セレネとお出かけ
色々とあって精神的な疲労が溜まっていたが、ようやくそれを発散できる日がやってきた。
セシリア皇女のお見舞いの日に約束していたこと。つまりセレネと一緒に街に行けるのだ。
ラベンダー色の洋服に着替えて着飾った私はセレネと共に侍女のミアを連れてドレスやアクセサリーを購入しオペラの観劇を終えた。
そうしてお出かけの最後に女子生徒達が話題にしているカフェに向かう。
人気があるだけあって店は混んでおり、客の話し声やフロアで働く給仕の足音、皿に触れるナイフとフォークの音が聞こえてくる。
予約をしていたため、私達は待つこともなく個室へと案内されてメニューに目を通す。
「……パンケーキにしようかな? でもこっちのケーキも美味しそう。お姉様はどれにするの?」
「そうね……。普段食べていないような珍しいものにしようかしら。私は、外国の果物を使ったタルトにするわ」
「タルトもいいなあ。迷っちゃう」
「だったら、ひとつだけ店内で食べて残りは持ち帰りましょうか」
「いいの?」
「毎日というわけではないのだから、今日ぐらい食べすぎても構わないわよ」
私がそう言うと、セレネは満面の笑みを浮かべた。
選べなかったからか、私の提案は彼女にとって非常に都合が良かったらしい。
ウキウキしながら彼女はモンブランを頼み、いくつか持ち帰り用で注文していた。
しばらくして注文したスイーツが届き、私達は会話もそこそこに評判のお店の味を堪能した。
「あっという間に食べちゃった……。甘すぎないから何個でも食べられそう。これは危険だわ」
「学院で話題になるのも無理はないわ。王道のものから帝国では珍しいものまであるから何度でも通ってしまうわね」
「本当にそう。今度はリサにお使いに行ってもらおうかしら」
「買いすぎてはいけないわよ?」
それとなく食べ過ぎないように注意すると、セレネはいたずらっ子のような顔で笑みを浮かべていた。
これはあれもこれもと注文するつもりだろう。
けれど、セレネの専属侍女であるリサが許可しないだろうから食べ過ぎの心配はさほどしなくても良さそうだ。
「甘い物を食べるときってどうしていつもより時間が過ぎるのが早いのかしら。魔の食べ物だわ」
「元々、量も少ないってのもあるでしょうけどね」
「物足りないくらいがちょうどいいって分かっているんだけど、つい他の物にも手を伸ばしてしまうのよね」
「それでリサに叱られるのがセレネのいつものパターンでしょう?」
「まあね」
セレネは悪びれる様子もなく言い放つ。
チラリと同行している侍女のミアに視線を向けると、彼女は会話など聞こえていないかのように静かに前を見ていた。
(顔には出さないけれど、帰ったらリサと情報共有するのでしょうね)
たかがケーキの数だけれど、この専属侍女姉妹は細かなことでも見逃さない。
主の健康のためなら鬼になるのだ。
けれど、ストッパーの存在はありがたいものである。
人に恵まれているなと紅茶を飲んでいると、セレネが声をかけてきた。
「ところで、この間平民が貴族側の校舎に入ってきてしまったのでしょう? 噂では盗みに入ったとか言われていたけど、迷っていたんじゃないの?」
「平民側の校舎にある案内板の表記が間違っていたのよ。私が現場に居たから確認しているし間違いないわ」
「やっぱりそうよね。学院に入れれば将来安泰だもの。退学になるようなことをするとは思えなかったの」
「私もそう思うわ。けれど、貴族側ではそのような噂になっているのね。面白い噂に飛びつくのは分かるけれど、あまりに短絡的だわ」
知り合いになった平民のアビーが悪い注目を浴びてしまうではないか。
そもそもが学院側のミスなのに……と思ったが、もしかしたら保身のためにミランダが噂を流したのかもしれない。
ミランダでなくとも彼女の取り巻きが流していたとしても不思議ではない。
あのときのことを知っているのは私と彼女達とアビー、そして学院関係者のみ。
嘘の話を流したら、バレたときに白い目で見られるのは自分達なのだが……。
「それにしても、お姉様が現場に居たなんて。だから、噂だけでそこまで大きな騒ぎにならなかったのね」
「元はミランダさんとご友人方が入り込んでしまった平民の方を囲んでいたのを見かけたからなのだけれどね」
「……そこで相手を責めていたからお姉様が出て行ったんでしょ?」
「そうね」
「確かに貴族側の校舎に平民が立ち入るのは違反だし、気持ちは分かるけれど言い方ってものがあるじゃない」
セレネの言う通りだ。
貴族だから偉いから何を言ってもしても良いわけではない。
線引きは大事だが、反発心を植え付ければいずれ自分の首を絞める結果になる。
