お見舞いという名の
皇太子から呼び出されてから少し経った頃。
あの日、私を呼びに来た先輩の令息から次の休みにセシリア皇女に会いに来て欲しいと伝えられた。
特に用意するものもなかったので了解したと返事をして、皇女の体調が悪くならなければいいなと思いながら数日を過ごす。
その間やけにセレネが私の側にいるようになったことが不思議であった。
けれど、遠くから私を睨みつけるアレスの姿を何度も確認していたので彼と何かがあったのかもしれない。
セレネに負担をかけるのは止めて欲しいと思いながら数日を過ごし、次の休みの日を迎える。
「王城の方から騎士と馬車を寄こしてくれるそうだから、一人で行ってくるわ」
「畏まりました。お気を付けていってらっしゃいませ」
ミアの目を見て頷いた私は不機嫌そうなセレネに苦笑しながら目を合わせる。
「お姉様と街に遊びに行こうと思っていたのに……」
「王城に行くと伝えてなくてごめんなさいね」
「それはいいのよ。何でも話してくれるお姉様が言わないということは何か言えないようなことを頼まれたのでしょう? 私が拗ねているのは聞かされなかったからじゃなくて一緒に遊びに行けなくなったことに関してだけよ」
セレネは頬を膨らませて下を向いてしまった。
自分の気持ちの持って行く場所が分からないのだろう。悪いことをしてしまった。
慰めにはならないだろうが、私は下を向いているセレネの頭を優しく撫でる。
「今度、絶対に二人で遊びに行きましょうね。それまでに街で人気のあるカフェや流行っているドレスや小物の情報を一緒に調べて予定を立てましょう」
「本当……!? 絶対よ? 約束したからね」
「ええ、約束よ。……あ、迎えが来たみたい。では行ってくるわね」
最後にセレネの頭を撫でて寮を出た私は用意された花束を持つと馬車に乗って王城へと向かった。
道中は特に何も起こらず、無事に王城へと到着する。
出迎えてくれた騎士によって、まず私はクロードの元へと案内された。
人払いされた彼の執務室に入り、お互いに目を合わせる。
「姉上にご足労頂き感謝します」
「宮廷医でもクロードでも診察ができないのだから仕方がないわ。それに引っかかるところもあったから」
「ということは姉上もセシリア皇女殿下に毒が盛られているとお考えなのですか?」
「あるかもしれない、程度よ。薬を拒否しているのに体調の良いときと悪いときがあるのは不自然だもの。けれど、環境や体質で体調が変化することもあり得るから」
「環境……ですか?」
いまいちピンときていないのかクロードが首を傾げている。
「例えば体質に合わない食べ物があって、それが原因で体調を崩しているとかね。体が拒絶して異常な反応を見せるとか」
「それは食べ物に限ったことなのですか?」
「埃とか布とか化粧品とか体内摂取の他にも肌が接触するだけで症状がでることもあるの。ただ、私が知っている症状の特徴は出ていないみたいだから可能性としては低いかもしれないけれど」
「なるほど……。やはり姉上は博識ですね。俺は絶対に毒じゃないかと、それだけを考えてしまっていました」
「それが貴方の仕事でしょう」
クロードは毒の専門家なのだから、まずそれを疑うのが仕事だろう。
何にせよセシリア皇女を診てみないことにはなんとも言えない。
「ところで、セシリア皇女殿下の症状は発熱だけ?」
「主な症状はそれですね。ですが、熱がなくても起き上がることが難しいこともあります。息がしにくい過呼吸気味になる、手足の痺れなどは聞いています」
「白目の状態や口の中、息の匂いとかは分からないということね」
「何せ近寄ることができませんので」
「薬を飲んで体調が悪くなれば薬が悪いと疑う気持ちは分かるもの。仕方がないわ。それとセシリア皇女殿下に出された薬はあるわよね? どの薬なのか面会を終えてから持って来てくれると助かるわ」
「今でなくて良いのですか?」
クロードの問いに私は静かに頷いた。
今聞いてあれこれ話をしていたらセシリア皇女を待たせてしまう。
