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テオドールのお誘いと意外な素顔

 エドガーへの依頼を終えた私が学院の寮に戻ってくると、玄関ホールでウロウロしているテオドールの姿が目に入った。

 彼は私の姿を見つけると満面の笑みを浮かべて近づいてくる。


「今日は会えないかと思っていたから良かった……」

「何か急な用事だったのですか?」


 別に明日でも教室で会えるというのに、なぜそんなに安堵しているのか……。

 と、思ったがそう言えば新入生歓迎パーティーのパートナーの件を思い出した。


「うん。もの凄く急ぎの用なんだ」


 妙に真剣なテオドールの表情に生半可な気持ちで話を聞いては駄目だと私の背筋が伸びる。


「今日は妹君と出かけていたでしょう? それで帰ってきた妹君から僕に……アリアが他の令息から新入生歓迎パーティーのパートナーの申し込みを受けたって聞いて居ても経っても居られなくて」

「はい!? ええと……セレネがテオ様にそう伝えたのですか?」

「うん。もの凄い笑顔で伝えてきたよ」


 セレネ~!

 テオドールに発破をかけるためとはいえ、ありもしない嘘をつくなんて。

 しかもそれを信じて疑わず、すぐに私に会いに来た彼の純粋さ。

 人が良すぎて悪い人に騙されやしないかと心配になる。

 とにかく、まずは彼の不安を取り除くのが先だ。


「テオ様。私はどなたからも新入生歓迎パーティーのパートナーの申し込みなどされておりません。私達を心配したセレネが大げさに話したのでしょう」

「え!? 本当に? 本当に誰からも申し込まれてないの?」

「はい。本当です。ですので安心して下さい」

「良かった……」


 ぽつりと呟いてテオドールはその場にしゃがみ込んだ。

 ついでに「あいつ……」と憎しみのこもった声が聞こえてきたような気がするが、言われても仕方がないので聞こえないふりをしておく。

 ひとまず誤解が解けて良かったと思おう。

 私もしゃがんで視線を合わせると、正気に戻ったのか彼は顔を赤くして視線を逸らした。

 その姿が年相応の男の子らしくて微笑ましくなる。


「そういうことですので、私にはまだパートナーがいません。このままだと一人で参加することになってしまうのですが……」

「待って! ストップ! 言わないで!」


 慌てたテオドールが私の口に自分の手を被せてくる。

 異性からこのように触れられたことのない私は驚いて少しばかり思考が停止してしまう。

 けれど、それはテオドールもだったようで唇に触れた感触がしたのだろう、彼はすぐに手を離して立ち上がり、パニックになっていた。

 その姿を見て私は冷静さを取り戻せた。


「落ち着いて下さいませ」

「アリアは落ち着きすぎだよ! もうちょっと取り乱してもいいじゃないか!」


 一応驚きはしたのだが、端から見るとそうは見えないらしい。

 普通の令嬢の反応というのは意外と難しいものである。

 などと考えながら私も立ち上がり、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしているテオドールを見つめていた。

