静さを取り戻せた。
私は私のやるべきことをやらないと。
「……だって貴女、分かりやすすぎるんだもの」
「どこがよ!」
「極端に善人ぶるからボロが出るのよ。中身が伴っていないのだから、ある程度でやめておけば良かったのに聖女だなんだともて囃されるくらいにするから。自分をヘリング侯爵の駒に見せたいから間抜けな振りをしていたのでしょうけれど、わざとらしくて白々しいのよ。裏に何か抱えているのなんてすぐに分かる」
「馬鹿にするんじゃないわよ!」
「ちょっとカッとなったら元の言葉遣いが出てくる辺り、どうしようもないわね。感情のコントロールも状況判断もまともにできないのに、よく今まで生きてこられたと思うわ」
「ガキが何を偉そうに! 長年、周囲の目を欺いていた私の方があんたよりも優れているのは間違いないんだから」
それはない。
だとしたら私に気付かれずに計画を実行できたはずなのだから。
蓋の開いた小瓶をテーブルに置いた私がため息を吐き出した。
すると同時に、部屋の扉が勢いよく開く。
大きな音を立てて開いた扉の奥から怒っているような凄い形相の女性が飛び込んできた。
彼女を見たオドラン子爵夫人は蹲りながら驚きで目を見開いている。
「デ、デリア……」
まさか行方不明になった人間が目の前に現れるとはオドラン子爵夫人は思ってもいなかっただろう。




