アリアドネの策
護衛と共に情報ギルドの本拠地である宿屋に行き、応接室でエドガーと対面する。
「急に来るなんて珍しいね。もしや、俺の遣わせた護衛のそいつがヘマでもやらかした?」
「まさか。申し分ない働きをしてくれているわ」
彼がいなければこうして本拠地まで簡単に来られないのだから助かっているというのに。
それだけ連絡なしに来るのが珍しいということか。
急いでいたけれど、知らせを送るべきだったかもしれない。
「次からは連絡をするわ。それと、今日ここに来たのは仕事を頼みたいからなの」
「追加で何か頼みたかったってこと?」
「ええ、そうよ。……簡単に言うと、私の作った薬を薬屋に卸して欲しいのよ」
「薬屋に? まあ、それぐらいなら簡単にできるけどさ。目的はそれじゃないんでしょ?」
ニヤニヤと笑いながらエドガーは私を見つめている。
察しが良くて助かる。
「ちょっと流通の邪魔をしたい物があってね。安価な代替品があることを知らせたいの」
「ああ、西方諸島のやつね。巷で飲み合わせが悪いからってんで徐々に買う奴らは減ってるけど、追い打ちをかけるんだ」
ということはクロードが流した話は広まっているのだな。
こちらにとって有利な状態になっているのは良いことだ。
けれど、私がやりたいのはそこではない。
「とは少し違うわ。追い打ちをかけるのは合っているけれど、飲み合わせの悪い物を排除するためではないわ」
その後に相手が売り出そうと考えるだろう物の代替品を流通させたいのだ。
西方諸島から入ってきているリストを見て、この組み合わせにするだろうなと予想して先回りしたい。
なんとかして西方諸島から入ってくる量を減らしたいのだ。
(おそらく、大量の荷物に紛れ込ませてマカレアとかナルキスを入れているだろうし)
保管している倉庫が見つかれば燃やして在庫を消してしまえば済む。
新たに国内に入ってこられないように狭めたいのだ。
「ふぅん。ま、俺には関係ないしいいや。で、俺は薬屋に卸すだけでいいの?」
「似たような症状が出た人に勧めるのはして欲しいわね。利益は考えていないから底値をつけてもらっても構わないわ」
「タダじゃだめなのか?」
「無料の薬なんて怪しすぎて飲んでもらえないわ。ある程度の金額じゃないと信用されないもの」
「……なるほどね。了解」
あまり興味がないのか私を信頼してくれているのか分からないが、エドガーはそれ以上深く聞いてくることはない。
取引相手としては楽ではある。
「それと、私の名前は出さないでちょうだい」
「だったら誰の名前で?」
「そうね……。スペス男爵の名前で卸してくれるかしら」
「スペス男爵って二十年以上前によく名前は出てたけど、名前だけで領地も持たない正体不明の貴族じゃなかったっけ?」
「よく知っているわね。まあ、いるかどうかも分からない貴族なのだから名前を借りたって大丈夫よ」
「バレる心配はないからその点では安全なのかな……」
バレるも何も本人が目の前にいるのだから何の問題もない。
なんせ、スペス男爵という名前は私が生前使っていた偽名なのだから。
裏から手を回すときに使っていただけの名前だし、貴族派の誰かが使っているんだろうなと思われて詮索もされなかった。
今回の件にヘリング侯爵が関与しているのならスペス男爵が誰か確かめるために何らかの動きを見せるはず。
とはいっても私にたどり着くことはないだろうから、上手く行けばヘリング侯爵本人をおびき出せるかもしれない。
フッと笑った私はエドガーに視線を向けて口を開く。
「で、卸先は貧民街に近いリンデルの薬屋にしてちょうだい」
「確かにあそこなら貧民も平民も買いに来るしね。そこまで誰が作ったかを気にしないからちょうど良い」
「その通りよ。それと物はこれ」
私は手持ちの袋から小瓶に入った液体を十本ほどテーブルの上に置いた。
エドガーはその内のひとつを手に取るとマジマジと小瓶を眺めている。
「それは腹下しと腹痛、吐き気に効く薬よ。一日二回、朝と夕に飲むの。一瓶で一日分。簡単だから後で作り方を書いた紙を渡すわ」
「独占すれば結構な売り上げになると思うけど、いいのかな?」
「別に利益のために売るわけではないもの。ただ売り上げが良いからといって値段を上げないこと。これだけは守ってちょうだい」
「りょーかい。そこはちゃんと俺が見張っておく」
「頼むわね」
取りあえずは先手を打ったので大丈夫だろう。
これが上手く行けばネルヴァ子爵に大打撃となるし、力を持たない子爵は身動きもできないはず。
次の手が打てないとなればスビア伯爵に連絡を取るか、ヘリング侯爵からの指示が来る。
見張っておいて動きがあれば、また先手を打って足を止めれば時間を稼ぐことはできるだろう。
(問題はヘリング侯爵が一人で動いているか協力者がいるか分からないというところよね)
単純に考えれば西方諸島の人間と手を組んだと考えられるが、あちらと帝国の仲は普通。
何か過去に恨みを買うようなことは起こっていない。
西方諸島が帝国に手を出して得することは何もないのだ。
……巻き込まれただけのような気もするが、今の時点で断定はできない。
どちらかと言えば旧ラギエ王国の方に恨まれていることだろう。
昔、内乱のとき同盟関係だったのに援軍も出さずに無視していたから相当恨みを買っていると思う。
尤もその判断をしたのは今は亡き先帝なのだけれど、当事者にしてみれば帝国に恨みが晴らせるならどうでもいい事だろうし。
ナルキスの抽出液を使うくらいだから、旧ラギエ王国の関係者が仲間にいるのかもしれない。
そっちも調べてもらおう。
(ああ、そういえば頼んでいたことがもうひとつあったわね)
ふとエドガーにあることを頼んでいたのを思い出した。
すぐに調べられることだから、もうすでに調査は終えているはずだと思った私は口を開く。
「……そういえば、廃屋の件はもう調査を終えているかしら?」
私が尋ねるとエドガーはニッコリと笑った。
「場所が分かりにくかったから見つけるまで少し時間はかかったけど、見つけてる。それに監視するだけだからとっくに調べているさ」
「そう。ご苦労様。それで結果は?」
「スビア伯爵の私兵が付近を厳重に警備していたね。なんであんな町外れの森の中にある廃屋を守っているのか知らないけどさ」
顎に手を当てた私は「やっぱりね」と呟いた。
これでスビア伯爵も今回の件に関与していることが確実となった。
「一応その廃屋の監視は続けてくれるかしら? 何か変わったことがあったら伝えてちょうだい」
「任せて」
「それと旧ラギエ王国から逃亡した王侯貴族を全て調べてもらえるかしら?」
「旧ラギエ王国の? まあ、それぐらい簡単にできるけどなんでまた」
「……今回の件に関係者が関与しているかもしれないから、念のためよ」
「用心深いねぇ。でもいいよ。その分、報酬は弾んでくれるんだろう?」
私に向かってウインクをするエドガーに面食らったが、仕事はできる男なのでちゃんとやってくれるだろう。
「抜け目がないわね。もちろん、相応の報酬は支払うわ。これは今までの分と追加依頼の分よ」
苦笑した私は彼に労りの言葉とお金を渡して別れを告げ、情報ギルドから帰宅した。




