その日はやってきた
エドガーからフィルベルン公爵が動くという連絡もないまましばらく過ぎたある日。
ついに、その知らせが舞い込んできた。
場所は皇都の一角にある離宮・アレグリア宮殿。
その昔、毒草薬草の研究のため建てられた場所で今も至るところにそういった草花が植えられており、管理されているらしい。
エリックと共に彼の父親が仲良くしていた貴族達と久しぶりの再会を祝おうという名目でお茶会を開くのだ。
皇帝が会場をそこにして、フィルベルン公爵夫妻を始めとする少数の貴族に招待状を送ってきたのだ。
けれど、出席するのは私とセレネのみ。
公爵夫妻は先に別の家に招待されたとか言って私達に行くようにと言ってきたのだ。
そもそも、先に約束があったからといって皇帝からの招待なのに私達を代わりに行かせるのは礼儀に欠ける行為で褒められたものではない。
容疑者になりたくない、アリバイを作っておきたいのだろうけれど……。
なんにせよ、計画は今日実行される。
集まりの帰りにエリックの乗った馬車を襲って皇都の外れにある小屋に誘拐する予定とのことだ。
ついていくことはできないので、クロードとエリックに任せるしかない。
また、情報は入ってきていないがフィルベルン公爵がついでに私を狙っている可能性も一応考慮しておくべきだろう。
それ相応の準備を整えて、どうか上手く行きますようにと祈りながら私はセレネと一緒に離宮に向かった。
皇都の一角にある離宮・アレグリア宮殿。
毒草薬草の研究のため建てられた場所なだけあって、至るところにそういった植物が植えられている。
こうした集まりでなければ、ひとつずつ見て回りたいくらいだ。
あと、中には小さな川も流れている自然豊かな場所で白を基調とした建物は洗練された美しさがあり、身が引き締まるような気持ちになる。
それはセレネも同じだったようで、珍しく緊張している様子を見せていた。
私は彼女の緊張をほぐそうと声をかける。
「私がお話しするから隣で相槌を打っていても構わないわよ」
「いいえ……。フィルベルン公爵家の代表として来たのだから、しっかりとした姿を見せないといけないもの。それに陛下にもエリックお兄様にもみっともない姿は見せられないわ」
「頼もしいわね」
しっかりと公爵令嬢だということを自覚している発言だ。
自覚してからそれほど経っていないというのに随分と大人になったものである。
「さあ、では行きましょうか」
緊張しているセレネの背中に優しく手を添えて私達は離宮の中へ足を踏み入れた。
招待客がいる場所まで案内されてそれとなく周囲を見てみると、先に到着していた人達が皇帝やエリックと談笑している姿が目に入る。
彼らは部屋に入ってきた私達に気が付くと怪訝そうな表情を浮かべ、ため息を吐いていた。
「あまり歓迎されていないみたい」
「いえ、あれはお父様達が来なかったことに呆れているだけよ。私達に向けられたものではないから安心なさい」
「ああ、そういうこと……」
その証拠に彼らはすぐに笑顔を向けて私達を歓迎してくれた。
「アリアドネ様、セレネ様。お目にかかれて光栄です」
一人の中年女性が恭しく私達に向かって礼をする。
彼女は、タラン子爵家令嬢だったはず。今はレクラム伯爵夫人だと貴族名鑑に書いてあった。
清廉潔白な人物だったから、私の名前の件も評判も鵜呑みにせずに公爵令嬢として扱ってくれたのだろう。
それは他の人も同じだったようで、皆が皆私を公爵令嬢として尊重してくれた。
もしかしたら皇帝はそういった人物を招待してくれたのかもしれない。
細やかな気遣いの出来る男である。
「フィルベルン公爵夫妻が来られなかったのは残念ではあるが、従兄妹同士顔を合わせることができたのは幸いだ」
「ええ。本当に……。お三方とも先代のフィルベルン公爵に雰囲気が良く似ております。懐かしく思います」
「ご聡明で強い信念を持っているところは特にですわね。お三方がいらっしゃればこれからのフィルベルン公爵家も安泰でしょう」