「私の目的はセシリア皇女殿下に再び診察を受けるように働きかけることであって、今日絶対に原因を特定しなければいけない、ということではないもの。……それで、セシリア皇女殿下はお部屋にいらっしゃるのかしら?」
「はい。今日は症状が落ち着いていらっしゃるのでお話も可能です。俺は部屋に入れませんが扉の前まで案内します」
「案内をよろしく頼むわね」
クロードと一緒に執務室を出て、私達は王城の奥……皇族しか入れない区域にあるセシリア皇女の部屋に向かった。
普段は許可がなければ貴族が入ることはできない場所だからか人の往来はあるものの、話し声がほとんどしない。
自分達の足音だけが響いてなんとも落ち着かない気持ちになる。
「こちらです」
クロードが足を止めたことで私はセシリア皇女の部屋の前まで来たことを知った。
どこか不安げな表情を浮かべるクロードに私は軽く笑みを返す。
少し落ち着かない様子を見せた彼は私から顔を逸らすと、扉の前にいる騎士に向かって開けるように伝える。
「私はここまでですが、よろしくお願いします」
「案内ありがとうございました」
クロードに頭を下げた私はセシリア皇女の部屋に足を踏み入れた。
中はカーテンが閉じられて薄暗く、侍女の数も最小限に抑えられているようである。
ベッドに目をやると顔色があまり良くなさそうなやつれた少女が起き上がって健気にも私に微笑みかけてきた。
「貴方がアリアドネお姉様ね」
「お初にお目にかかります。フィルベルン公爵家のアリアドネ・ルプス・フィルベルンと申します」
「セシリア・レオ・アラヴェラよ。いそがしいでしょうにお見舞いに来てくれてありがとう」
「いいえ。体調が優れない中、時間を頂きまして申し訳ありません」
「はとこなのだからもっと気軽に話してくれてもいいのに……。そうだわ、そこに座ってお話ししましょう? いつも一人だから話し相手がいなくてつまらないの」
「……失礼致します」
持って来ていた花束を侍女に預けた私はベッドの近くにある椅子に腰を下ろす。
距離が縮まったことでセシリア皇女の顔がよく見えるようになったが、どうにも体調が良いようには見えない。
年齢は八歳だっただろうか。寝込んでいるからかもっと幼く見えるのに内面はかなりしっかりしている印象を持った。
「アリアドネお姉様は今年、学院に入学したのよね? お兄様にはもうお会いになった?」
「はい。ミハイル皇太子殿下とご挨拶させていただきました。皇帝陛下に似てご聡明なお方でした。それと、セシリア皇女殿下のことを心配されておいででした。大切に思っていらっしゃるのですね」
「まあ、お兄様が?」
セシリア皇女は口元に手を当てて嬉しそうに笑っている。
口調や表情から察するに兄妹仲は良いらしい。
(爪の色が少し赤みがかっているわね。薄暗いから目や口が良く見えない……)
間違った答えを出したくないため、私はわざとらしくならないように窓の方を見た。
つられてセシリア皇女も同じ方向を見る。
「どうかしたのかしら?」
「いえ、今日はとても良い天気ですし風も心地よいので気分転換になるかと思ったのです。けれど、セシリア皇女殿下の体調を思って閉じられているのなら口を出すことではないと思いまして考え込んでしまっていたのです」
「ああ、見えるものは同じだからあきちゃって閉じていただけなの。……でも、せっかくお花をもらったし、開けようかな」
特に命じてもいないのに侍女達が静かに、それでいて手早くカーテンと窓を開けた。
部屋に日差しが入り込み、室内が明るくなる。
「気持ちの良い風ですね」
「うん……。いつも寝てばかりだから久しぶり」
セシリア皇女は外の景色を眺めながら穏やかそうな表情を浮かべている。
(顔色が思った以上に悪いわね。唇の血色も悪いのにこれで体調が良い方だとは驚きだわ)
明るくなってから見ると、予想していたよりもずっと皇女は悪そうに見える。
診察するために来たわけではないが、職業病というかなんなのかついつい目が行ってしまう。瞼の裏や口も見られたら良いのだけれど、皇女相手にそれは無理だろう。
