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茶番の始まり

 移動する馬車内で私は屋敷から持って来た小さな袋に入れていたある葉っぱをテオドールに差し出した。

 子供だからと相手が油断して、見張りも付けずに手足を縛られるだけで済んで助かった。

 前の方で縛られているから、物も取り出しやすい。


「これは?」

「監禁場所は建物内だと思うので、持って来ている乾燥させた葉を燃やして煙を充満させるのですが、それを吸い込んでも症状が出なくなるのがこちらの葉っぱです」

「も、燃やす!? でも都合良く火があるとは限らないと思うけど」

「窓の外は見えませんが、離宮を出たのは夕方で馬車をかなり走らせていますし、すでに外は暗くなっているはずです。建物内に火はあります」


 テオドールは戸惑っているが、エリックの行く場所であるなら小屋であることは間違いない。

 エドガー側の人間が居たらさすがにやらないが、一応念のためだ。


「アリアは落ち着いているんだね。怖くないの? それにどうしてビル、じゃなかったエリック卿が来ることを知っていたの?」

「そういえばテオ様は何もご存知ありませんでしたね。実はエリック様を誘拐するように依頼したのは私の父、フィルベルン公爵なのです。公爵位をエリック様に渡さないようにするために誘拐して殺害するようにと」

「え!? フィルベルン公爵が?」

「そうです。けれど、フィルベルン公爵が依頼したのはリーンフェルト侯爵の息がかかった者達。つまり、これはリーンフェルト侯爵の罠、ということです。監禁場所に公爵を連れて来て洗いざらい吐いてもらって、それを発言力の強い貴族に聞いて貰うことで言い逃れできない状況を作ろうという策なのです」

「……そういうことだったんだね。でも、どうしてアリアドネまで誘拐されるんだろう」


 少し誤魔化した私の説明を受けてテオドールは幾分か落ち着きを取り戻したようだ。

 けれど、まだ私が誘拐されることについては結びついていないらしい。


「父は私を疎ましく思っているので、ついでに始末したいからではないでしょうか? 父が依頼したというのはまだ憶測ですけれど、彼らを捕まえることができれば誰が依頼したのかも分かりますしね」