貴族の嫌みというのは上品だが見えぬ棘があるものだ。
どことなく懐かしさに過去を思い出していると、セレネに袖を引っ張られた。
「どうかしたの?」
「勉強不足だから違うかもしれないけれど、あれってお父様達が能なしだって言ってるという認識で間違いない?」
小声で聞かれ、私は軽く頷いた。
分からないなりに空気で感じ取るとは将来有望な子だ。
「他の貴族に知られている時点でダメじゃないの……」
ポツリとセレネが呟いたその台詞。全くその通りだと思う。
ああいった人が友人にいて聞く耳を持つことができていれば、また違っていたかもしれない。
結局はそういうまともな視点を持つ人を選べなかったフィルベルン公爵の落ち度。
それも含めて運も実力もなかっただけのことだ。
「アリアドネ、セレネ。あちらで子供達が集まっているから挨拶をしてきたらどうだ?」
ここからは大人の話になるからか、皇帝が発した私達を遠ざけるための言葉。
大人の話し合いに首を突っ込むほど野暮ではないので、言われた通り私達は子供達がいるスペースに移動する。
そこには銀髪の見慣れた少年が他の子供達と仲良く話しているところであった。
「あら、テオ様もいらしていたのですね」
「うん。エリック卿は義父上と仲が良いからその関係で。アリアも来たの? フィルベルン公爵が来るかと思っていたから、会えて嬉しいな」
「両親は先に会う約束をしていた方がいたので、代わりに私達が来たのです。離宮に来るのは初めてだったので友人の顔を見られて安心致しました」
テオドールがいたことで少し肩の力が抜けた私は彼と笑い合う。
だが、セレネは厳しい目をテオドールに向けている。
「セレネ、どうかしたの?」
「テオドール様はお姉様しか目に入っていないみたいね」
「そんなことないよ。ちゃんとアリアの妹君のことも目に入ってるよ。ただ先にアリアに話しかけただけ」
「あら、少しお会いしなかっただけで私の名前を忘れてしまったのかしら?」
「友達と友達の妹との差だよ。僕はアリアの唯一の友達だからね。唯一の」
また始まった。
この間から、なぜか二人は張り合うようになってしまったのだが、ここは他の子供の目もある。
「私は唯一の妹ですけれどね……! テオドール様が目にすることのできない普段のお姉様を毎日見ることができる立ち位置ですし」
「僕は妹君にはできない話を聞くことが出来る立ち位置だけどね。刺繍も貰ったし」
「あれは私の功績でしょう? お姉様が直接贈ったわけではないわ」
離宮にまで来てする話ではないだろうに、全く……。
ここら辺で止めておくかと思ったが、二人は急に周りの子供達にそれとなく視線を向けて彼らの表情を見て互いに頷き合っていた。
「テオドール様とアリアドネ様が……友達?」
「しかもアリアドネ様の刺繍を受け取った? そういう仲だということ?」
「さすがにフィルベルン公爵家の令嬢に勝てるわけない……」
あ、これは普通に周りを牽制するための会話だわ、と私は額に手を置いた。
大人げないことをするなと言いたかったが、そもそもまだ彼らは子供だった。
「今日の主役はエリック様よ。あまり騒いではいけないわ」
「はーい」
「ごめん、つい。面白くて……」
全く悪びれる様子のない二人。特にテオドール。
強くなりたいと言っていたけれど、強くなる方向性が違うような気もする。
というか、昔の腹黒第二皇子の片鱗を感じるのは私だけだろうか。
何にせよ、普通に仲良くしているのならそれに越したことはない。
騒ぎも収まり、子供は子供同士で領地の観光名所のことを話したり情報交換をしながら有意義な時間を過ごすことができた。
他の子供達も私に公爵令嬢として接してくれて、拍子抜けしたほどだ。
もしかして、アリアドネをバカにしていたのは一部の貴族だけだったのか? と思うほどである。
という感じで過ごしている間に離宮での時間は過ぎて帰宅することになった。
