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兄と妹(セレネ視点)

「あら? お姉様は?」


 授業で分からなかったところを先生に教えてもらっている間にどこに行かれたのかしら?

 キョロキョロと辺りを見回していると、背後から誰かに声をかけられた。

 振り返った私は「ゲッ」という令嬢が上げてはいけない声を出してしまう。

 関わりたくない相手だけれど、この場にお姉様がいなくて良かった。

 それにしても、どうしてこのタイミングで声をかけてくるのだろうか。

 全く気乗りしなかったけれど、無視することもできない私は相手に向き直る。


「……お久しぶりですね。アレスお兄様」

「久しぶりだな、セレネ。見ない間にずいぶんと大きくなって。前よりもっと可愛くなったんじゃないか? 可愛すぎて兄として余計な虫が付かないか心配になってしまうよ」

「ありがとうございます。それで、何の用でしょうか?」

「僕にまで敬語を使う必要はない。セレネに距離を取られているようで傷ついてしまう」


 取られているようではなくて取っているのだ。

 アレスお兄様と関わるのは、お姉様にとって気分が良いものではないだろう。

 というか、お姉様に私がお父様達側の人間だと思われたくない気持ちが強い。

 それにしても……お姉様がいないときにしか私に話しかけられないなんて情けない。


「……私は身内以外の方には敬語で話すよう心がけておりますので」

「それはあいつがセレネにそうするように強要しているからだろうに」

「礼儀として当たり前のことでしょう? 何を仰っているのですか?」

「だったら、僕に敬語なんておかしいじゃないか。僕はセレネの兄なのに」

「私の中では他人です。私の兄はエリックお兄様だけだと思っておりますので」


 本当はアレスお兄様なんて呼びたくないが、対外的にそれをやるとこちらの心証が悪くなる。

 エリックお兄様やお姉様にご迷惑をかけてしまうから呼んでいるだけ。

 ここまでハッキリ言えば私がお姉様に唆されたり脅されてこのような態度を取っていない。自分の意思で動いていると思ってもらえるだろう。


「それとお姉様を『あいつ』などと仰らないでください。アレスお兄様が思っている以上にお姉様は優しく聡明で強い方です」

「あんなにセレネのことを泣かせていたのに、どうしてだ? 嫉妬して虐めていたじゃないか」

「それがそもそも間違いなのです。あの頃の私は肯定ばかりされて勘違いをしておりました。根気強く注意して世間というものを教えて下さったのはお姉様なのです」


 もう二年近く経つというのに、アレスお兄様は皇帝陛下や私の言葉から何も学んでいないことを知ってゲンナリしてしまう。

 現実をまったく分かっていない。

 以前、お姉様が言っていた『人は見たいものしか見ない』という言葉が思い出される。

 アレスお兄様は私がお姉様に虐められていて欲しいのだ。

 そうでないと自分達が間違っていたことになるから、認めたくないから現実から目を逸らしている。

 今も私の言葉を聞いていてもアレスお兄様には何も響いていない。

 話すだけ無駄だという感情が湧いてくる。


「もういいから。分かっているから」

「何をですか?」

「あいつの目を恐れて本心を言えないのだろう? あいつは今皇太子殿下に呼ばれているからしばらくは帰ってこないから安心しろ」

「え? 皇太子殿下に呼ばれていたのですか!?」

「そうだ。以前から僕は殿下にあいつの所業を伝えていたからな。注意するために呼び出してくれたのだろう。だからその隙にセレネに話しかけに来たんだ。僕はセレネを助けたいんだよ」


