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皇太子殿下のお礼

 あの日、私はエドガーの元に行ってヘリング侯爵の行方を含めて色々と仕事を依頼しておいた。

 そして数日経ったが、セシリア皇女が宮廷医の診察を受けたとかクロードの診察を受けたとかいう話は、今のところ私の耳に届いていない。

 伝えられる立場の人間だとは思っていないのでそれはいいのだが、心配である。

 悪い話が噂として出回っていないから大丈夫なのだろうが、気になる。

 けれど、皇太子にどうなりました? などこちらから聞くのは失礼だし品がない。

 まさか自分がこのように他者に興味を持って心配するとは……。


「まあ、学生の本分は勉強だものね……。いずれ誰かから報告があるでしょう」


 そう自分に言い聞かせて、私はカフェテリアへと足を向けた。

 今日はセレネが偵察と称して、とある貴族令嬢達と行動を共にしているため私は一人なのだ。

 別にやらなくていいと言っているのに、彼女は私のために動いてくれている。

 いつまでも妹に負担をかけるのも申し訳ないので、いずれ私が決着をつけなければいけない。

 覚悟はあるが、一発で黙らせられるタイミングが中々やってこないのだ。


(とりあえず、長期休暇前の前期テストで首席になれば大抵の人間は黙るでしょう)


 一発で黙らせられることではないが、悪印象を払拭するのには効果がある。

 テスト内容についても過去に勉強したことだし特に問題もない。

 出し惜しむことなく、全力で当たらせてもらおうではないか。

 などと思いながらカフェテリア内を歩いていると、この間私を呼びに来た皇太子と仲の良い貴族令息が近寄ってきた。

 彼は私に頭を下げると、皇太子が呼んでいることを伝えてくれた。

 もしや、セシリア皇女の件で話があるのだろうか。

 だとするなら、ちょうど考えていたところだったので渡りに船だ。

 断る理由もないので私はすぐに行くと返事をして、皇太子の元に連れて行ってもらう。


「呼び立ててすまない」

「いえ、大丈夫です」


 さすが皇太子。カフェテリア内の個室、その中でも一番豪華な個室を利用している。

 壁も厚いし、秘密の話をするにはもってこいの場所だ。

 私は皇太子に礼をして椅子に座ると、呼びに来た貴族令息は静かに部屋を出て行った。

 つまり、個室に私と皇太子の二人だけとなる。


「あまり緊張しないのだな」

「顔に出ないだけです」


 とはいっても緊張など全くしていない。

 この神経の図太さが私の長所でもあり短所だな、とふと思った。

 そもそも、皇太子は婚約者のいる身だし私とははとこに当たるから、二人きりでも特に問題はないはずだ。

 何か言われたら、セシリア皇女の面会の件で話があったからと言えばいいだけである。


「アリアドネ嬢は俺が思う以上に気丈な人なのだな。もう少し弱い面もあるのかと思っていたが」

「……強くならざるを得なかった、というのが正しいかと思います。色々とありましたので……」

「それはそうだな。俺などよりよほど苦労をしてきている」


 皇太子の言葉に肯定も否定もせずに私は曖昧に笑ってみせる。

 あくまでもアリアドネ・ベルネットとしての性格から口にした言葉だったから。

 けれど、本来のアリアドネも芯の部分は強かったと思う。

 でなければセレネに対して苦言を呈することなどしなかっただろうし。


「ともかく、俺の考えすぎだったようだ。君が勘違いされて陰口を言われるかもしれないと思って手早く終わらせようと思ったが、その心配をする必要もなさそうで安心した」

「お心遣いに感謝します。ですが、今の状況のことを他の方に言われたところでやましいことなど何もないのですから、どうということはありません。それに人払いをしなければならない内容のお話なのでしょう?」

