ボランティアにて
私から情報を得たクロードや皇帝が着々と準備を整えている頃。
授業の一環で私は午後から帝都内の孤児院にボランティアに行くことになっていた。
私はある人物が出入りしているという噂のある孤児院に希望を出しておいた。
他の人の目がない場所でその人と個別に会う機会が欲しかったのだが、その孤児院は貧民街に近い場所。
教師やセレネ、テオドールには反対されたが、護衛の数を増やすし短時間にするからと説得した。
ミアによって私の準備は終わっていたが、エドガーから報告書が届いたため書類に目を通していた。
(やはり私の予想通りだったわね。ということは利害が一致した協力関係というところかしら)
エドガーは気を利かせてヘリング侯爵の当時の逃走ルートを細かに調べ上げていた。
最終的に西方諸島に潜伏していたようだ。
そこでオドラン子爵夫人と出会ったのだろう。
報告書には一ヶ月前からヘリング侯爵の行方が分からなくなったと記載されている。
(あの人の性格を考えれば、ヘリング侯爵はすでに帝国内にいるでしょうね)
ヘリング侯爵は自分の計画が成功する様を自分の目で確かめたいタイプの人間だ。
二十二年前の毒殺の件だって、彼は会場内の一番良い場所で見学していたのだから。
姿を現すとすると、ナルキスの抽出液を用いて多数の人間を殺そうとする日。
(実行するとしたら剣術大会の日、かしら)
学院のサロンに西方諸島の茶葉が納入されたのは一ヶ月ほど前。
マカレアが入っている量から考えると最低二ヶ月は飲ませなければいけない。
オドラン子爵夫人の好意で希望者には茶葉を分けているとも聞いているから、おそらく毎日飲んでいる人も多そうだ。
一ヶ月後には四年に一度開催される剣術大会が行われる。実行日はこの日で間違いないだろう。
その日は皇室主催の舞踏会が催され、学院に通う子息令嬢達の参加も認められている。
なんとかその日までに捕まえてしまいたい。
(マカレア自体が毒ではないから納入したネルヴァ子爵を捕まえることはできない。せめて学院内から茶葉を一掃したいけれど……)
いっそ私が全て買い取るかとも考えたが、それだとまた別の物にマカレアを混入させて学院に戻ってくる。
今日来るであろう人物が情報を持っているといいのだが……。
そう思いながら、私は二枚目の報告書に目を落とした。
(こっちは残りの旧ラギエ王国から逃亡した貴族の一覧とその後の動きね……。一家で逃げた人もいれば散り散りになった人達もいたのね)
性別と年齢からオドラン子爵夫人と年齢が近い人達の名前を探していると、ある人の名前を見つけてなぞっていた指を止める。
「……なるほど、そういうことね」
点と点が線で繋がったことに私はニヤリと笑った。
これなら簡単に仕留められる。
ふぅとため息を吐いた私は時計に目をやる。
出発時間が迫っていたので、手紙を机の引き出しに入れて部屋を出た。
いつもよりも多い護衛を引き連れた私は馬車に乗り、貧民街から近い場所にある孤児院へとやってきた。
お世辞にも良い環境とは言いにくいところだ。
以前、エドガーが命を助けられた院長がいる孤児院とは全く違う。
まず子供達の目が暗く、下を向いている。
子供達は私を見ても騒ぐこともなく、どちらかというと恨みがましい目を向けている。
貴族の気まぐれだとでも思っているのだろう。
若干、居心地の悪さを感じながら私は孤児院の院長から挨拶を受けた。
「このような場所で驚かれたでしょう? なんせ貴族の方が来られるのは初めてですので、子供達も緊張してしまっていまして……」
「今まで一度もないのですか?」
「ええ。こちらは貧民街から近い場所にありますから……。お世辞にも治安も良い方だとはとても……。ご令嬢はどうしてこの孤児院にいらしたのですか?」
「……今の帝国の姿を見たかったから、でしょうか」
本当は情報を得られればという邪な理由なのだけれど。
院長は私の上辺だけの理由に納得したようで満足そうに微笑みを浮かべていた。
「それで、私は何をすればいいのですか?」
「そうですね。まずは食事の準備を手伝って頂けますか?」
「分かりました」
院長に指示され、私は食事の準備や子供達に本を読み聞かせたり、持ってきていた物資を渡したりとしていた。
最初は訝しげに様子を窺っていた子供達も私に悪意がないのが分かると徐々に心を開いてくれる。
孤児院であったことや、最近あったことなどを教えてくれる。
そこから分かったのは子供達の親の中に不審死を遂げた人が複数存在していたこと。
身寄りがなくなって近くにあったこの孤児院に来たのだという。
「かなしかったけど、お姉ちゃんがたまに来てあそんでくれるからさびしくないよ」
「お姉ちゃん?」
「うん。お城ではたらいているんだって。ご飯とかおようふくとかくれるの」
「寄付されているなんて、お優しい方なのね」
心優しい人がいるものだと思って言うと、子供達は笑顔で何度も頷いていた。
すると子供の一人が門のところを見て「あ、きた!」と声を上げて走って行く。
子供の向かっていった先に目を向けると、門の付近でこちらの様子を窺っているフードを被った女性がいた。
私と目が合うとフードを少しずらして自分が何者かを教えてくれる。
(やはり来たわね……。良い情報をくれることを願っているわよ、デリア)
隠しきれない笑みを浮かべ、私はデリアに近寄っていく。
私が来ることに気づいた彼女は深々と頭を下げてくる。
彼女の目的を聞こうと思い、私は声をかけた。
「子供達からお話を伺ったけれど、たまに孤児院にいらっしゃるようね」
「あ……はい。私も孤児でしたので気になってしまって……」
「他にも孤児院はあるのに、どうしてこちらに?」
「貧民街から近い場所ですので、支援があまり行き届いていないのが気になってしまって」
「確かに私の目からもそのように見えるわ」
一見するとおかしな理由ではないが、デリアの落ち着きのなさを見ると本当のことは言っていないのだろう。
私の時間も限られていることから本題に入ろうと口を開く。
「少し二人でお話がしたいのだけれど、お時間大丈夫かしら?」
「大丈夫です。私もアリアドネ様とお話ししたいと思っていましたので」
「それは良かったわ。では、中で待っていてくれるかしら」
少しばかり子供達の相手をした後、私はシーツの交換をしてくると言って孤児院の中にある部屋に入った。
中にはデリアがすでにおり、さてどうやって切り出そうかと思っていると彼女の方から先に声をかけられた。
「あの、一緒にいらっしゃることが多いので、そう思ったのですが。アリアドネ様はリーンフェルト侯爵と親しいのですか?」
「過去の狩猟大会のときから気にかけて下さってるわね。特別に親しいわけではないけれど、他の令嬢よりは親しいと思うわ」
「リーンフェルト侯爵とお会いする機会も多いのですか?」
「多いと思いますけれど」
私の答えにデリアは膝の上に置いていた手をぎゅっと握った。
地面を見ていた目が動き、私に視線を合わせてくる。
何かを決意したような目であった。
「では、こちらをリーンフェルト侯爵に渡して頂くことは可能でしょうか」
デリアは腕につけていたブレスレットを外して私に渡してきた。
小さく品質の悪いルビーがはめ込まれたシンプルなブレスレット。
私はそれを見て、やり方が全く変わっていないなと思った。
そうして、この日を境に大きく進展することになるのだった。