 ありもしないことをベラベラベラベラと何様のつもりなのか。

 皇太子殿下を家の揉め事に巻き込むなんて何を考えているのだろう。

 大体、爵位を譲った経緯だって皇太子殿下は陛下から知らされているだろうに非がある側の言い分を鵜呑みにすると何故思えるのか。

 段々とアレスお兄様に対して怒りが湧いてくる。


「助けなど必要ありません。それとお姉様に対する事実無根の話を広めるのはお止め下さい」

「僕は後ろめたいことなんて何もしていない。事実無根ではなく事実だ。本当のことを話して何が悪いのか」

「その話の被害者である私が必要ないと申し上げているのです。誰に何を言われようと私はお姉様の側から離れる気はありません」

「どうしてそんなにあいつを庇うんだ!? 本来なら来年入学する予定だったのに一年も早くしなくてもいい試験を受けさせられて入学させたのに」

「ですから、そこから認識を間違っているのです。私は自分の意思で試験を受けて入学したのです。アレスお兄様がお姉様に意地悪をするのではないか、他の貴族がお姉様に無礼を働くのではないかと心配して入学したのです」


 私が入学したことにお姉様は一切関与していない。

 話したところで無駄というのは頭で分かっているが、お姉様のことを悪く言われて黙っていることなどできない。

 ここまでハッキリ言っているのに、アレスお兄様は未だに私を可哀想な子を見るような目で見てくる。


「……あいつは毒の知識や作成において知識があると言っていたな。まさか変な物をセレネに飲ませて言いなりにさせているのではないか?」

「そのような都合の良い物などございません。ご自分の正当性を主張するのに意味不明なことを言ってお姉様に罪をなすりつけないでください」

「じゃあ、どうしてセレネが僕に対してそんなに冷たい物言いをするんだ。おかしいだろう? 以前は僕の後ろをついて回って甘えてくれていたのに」

「私は今年で十四歳ですよ? 成長したのですから多少は大人にもなります」


 さて、どうやってこの話を終わらせるべきか。

 お姉様に対する物言いには文句を言い足りないが、あまりに強く言って被害がお姉様に行ってしまっては困る。

 話を切り上げるタイミングを見計らっていると、アレスお兄様は尚も言い足りないのか口を開いた。


「で、ではテオドール卿のことは? もしかしてあいつとは関係なく、彼が入学するから試験を受けたのか?」

「関係がない、とは申し上げませんが、試験を受けたのはお姉様のためが大部分を占めます」


 嘘ではない。私よりテオドール様の方がお姉様と過ごす時間が増えることに耐えられないという気持ちもちょっとある。

 ちょっとというか大分だけれど。

 それでも、お姉様の側に居たいからという気持ちは変わらない。


「まさかテオドール卿まであいつに譲るつもりなのか? あいつはセレネからどれだけ奪えば気が済むんだ……!」


 まーた何か大きな勘違いをしているわ……。

 本当にいい加減にして欲しい。

 お姉様からの頼みであってもテオドール様とそういう仲になるのはご免だ。断固として拒否するレベルで水と油の関係なのに。


「私がお姉様から奪われたものは何ひとつとしてございません。むしろ与えられたものの方が多いくらいです」

「何を言う! あいつはセレネから両親と兄を奪ったではないか。それにテオドール卿まで……。強欲にも程がある」

「そうですか。でしたら、ずっとそう思っていればよろしいのではないでしょうか?」

「…………セレ、ネ? 何を」

「私が何を申し上げてもアレスお兄様には届かないようなので、もう結構です。私としてはお姉様を悪く言われるのは耐えがたいですし、言った方々を一人ずつ痛めつけたいくらいには腹立たしいと思っております」


 もういい。この人には何を言っても無駄だ。

 割く時間が勿体ない。それにもうお姉様も話が終わって教室に戻っているかもしれない。

 私がいなかったらきっと心配されてしまう。その前に帰らないと。


「今後、私に話しかけてこないでください。迷惑です。私はアレスお兄様を兄だとは思っておりません。私の兄はエリックお兄様ただ一人です。これからは遠縁の方だとお互いに思ってそれなりの距離を保って接して行きましょう。では失礼します」

「セレネ!」


 アレスお兄様の呼び止める声を無視して私は足早にその場を後にした。

 本当に時間を無駄にしたし、耳が腐ってしまうことばかり言われてイライラする。

 けれど、何を言っても無駄な人がいることを知れたのは勉強になった。

 二度と体験したいとは思わないけれど。

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