各々別れを告げて、私もセレネと一緒に迎えの馬車があるところまで歩いていた。
すると途中で奥の方に向かうテオドールの姿が目に入ってきた。
あちらは森のようになっていて建物は何もない。
「セレネ。皇帝陛下にテオ様が北東の奥の方に向かって行ったと伝えてくれるかしら?」
「良いけれど、お姉様は?」
「追いかけて引き留めるわ。お願いね」
セレネの返事も聞かずに私はテオドールの後を追う。
「確かこちらに行ったはずなのだけれど……」
一旦立ち止まり、周囲を見回して耳に意識を集中させると人の足音のようなものが聞こえてきた。
それほど離れていないようだ。
私は再び足を動かした。
「テオ様!」
ようやくテオドールの後ろ姿を視界に収め、私は声を出して彼に駆け寄る。
ゆっくりと振り返った彼の顔は恐怖が入り交じった表情で何があったのか不安になった。
「戻ってアリア!」
「え?」
テオドールが駆けてきて、私の腕が引っ張られて柔らかい衝撃が体を覆う。
すぐに彼に抱きとめられたと理解した。
顔を上げると、彼は前方を睨みつけているけれど、私を抱き留める腕は震えている。
「かっこいいねぇ」
「ここが離宮だと分かって侵入したの? 貴族の子供を狙って?」
「俺らの標的はそこの女だよ。機会を窺ってたらお前らが来た。それだけだよ」
「つーか、お前の姿が見られたから対象じゃ無くてそのガキが先に来たんだろうが。何かっこつけてんだよ」
「女も付いてきたんだから結果としては良いじゃねぇか」
(狙いはエリックではなく私。予想していたけれど、まさか本当にやるとはね。準備をしてきて良かったわ)
「動くなよ。そっちのガキは予定になかったが、運が悪かったな……」
「ガキ二人が暴れてもどうにもならねぇのは分かってるだろ? そっちの嬢ちゃんに怪我させたくなかったら大人しく付いてこい」
「連れて行くのは同じ場所で良いんだよな?」
「って聞いてる。向こうはコイツを連れてくることを知らねぇが、ガキに見られたら殺すしかないだろ? 向こうが連れてくる人間と一緒に処理させればいいって話だ」
衛兵の格好をした男達だが、口調からならず者ということが分かる。
手引きをした警備の人間がいるのか。
(分かるだけでも背後に一人、前方に二人。もしかしたら隠れているかもしれないし、ここは大人しく従った方がいいわね)
同じ場所、向こうが連れてくる人間という彼らの言葉を信じるならフィルベルン公爵が別の人間に私を誘拐するように頼んだと見ていいだろう。
あくまでもついでに処理しようとでも思ったのかもしれないが、余計な第三者を加えたら失敗する率も高くなるというのに。
まあ、最初から失敗するのは確定しているけれど。
だが、この場で殺されないと分かっただけ良かった。少なくとも身の安全は今のところ保証されている。
ここで抵抗して逆上されて殺されてはいけない。
「テオ様、付いていきましょう」
「でも」
「少なくともここで殺されることはなさそうですし、暴れて殺されるよりはマシです。それに向こうが連れてくる人間というのは恐らくエリック様のことでしょう」
「なぁんだ。誰が連れてこられるのか分かってんのか。聞いていたより賢い嬢ちゃんだな」
グッと歯を噛みしめたテオドールは私を抱き留めていた腕に力をこめた。
「……分かった。乱暴なことはしないで欲しい」
「それはお前ら次第だろ。じゃあ、行くぞ。途中で逃げようとか考えんなよ」
背中を押され、私とテオドールは彼らに引き連れられて離宮の裏から用意された馬車に乗せられた。
手足を縛られてしまい、窓はカーテンで閉じられて外を見ることはできない。
エリックが監禁される場所は廃屋だって言うし、密室なら私にとっても都合がいい。
警備のミスに関しては皇帝に任せるとして、私は私で準備を始めよう。
エリックが連れて行かれる場所と同じであればそこまで心配することもないだろう。




