侍女・デリア
エドガーに薬を調達してもらっている間、私はセシリア皇女の侍女であるデリアに話を聞こうとクロードと共に実家に戻って来ていた。
「本当にオドラン子爵夫人に怪しい点があるんですか? どう見ても人畜無害な人のように見えますけど」
「見た目はね。けれど彼女の言葉を信用できないのよ。どこか私と同じ匂いがするというか」
「でも姉上みたいに何か悪いことを企んでいそうな顔はしてないですよ」
「……悪女顔で悪かったわね。見た目の問題ならクロードだって人のこと言えないでしょう」
「俺は常に笑顔を心がけてますから。姉上はいつも仏頂面でニコリともしなかったじゃありませんか」
「ラナンキスの汁を塗りたくった指で貴方の目を擦って差し上げましょうか?」
「それ、目が開けられなくなるじゃないですか! 急所を狙うのは止めて下さいよ」
想像したのか、クロードは私から距離を取る。
心配しなくても持っていないから逃げようとするんじゃない。
あと怖いなら喧嘩を売るな。
「貴方はいつも一言多いのよ。女心を何も分かっていないわね」
「事実を言っただけなのに……」
クロードは口を尖らせてブーブー文句を言っているが、全く可愛くない。
年齢を考えなさい。
子供じみたやりとりをするのも飽きたので、話を変えようと口を開く。
「それで、デリアとは話ができそうなの?」
「この時間帯は休憩を取っていると聞いています。問題ありません。けれど彼女は当時六歳でしょう? 覚えてるわけありませんよ」
「印象的なことは意外と覚えているものよ。でも、こちらの味方かどうかも分からないからまずはセシリア皇女殿下の話から聞いて誘導していくわ」
「口を滑らせるように持って行くということですね。さすが姉上、小狡い」
舌を引っこ抜いてやろうか。
ジロリとクロードを睨むと彼は苦笑しながら肩をすくめた。
彼は真っ向勝負の男だし、回りくどい手を使うタイプではないからしょうがない。
いちいち腹を立てていたらこの男とは付き合えない。
「姉上は国家転覆を狙う勢力が手を出しているとお考えなのですか?」
「そこまでは分からないわ。ただ、私だったらこの機会を逃さないなと思っただけ。二十年以上経ってある程度軌道に乗って油断しているもの」
「そのやり方が毒、だと」
「私の得意分野だから強く思うのかもしれないわね。けれど、貧民街で起こっていることを考えたら使っていても不思議ではないわ」
貧民街の件はすでにクロードに話してある。
彼も違和感自体はあるようで独自に調べてみるとは言っていた。
貧民街の件とセシリア皇女の件が同一犯によるものなのか。
または全く関係がなく、セシリア皇女の件はただの体質の問題なのか。
オドラン子爵夫人から感じる怪しさも含めて、それらを調べるために彼女の侍女であるデリアに話を聞きに来たのだ。
「まずは話を聞いてみないことには何も分かりませんもんね。……さて、ここら辺りだと思うのですが」
言いながらクロードは周囲を見回す。
私もデリアを探していると、庭にある木陰のベンチで座っている彼女を見つけた。
クロードの腕を肘で突いて視線だけを彼女に向ける。
「いましたね」
「行くわよ」
クロードの返事を聞かぬまま、私はデリアに歩み寄る。
足音で誰か近づいてきたと分かったのか、彼女は顔を上げてこちらを見た。
私達を見た彼女は少々驚いている様子だったが、わざとらしさは感じられない。
「貴女は確かセシリア皇女殿下の侍女の……」
「デリアと申します」
「そう、デリアだったわね。ここで何をしているのかしら?」
「……あの、休憩中でして」
「あら、そうだったの。知らずに責めるような口調になってしまったわね」
デリアは慌てた様子で首と手を横に振る。
今のところ演技しているようには見えない。演じているとしたら大した演技力だと思う。
「セシリア皇女殿下の体調はいかがかしら?」
「もう大分回復なさっています。庭を散歩したり、フィルベルン公爵から勉強を教わったりしておられます」
「まあ、良かったわ」
などと言いながら、セシリア皇女を主体とする話をデリアに振っていく。
尋問、に当たるかは分からないが、そういったことが苦手なのか、クロードは相槌を打つくらいで会話に積極的に入って来ようとしない。
たまに『よくそんなにポンポン口から出ますね』という視線を私に寄こしてくるのは気のせいだろうか。
「それだけ信頼されているということは、デリアさんはセシリア皇女殿下の侍女になって長いのかしら?」