「でも、その平民もミランダさんに見つかるなんて災難だったわね。お姉様が近くにいて良かったわ」
「そうね。事実がどうあれ、貴族がこうだと言ったら白でも黒になってしまうもの」
「特にミランダさんや私達は四大名家の人間だし、発言には大きな責任を伴うから。きちんと真実を見る目を養わないといけないわよね」
セレネの発言に私は大きく頷いた。
学院にいる他の貴族令嬢や令息を見て、彼女なりに答えを導き出したのだろう。
公爵令嬢としての心構えが以前よりもしっかりとしたものになっている。
「噂の方は余計なことを耳に入れようと近づいてくる人達が多いから私の方で事実を言っておくわ。事実と異なることで、お姉様が助けた平民が不利益を被らないようにね」
「頼もしいわね」
「その件は私に任せて! だから、お姉様は今度学院で開催される新入生歓迎パーティーのパートナーに集中してね」
「パートナー? ……ああ、そういえば歓迎パーティーがある時期だったわね」
「え? テオドール様ったらまだお姉様を誘ってなかったの?」
よほど驚いたのかセレネは目を見開いている。
そうか、テオドールは私を誘うつもりだったのか。
知ってはいけないことを聞いてしまった。
テオドールへのフォローしようと私は口を開く。
「テオ様もお忙しいから、声をかける時間がなかったのでしょうね」
「弱気になっただけだと思うけどね。……まあ、いいわ。それで? 誘われたらパートナーとして一緒に参加する?」
「ええ。気心の知れたテオ様からのお誘いを断るわけがないでしょう」
「本当に!? あっ! もしかして、お姉様もテオドール様との婚約を意識しているからとか?」
「エリックお兄様に婚約を打診されれば断る理由はないわ。テオ様は誠実な方だし、両家のためになるなら私の意思は関係なく受けるべきだもの」
一瞬喜んだセレネの顔が曇っていく。
期待に添えなくて申し訳なく思うが、貴族の結婚というのはそういうものだろう。
勿論、互いに愛し合って結婚となるのが一番良いだろうが私には相手を好きになる、というか恋愛感情というものがよく分からない。
テオドールに関しては私を好いてくれて嬉しいという気持ちもあるし、彼に対して嫌悪感もない。むしろ可愛らしいと思っている。
温厚で優しいし、いざというときに自分が前に出る勇気がある人だとも知っている。
結婚相手としたら最高の人だと思うし、私には勿体ない相手だ。
だから、打診されれば断る理由はない。
「セレネにとっては物足りないかもしれないわね。けれど、テオ様のことが嫌いというわけではないのよ。感情表現が豊かで思ったことが顔に出るところは可愛らしいと思っているもの」
「……まずは弟ポジションからの脱却が先ということね」
「確かに、男性に対して可愛らしいという表現は正しくないわよね。弟として見ているのかしら?」
「ううん! テオドール様は年下だしお姉様がそう思うのも無理はないわ。成人するころには顔つきも体格も大人になるだろうし、そのときの印象の方が大事だから私が今言ったことは忘れて!」
「……分かったわ」
セレネは物凄い早口で息継ぎもせず言ってのけた。
まあ、自分の感情がこの先どう動くかなんて分からない。
(ただ、義父がクロードになるっていうのが……ちょっと)
嫌というわけではないが、普通にやりにくい。
私がモヤモヤしているだけでクロードはなんとも思っていないだろうけれども。
……いや、それよりも歓迎パーティーのことだ。
ドレスなどはミアがすでに手配してくれているだろうから心配はしていない。
パートナーに関してもセレネの話が本当なら近々話があるだろうから問題もない。
問題があるとしたら、アレスやミランダ辺りが何か言ってくる可能性があるくらい。
それぐらいか。
ああ、あとは。
「私のことは良いとして、セレネはどうするの? パートナーはいるの?」
「皇太子殿下が声をかけて下さったからご一緒する予定よ」
「あら、そうなの。私がテオ様とパートナーになるだろうから気を遣って下さったのかしら」
「うん。じゃないとアレスお兄様がうるさいだろうからって。皇太子殿下に気を遣わせるなんてとんでもないけれど、これ以上神経を逆なでして被害がお姉様に行っても困るから」
「では、今回はお言葉に甘えましょう。今後はそういったパーティーも多くなるだろうから、そこも考えないといけないわね」
私の言葉にセレネは神妙な顔をして頷いた。
さて、名残惜しいがそろそろセレネとのお出かけは終わりである。
彼女と別れてやることがあるのだ。
私はセレネとミアに先に戻って欲しいと伝え、護衛を連れてエドガーのいる情報ギルドの宿屋へと向かった。
本日からまた週一投稿していきますので、よろしくお願い致します。