 少しして冷静になれたのか、彼は真っ直ぐな眼差しで私を見つめてくる。


「あの……遅くなっちゃったけど、新入生歓迎パーティーで僕のパートナーになってくれませんか?」

「はい。こちらからもお願い致します」

「準備が間に合わないってことならリーンフェルト侯爵家が全部用意するし、絶対にアリアに恥はかかせないと約束するよ」

「テオ様?」

「馬鹿が余計なことを言ってアリアを傷つけないように僕が守るから、僕のパートナーになって?」


 首を傾げながら上目遣いで私を見つめるテオドール。

 彼は自分の顔が与える影響力を嫌というほどよく理解している。

 私もあざといと分かっているのに本能的に頷いてしまった。

 いや、そもそも最初に承諾していたのだけれど……。


「頷いたってことはOKってことだよね? 僕のパートナーになってくれるってことだよね?」

「え、ええ……。むしろパートナーになって下さるなんてありがたいと思っておりますもの」

「本当に!? 良かったぁ」


 テオドールは満面の笑みを浮かべている。

 彼の顔を見ていると四大名家の跡継ぎがこんなに感情表現がダダ漏れで良いのだろうかという気持ちになる。

 まぁ、周りと交流することで腹芸も勉強するだろうし、クロードの姿を見て育っているのだから公私を切り替えることもできるだろう。


「テオ様に誘っていただかなければ、私は一人で参加することになっていたでしょうから感謝します。ありがとうございます」

「ううん! こっちこそパートナーになってくれてありがとう。アリアは最近忙しそうだったから、中々声かけられなくて……」

「そうですね……。確かに色々と出かけたりしていましたものね」

「義父上も忙しそうにしているし、見える範囲の動きとか見てたら帝国で大きな事件が起こっているんだろうなって感じてるから……。セシリア皇女殿下がフィルベルン公爵家で静養するって発表されたから、皇家が狙われているのかな? アリアもあんまり無理しないでね?」


 労るように心配そうな視線を向けてきたテオドールに私は固まった。

 私のように前世の記憶があるわけでも使える情報ギルドがあるわけでもないのに、少ない情報で良く分かったものである。

 一年早く学院に入学するだけあって優秀さが垣間見えた。

 順調に成長すれば……ずる賢さを覚えたらきっとテオドールは化ける。

 そう思った。


「……セシリア皇女殿下が我が家で静養なさることはもう発表されたのですね」

「ううん。この間、屋敷に寄ったときに義父上が皇帝陛下の使者と話しているのが聞こえてきて、それで。発表は今週末くらいにするみたい」

「そうでしたのね……」


 クロードめ、迂闊すぎるだろう。

 ……いや、もしかしたら情報を流してヘリング侯爵の一味を揺さぶろうとしていたのかもしれない。

 そうすればヘリング侯爵自身が出てこざるを得なくなるから。

 抜けているところはあるが、致命的なミスをするような弟ではないから後者の方が合っているかもしれない。

 一度、足並みをそろえるためにも話をしておこう。


「アリアがセシリア皇女殿下のお見舞いに行ったって聞いていたし、アリアは毒とか薬とかに詳しいから義父上から意見を求められたのかなって。義父上はアリアのことをすごく信頼しているからね」

「ですが、リーンフェルト侯爵はテオ様のことも」

「あ、大丈夫だよ」


 私だけを優先しているわけではなく、テオドールのことも大事に思っていると言いたかったが、テオドールに遮られて私は口を噤んだ。

 私の心配をよそになぜか晴れ晴れとしている彼は話を続ける。


「僕は義父上とアリアが仲良くしているのを見るのが好きなんだ。だって、義父上が楽しそうだしアリアも肩の力を抜いているように見えるから。お互いに信頼し合っているってのが見て分かるし、不思議なんだけどまるで兄妹みたいな雰囲気だから」

「え!?」

「だから嫌だとは思わないんだよね。そもそも僕は義父上から大事にされているって分かってるから嫉妬なんてしないよ。そりゃ、僕より義父上の方がアリアと接する時間が多くない? とか思うことはあるけど」

「それは」

「うん。それは何か問題があって、その問題に対して義父上がアリアと話しているんでしょう? 僕が悔しいのはそこ。そこだけ。対等に話している二人が羨ましいって思う。だから僕も僕なりに努力してそこに追いつきたいんだ」