(爪の色が赤みがかっているのは体に何か異常がある証拠だけれど、体調不良からなっている可能性もあるし、毒によるものという断定はできないわね)
見た目だけで判別するのは難しかったので、やはり本職の人間に任せるしかない。
原因が毒であった場合、犯人はどうしたって身近に居る人物。つまりここにいる侍女の可能性があるから迂闊なことは言えない。
さて、どうするか。
「そういえば、せっかく来てくれたのにお茶もお出ししないなんて失礼ね。デリア、いつもの紅茶を出してちょうだい」
「あ……申し訳ございません。ちょうど茶葉が切れておりまして……」
「あら、そうなの。最近なくなるのが早いのね。残念だわ。アリアドネお姉さまにも飲んで頂きたかったのに」
「代わりに別の紅茶をご用意致します」
デリアと呼ばれた侍女に目を向けると、どこかホッとしたような表情を浮かべている。
帝国では珍しい赤毛の女性で年は二十代中頃だろうか。
皇女の侍女になるくらいだから名のある貴族の令嬢のようで気品があり清楚な美女であった。
彼女がお茶を用意する傍ら、私は室内の方に視線を向ける。
窓を閉め切っていたから埃っぽくなっているところもあるし、それも影響しているのかもしれない。
けれど、特に反応しそうなものは見当たらない。
「いつもの紅茶はセシリア皇女殿下のお気に入りなのですね。私も紅茶が好きなので殿下のお気に入りの茶葉がどちらのものなのか気になります」
「元々はお祖母様の出身であるハイベルグ王国の茶葉なのだけれど、私のためにブレンドされた特別なものなのですって」
「ハイベルグ王国の茶葉自体、生産数が少ないので皇室以外に国外に出ることはありませんし、皇女殿下のためにブレンドされたものなら尚更でしょうね。残念に思います」
「国外の紅茶について詳しいのね。アリアドネお姉さまも紅茶がお好きなら、きっと色々と感想を言い合えたのに……。切らしているなんて悔しいわ」
セシリア皇女は心の底から落胆している。
兄以外に親族と関わることがなかったからか、はとこという関係の私に親近感を抱いてくれているようだ。
信頼に値しない人間なのに恐れ多いと思っていると、デリアが用意した紅茶を持って来た。
「こちらのお茶も美味しいのよ。一番はハイベルグ王国の紅茶だけれどね」
「皇室に献上される茶葉ですもの、こちらもきっと美味しいのでしょうね。では、いただきますね」
ニコニコと笑っているセシリア皇女を微笑ましく思いながら、私は紅茶のカップを手に取った。
「ブレンドされたハイベルグ王国の紅茶はお砂糖を入れなくてもとっても甘いのよ。まるで蜂蜜みたいな香りもするの。飲むとすごく落ち着くし、よく眠れるのよ」
セシリア皇女の言葉に思わずカップを持つ手が止まりかけるが、平静を装ってそのまま口を付けて飲み込む。
「……私好みで、とても美味しいですね」
「良かったわ」
気に入ったのが嬉しいのかセシリア皇女の機嫌は上がっているようだ。
反対に私は彼女の言った言葉に何か引っかかるものを覚える。
(生前に何度かハイベルグ王国産の紅茶を飲んだことがあるけれど濃いめで苦みの強い紅茶だった。砂糖を入れなくてもとても甘いなんて一体何とブレンドしているのかしら?)
可能性があるとすればマカレアが使われている可能性。
あれは砂糖の代わりとして旧ラギエ王国の平民の間で使われていた。
旧ラギエ王国にしか自生していなかった花だ。
内乱のときに絶滅したと聞いているけれど、生前の私も持っていたし今も所持している可能性はある。
(旧ラギエ王国はハイベルグ王国の領地に組み込まれているけれど、栽培しているという話は聞いていない。そもそも毒もない無害な花だけれど)
けれど、ナルキスの抽出液を使うことで毒に変わるものでもある。
生前の私が発見したもので外には出ていないと思うが、もしかしたら誰か発見したのだろうか。
(そもそもマカレアを服用したところで、セシリア皇女の症状はでないはず。たまたまなのかしら? それともブレンドされた物の中に入っているとか?)