「父親からの依頼かもしれないのに、ショックじゃないの?」

「あの父親ならやりそうだなと思うくらいには信頼も信用もしておりませんからね。……それよりも私のことは良いのです。まずはこれを噛んで下さい」


 揺れる馬車でバランスを取りながらテオドールの口に葉っぱを押し込むと私は自分の分を口に入れる。

 原型が無くなるくらいに噛んでいると、どれだけ離宮から離れたのか分からないが、ずっと走っていた馬車が止まった。

 どうやら到着したようだ。

 すぐに馬車の扉が開いて誘拐犯が顔を覗かせる。


「出ろ」


 ぶっきらぼうにそう言われ、足の縄だけほどかれて私とテオドールは外に出る。

 私の想像していた通り、皇都の外れにある小屋がある場所。

 小屋の周りには人気もなく、建物内にも人がいるようには感じられない。

 もしかしたら周囲にエドガー側の人間がいるかもしれないが、いきなり現れた私達を警戒して息を潜めているのかもしれない。

 エリック達もまだ来ていないようだし、あちら側の人達を巻き込むことはなさそうだ。


「向こうが来るのはもうちょい後か……。こいつらくくりつけてさっさとずらかろうぜ」

「貴方達の仲間もいないの? 待ち構えているかと思って少し緊張していたのだけれど」

「はぁ? 俺らはここにいる人間だけで他に仲間なんていねぇよ」

「おい。話してないでさっさと中に置いていこうぜ」


 やけに逃げることを重視するではないか。

 顔を見られたくないのか、見られないようにしろと依頼人から言われているのか。

 けれど、すぐに逃げられては困る。


「ひとつお願いがあるのだけれど」

「逃がしてくれって言うんじゃないだろうな」

「さすがにそれは無理なことくらい分かっているわ。どうせ死ぬのなら最期に好きな香りの中で死にたいと思ったの」

「はぁ? ……好きな匂いの中死にたいとか貴族の考えることは良く分かんねぇな」

「だって、あんなカビたような不衛生な場所で死ぬなんて耐えられないのだもの。死ぬのだからこれくらい叶えてくれたっていいでしょう?」


 お願い、と懇願してみると、誘拐犯達は子供だと思って甘く見ているのか案外あっさりと許可が下りた。

 エドガー側の人間が居ないのなら遠慮する必要もない。

 許可が得られたところで私達は小屋の中に入り、誘拐犯がランプを付ける。

 平らな皿に持って来ていた乾燥させた葉を並べて、ランプから火を付けた。

 瞬く間に他の葉に火は燃え移り、煙が上がる。

 監禁場所だから窓も閉められているし、煙が外にでることもない。


「……変な匂いだな。こんな匂いが好きだとか貴族は変わってんな」


 言いながら彼らは私達の足を縛っていくが、徐々に彼らの動きが鈍くなっていく。

 体が左右に揺れはじめ、目が虚ろになりついには膝をついてしまった。


「……お前……こ、れ……」


 床に横たわる彼らはそれ以上声を発することが出来なくなり、意識を手放した。

 彼らの様子を見たテオドールはただただ驚いていた。


「僕たちはなんともないのに……。一体何をしたの?」

「煙を吸い込むと意識障害を引き起こしてしまう症状が出る葉っぱを使っただけです。ただ、持続性はそこまでありませんので、今の内に彼らの手足を縛っておきましょう」

「え? どこでそんな知識を?」


 戸惑っているテオドールに説明する時間も惜しかったので、私は自分を縛っていたロープを外して彼らを縛っていく。

 テオドールを縛っていたロープも外して、彼と協力して残りの人達を縛っていたら突然扉が開いた。

 そちらに目をやると、いかにもならず者といった見た目の男達とエリックが立っていた。

 彼らは私達を見て呆気にとられ口をポカンと開けている。


「あ、中に入ってこないで下さい。すぐに換気しますから」

「いやいやいやいや! 何でアリアドネがここにいるの? それにテオドール卿も!」


 目を見開いているエリックの質問に答えるよりも早く、私は小屋の窓という窓を開けてまだ煙が出ている皿を外に出した。


「離宮から帰ろうとしたら、奥に入って行くテオ様を見かけて追いかけたところ、床に横たわっている彼らに捕まってここまで連れてこられたのです。どうやら誰かからの依頼のようで、エリック様を始末するついでに私も始末させようとしていたようです」

「誰かからの依頼って一人しか思い浮かばないんだけど」

「奇遇ですね。私もです。けれど、憶測ですし分からないのでこうして犯人を捕まえて本人から聞けばいいかなと思いまして」

「いや、だからって……」


 未だにエリックは混乱しているようだ。

 まあ、居るはずのない人が居たらそうなっても仕方ないか。

 と思っていると、黒ずくめの人が前に出て来て、おもむろにフードを脱いだ。


「で、テオドールはどうして奥に入っていったんだ?」

「あ、義父上……。って義父上!? 証人には義父上がなるから来られたのですか?」

「姉……アリアドネ嬢はテオドールにすでに説明しているようですね。話す手間が省けました」


 今、姉上と呼びそうになったな、この男……。

 だが、証人としてクロードが来たのか。確かに発言力はあるし、他の貴族から信頼もされているだろうし適任と言えば適任だ。


「で、どうして奥に?」

「怪しい人影が見えたので確認しようとしたんです」

「そういうときは自分で確認しようとせずに大人に知らせなさい。アリアドネ嬢がセレネ嬢に陛下に伝えるようにと言付けなければ、もっと大きな騒ぎになっていたところだ」

「陛下の離宮で誘拐されたわけですからね」

「その通り。エリックの計画もあって多少は警備に人員を割いていなかったこちらの落ち度はあるから強くは言えないが……」

「いえ、考えが足りていませんでした。アリアを巻き込んでしまいましたし、反省しています」


 申し訳なさそうに下を向くテオドールにクロードが歩み寄り、彼の頭に手を置いた。


「ともかく無事で良かった……」

「義父上……」


 なんとも感動的な場面ではあるが、こんなことをしている時間があるのだろうか。

 フィルベルン公爵が来るのではないか? と思っていると、同じようにエリックも思ったのだろう。

 遠慮がちに彼が口を開いた。


「そろそろ準備しません?」


 おおよそ誘拐された人間の発する言葉ではないが、エリックの一言により彼らは我に返り各々準備を始める。

 エリックは椅子にくくりつけられ、私とテオドールは手足を縛られて床に座らされる。

 同行していた騎士達に私達を誘拐した人達を託し、クロードは他の騎士達に森に隠れているように指示を出す。

 小屋内には私達の他にエドガー側の人間が残り、フィルベルン公爵の到着を待った。

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