 しっかりと私の目を見て真面目な表情で語っている。

 私やクロードを取られて悔しいのだろうかと思い込んでいた自分が恥ずかしい。

 テオドールは私の想像よりもずっと先にいる。私が思っているよりもはるかに彼は感情に流されず理性的な考え方のできる大人だ。

 もう弟みたいだとは言えないな、と私は感じた。


「それで知った情報から答えを出したわけですね。お見事です」

「ありがとう。アリアに褒められると嬉しいな」


 はにかんだように笑う顔はまだ幼さを残している。

 けれど精神年齢はあのアレスよりもよっぽど高い。比べるのも申し訳ないくらいに。


「って、そうじゃない! 僕よりもアリアの方だよ。誘拐されたときみたく無茶しちゃだめだよ? アリアってば自分でできちゃうからって強引に進めようとするところがあるから心配なんだ」

「……肝に銘じておきます」

「それ絶対に銘じないよね? 確かにアリアは何でもできるし、知識もあるけれど十四歳なんだからね。大変なことは全部義父上に押しつければいいんだからね?」

「今でも十分にお願いしておりますので大丈夫ですよ」


 クロードは義息子から面倒を押しつけていい相手と言われているなんて思ってもいないだろう。

 そこまで砕けた関係になっていて良かった。あの頃のテオドールからは想像できない言葉だ。

 というより、面倒なことは結構クロードに押しつけているのだが。

 そもそも私はアリアドネを危険な目に遭わせるつもりは毛頭ないのだ。

 けれど、そのことを知らないテオドールは私の言葉を信じ切れないのか、ふと視線を落とした。


「……アリアは想像できないかもしれないけど、人って本当に簡単に死ぬんだよ? 昨日まで元気だったのにいきなり二度と会えなくなることだってあるんだから」


 その言葉に私はテオドールの不安が全て理解できた。

 ……そうだった。彼は幼少期に両親を亡くしている。

 別れの悲しみと辛さを知っているからこそ、不安なのだ。

 大人になった、ではなく大人にならざるを得なかったのかもしれない。

 私は少しでも不安が減るようにとの思いで、震える彼の手を両手で包んだ。


「私は危険なことはいたしませんし、絶対に死にません。敵が私を襲撃するのであれば、その情報を事前に手に入れてリーンフェルト侯爵を囮に使いますから安心して下さい」

「逆に安心できないよ! その前の時点で捕まえて!?」

「大丈夫です。リーンフェルト侯爵はああ見えて強いですから。侯爵家の私兵も強いですし暗殺者くらいなら普通に倒せますよ」


 絶対に普通の暗殺者ならあしらえる。

 ごろつきや暗殺者のいるところに不意打ちで誘導されても打ちのめしていた過去があるのだから。

 顔の割に強いのだ、あの弟は。

 だが、テオドールは昔のクロードを知らないせいか半信半疑だ。


「大丈夫です。リーンフェルト侯爵の悪運の強さは私が保証します」

「なんだろう、妙な説得力が……」

「とはいえ、私を標的にされないように皇帝陛下もリーンフェルト侯爵も上手く立ち回って下さると思いますので、襲撃されるようなことは学院にいる限り起こりませんよ」

「本当に?」

「ええ。私はあくまでもアドバイスを求められて協力しているだけに過ぎませんもの。実際に動いているのは大人達ですから安心して下さい」


 私の言葉に納得してくれたのか、テオドールはようやく肩の力を抜いた。

 裏でもの凄く手を回してはいるけれど。

 私の手を外して、自分の両手で逆に私の手を包み込んでくる。


「分かった。アリアを信じるよ。それと僕にできることがあったら言ってね? なんでも協力するから」

「あら、本当ですか? では、学院内で怪しい動きをしている方がいれば教えていただきたいのですがよろしいでしょうか?」

「そんなことでいいの?」

「ええ。通常の行動と違った点があるですとか、やけに人目を気にするとかそういった人がいれば教えていただきたいのです。ですが、踏み込んで追いかける必要はありません」

「分かった。そういうの得意だから注意深く見てみるね」

「ええ。お願いします。……テオ様も深追いはなさらないように」

「立場が逆転しちゃったね」


 などと言ってくるものだから、二人で笑い合ってしまった。

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