「ああ。皇室の弱みをあまり他者に見せても聞かせてもいけないからな」

「……そうですね。ですがひとつだけ。婚約者のサベリウス侯爵家のシルヴィアさんが勘違いなさらないように説明をして頂けたらと思います」

「あいつだったら鼻で笑って済ませそうな気はするが、一応伝えておこう」


 皇太子の婚約者になるのだから完璧な淑女なのかと思ったら、意外と一癖ある人のようだ。

 型にはまらないタイプならば、もしかしたら気が合うかもしれない。

 けれど病弱だから簡単に会えないだろうし、残念だ。


「気心知れた仲なのですね。皇太子殿下と未来の皇太子妃殿下の仲がよろしいのは帝国にとって喜ばしいことです」

「どちらかというと向こうに振り回されている、といった方が正しいけどな」


 言いながら皇太子は苦笑している。

 それを許している時点で相当信頼しているし絆がある証拠だ。


「いや、シルヴィアのことはいい。君を呼び出したのはセシリアの件についてだ」


 平静を装っているが、皇太子の耳が赤い。

 信頼と絆の前にシルヴィアに対して恋愛感情を持っているのだろう。

 微笑ましいことだ。


「あれからセシリアは母上同席の上で別の医者の診察を受けてくれた。リーンフェルト侯爵も来週診察する許可を得られた。妹の考えを変えてくれて感謝する」

「大したことはしておりません」

「大したことさ。なんせ俺が言った話を倍に膨らませてセシリアに言ったそうじゃないか。涙目で憔悴していた、と聞かされたときに動揺しながらも話を合わせた俺を褒めて欲しいくらいだ」

「それくらいセシリア皇女殿下を愛して心配なさっていたと表現したかったのです。嘘はついておりませんよ?」

「弱い面があるとの発言は撤回させてもらおうか。君は相当肝が据わっているし度胸がある」


 柔らかい口調だったので、それほど気分を害してはいないのだろう。

 大袈裟に言ったことは認めるが、的は外れていないと思ったのに人の感情というのは難しいものだ。


「セシリア皇女殿下のためにとの発言でしたが、引っかかる部分があったのでしたら謝罪致します」

「セシリアのためというのは分かっている。別に怒ってもいないし発言が間違っていたわけでもない。ただ兄の威厳的な話だ。格好いい兄でいたいのでね」

「どのようなお姿であろうと、皇太子殿下は自慢のお兄様でいらっしゃいます。セシリア皇女殿下は皇太子殿下が心配されていたことを嬉しく思っていらっしゃいました。兄として尊敬して愛しておられるのですね」

「そ、そうか。セシリアが……」


 毅然とした態度をとろうとしているが、口はニヤけるのを押さえられないようだ。

 こういった面はまだまだ子供なのだなと可愛く思った。


「ですが、無事に医者の診察を受けられたとのことで安心致しました。リーンフェルト侯爵も診察されるとのことで、原因が分かればよろしいですね」

「ああ。医者の見立てでは色々な場所が弱っているらしい。どこが悪いのかまだ分からないとのことだ。リーンフェルト侯爵が原因を見つけてくれればいいが……。まあ、その後にフィルベルン公爵邸にセシリアを静養に行かせるから、これ以上は悪いことにはならないとは思う」

「……正式に決まったのですね」

「ああ。リーンフェルト侯爵の話からするとセシリアを王城に留めておくのは危険だと両陛下が判断した」


 どこまで話したか分からないが、あの二つの家に関してはクロードと皇帝がきちんと調べてくれるだろう。

 あとは侍女の問題か……。


「それとフィルベルン公爵邸でご静養なさるときは、念のためできれば侍女の数を最小限にしていただいた方がよろしいかもしれません」

「それはこちらも考えている。まずは身近な人間から排除すべきだからな」

「エリック兄……フィルベルン公爵であればきっと優秀な侍女を付けて下さいますからご安心下さい」

「そこに関しては心配はしていない。……何もないに越したことはないが、敵がいるとするならこれで諦めてもらいたい限りだ」

「そうですね」


 条件が揃っているからこちらが心配しているだけで、実際はそうではない可能性もある。

 だが、念には念を入れた方がいい。


(薬を飲まなくても体調が良くなるという点が引っかかるのよね)


 この間面会したとき、セシリア皇女は体を起こしていた。

 薬もないのに良いときと悪いときがあるのは不自然としか言いようがない。

 ……ともかくクロードが何か見つけてくれることを祈るばかりだ。


「では話は以上になるが、他に君の方から聞きたいことはあるか?」

「いえ、大丈夫です」

「分かった。突然呼び立ててすまなかった。もし、今日のことで言ってくる奴がいたら俺に振ってくれて構わない。こちらで対処しよう」

「ありがとうございます。そうなった場合は力をお借りするかもしれません」


 借りる気はないし、自分でなんとかしよう。さすがに守られてばかりは居心地が悪い。

 ……セレネが先に出てしまうかもしれないが、まあ大丈夫だろう。


「それでは、失礼致します」


 皇太子に挨拶をして私は個室から立ち去った。

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