「え? …………そ、そうですね。もう四年目になります」
「四年目……。ああ、貴女だったのね。この間、オドラン子爵夫人とお話しする機会があって、夫人が世話をしていた子が四年前からセシリア皇女殿下の侍女をしていると伺っていたのよ」
「はい、そうです。オドラン子爵の紹介でセシリア皇女殿下の侍女になりました」
そう、貴女だったのね~というわざとらしい会話をしてオドラン子爵夫人の話題に移行する。
「随分と幼い頃から育てられたとか。オドラン子爵夫人は今も慈善事業を積極的にしているし、元から慈愛に満ちた方だったのね。尊敬するわ」
言いながら私はデリアの表情、特に目を見た。
彼女は「ええ、本当に感謝しております」と柔やかな表情と共に口にした。
一見裏のない言葉だったが、私は彼女の瞳が揺れるのを見逃さなかった。
(少しではあるけれど、動揺が見られた。私の言葉の中に嘘があったということよね)
どれが該当するのかは分からないが、やはり私の予想した通り。
オドラン子爵夫人は評判通りの人間ではない。
「幼いながらに西方諸島から帝国に来るなんて、大変だったでしょう?」
「……幼すぎて記憶があまりありませんので。大人達の方がよほど苦労していたと思います」
「幼い子供を連れての旅でしたものね」
「そう、ですね。けれど、当時はまだ私の母も存命でしたので、苦労を分かち合っておりました」
オドラン子爵の領地で保護された話は聞いたが、そのときにもう一人女性がいたという話は誰もしていなかった。
ということは、帝国に来る前にデリアの母親は亡くなっているのだろう。
視線だけをクロードに向けてみると、彼は私の言わんとしていることを察したのか小声で「保護された中にはいません」とだけ答えた。
「お母様のことに気が回らなくて辛いことを思い出させてしまったようね。失言だったわ」
「いえ! 大丈夫です」
「気を遣わせてしまったわね」
デリアは申し訳なさそうに首を振っている。
話を聞いていると、あまり記憶がないと言っていた割に当時のことを覚えていそうな口調であった。
「本当に気にしておりません。他の方のように興味本位で尋ねられたというわけではないことは感じ取っております。アリアドネ様のお優しい気持ちは伝わっておりますもの」
「よく見ているものだ」
感心したようにクロードがポツリと呟くと、デリアは照れたように笑いながら口を開いた。
「母のクラウディアがよく『空飛ぶ鷹のように視野広く、海泳ぐ鯨のように大らかに。本物を見る目を鍛えなさい』と言っていたもので……。こう見えても人を見る目はあると自負しております」
「そのようなデリア嬢を育てられたご母堂も素晴らしい人物なのでしょうね」
「はい! 穏やかで物静かな人でしたが、誰よりも強い正義感を持っておりました」
ニコニコと笑いながら母親の話をしているデリアであったが、私は彼女の言った母親の言葉にあることを思い出していた。
まったく同じではないが、それでも似たような家訓をよく言っていた人物を私は知っている。
動物に例えた家訓がある国がかつて存在していたことを私は知っているのだ。
(エドガーに調査をお願いしておいて正解だったわ。範囲を広げるように追加しておきましょう)
私の想像している国であるならば、真相に早くたどり着けるかもしれない。
「……そろそろ休憩時間が終わりますので、申し訳ありませんが」
「お休みしていたのに話し込んでしまったわね」
「とんでもないです。私のような者に声をかけていただけて光栄でした。またセシリア皇女殿下に会いにいらしてください」
「ええ、そうするわ」
失礼します、とデリアはセシリア皇女殿下の部屋の方に歩いて行った。
彼女の姿が見えなくなった辺りで私はクロードに問いかける。
「どう感じた?」
「嘘は言っていないようですね。ただ、オドラン子爵夫人に関してはあまり良い印象を持っていないように感じられました」
「私もよ」
上手く隠してはいたけれど、それでも絶対にオドラン子爵夫人を褒めなかったし感謝の言葉も出なかった。
何より、彼女の目には隠しきれない怒りがあった。
「崩せるとしたら彼女かしらね」
「オドラン子爵夫人が悪事を企んでいた場合、ですけれどね」
……あくまでも私が勝手に想像していること。
なんか怪しい、だけでここまで聞き込みをするのは自分でもおかしいと思っている。
けれど、どうしても不安を拭いきれないのだ。