決めつけるのは良くないが、気になってしまう。
まあ、可能性のひとつとして留め置いておこう。
セシリア皇女を観察しながら紅茶を飲んでいると、彼女がモジモジと何かを言いたそうにしているのに気が付いた。
しきりに周囲の侍女を気にしており、あまり聞かれたくないのかしら? と私は少し身を乗り出す。
「どうかいたしましたか?」
「あ、気を遣わせてしまったわね。……その、学院でのお兄さまのご様子はどのようなものなのか気になって」
「学年が違いますのであまり交流はないので詳しくは存じ上げていないのですが、学院でも中心におられて皆が一目置いています。羨望の眼差しを向けられておいでですよ」
「やっぱり……! さすがお兄さまだわ」
フフッとセシリア皇女ははにかんだ笑顔を向ける。
彼女は兄である皇太子のことが大好きなようだ。
疑心暗鬼になっている彼女に付け入るならばここだろう。
「皇太子殿下は本当にセシリア皇女殿下を心配されておいででした。宮廷医に診てもらいたいと涙目で憔悴しておられて……。ですが、セシリア皇女殿下のお気持ちも大事なのも理解しておられるので無理を通すこともできずに悩んでおられました」
「お兄さまがそこまで……?」
「セシリア皇女殿下が苦しんでいる姿を見るのが辛い、何も出来ない自分が歯がゆいと仰っておられました。安心できる方に同席していただいて診てもらうことは難しいでしょうか?」
笑顔だったセシリア皇女は途端に下を向いてしまう。
「でも……宮廷医に貰った薬を飲んでから体調が悪くなり始めたのよ。だから、きっと彼が何かしたのだろうと思って信用できなくて」
「そうだったのですね。では、医師を替えたら安心していただけるでしょうか? それか診察だけで薬を出さないなどすれば大丈夫でしょうか?」
私の提案にセシリア皇女は表情を曇らせた。
あまり気乗りしていないようではあるが、悩むということは選択肢に入っているということ。
薬が原因だと思っているなら、それを排除してしまえば診察は受けてもらえるのではないかと思っていると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……診察だけなら問題ないし、あの者でなければ大丈夫だと思うわ。それにお母さまに同席してもらえたら」
「畏まりました。そのようにお伝えしますね」
「我が儘を言ってしまったわね。けれど、お兄さまがそこまで私を心配して下さっているなんて知らなかったわ。お兄さまのために私も勇気を出さなければね」
ようやく笑顔を見せてくれたセシリア皇女だったが、すぐに咳き込んでしまった。
話しすぎたのかもしれない。ある程度分かる範囲で知れたし、宮廷医に診てもらう約束もできたのでもう帰った方がいいだろう。
「長居してしまいましたね。どうぞゆっくりとおやすみください」
「来てくれたのに何もできなくて申し訳ないわ……」
「そのようなことはございません。今度はセレネも連れて参りますね。少し騒がしくなるかもしれませんが」
「本当に? セレネお姉様にもお会いしたいから待っているわね」
「ええ。伝えておきます。それでは」
セシリア皇女に別れを告げ、侍女達の顔色を窺いながら私は彼女の部屋を後にした。
クロードの執務室へと向かっていると、背後から声をかけられる。
振り返ると、セシリア皇女の侍女であるデリアが緊張した面持ちで立っていた。
「何か?」
私か問いかけると、周囲を確認したデリアは近づいてきて小さな声で話し始めた。
「あの……セシリア皇女殿下は王城の外で静養されるのが一番だと思いまして……。それでフィルベルン公爵家の方で受け入れて下さらないかとお願いしに参りました」
「……そう、そのように陛下に伝えておくわ」
デリアは途端にホッとしたような表情を浮かべる。
わざわざ言ってくるということは王城内に危険があるということだろう。
彼女が関わっているのか、たまたま知ったのかは分からないが、助けを求めてきたと。
つまりそれは、セシリア皇女殿下の命が脅かされているということだ。




