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和解と仲違い

 一週間程経った日の夜、エドガーから目当ての物を仕入れた私は最後の罠を完成させた。

 罠の始まりを知らせる大事な手紙だ。伝書鳩にくくりつけて飛び立つ鳩を見送る。


(しばらく公爵はエリックを避けて屋敷に居なかったけれど、皇帝から注意されたそうだから今日の夜に帰ってくるはず。明日の朝に配置しておいてくれれば単純だからすぐに反応するはずだわ)


 数日前にフィルベルン公爵の執務室に侵入して目当ての物を適切な場所に移動させておいた。

 寝静まった後でそれを回収して、例の手紙をエドガーが門のところに置いてくれれば終了だ。

 また予想外の発見もあったので、あれはエリックにあげようと思う。

 上手く揺さぶられてくれたら万々歳だと思っていると、部屋をノックする音がした。

 ドアを開けると両手に色んな物を持ったセレネが申し訳なさそうな顔をして立っている。


「どうかしたのかしら?」

「これ、返そうと思って……」

「返す?」


 何のことか理解できなかったが、セレネが持っていた黄色のリボンを見た瞬間に把握した。

 彼女は今まで私、というかアリアドネにねだって貰っていったものを返しに来たのだろう。


「どういう心境の変化があったのかしら?」

「……狩猟大会のときにお母様や使用人の態度を見て私やお父様達が間違っているんじゃないかって思ったの。それで、改めてお姉様の悪いところが本当にあるのかって思うようになって。これまでのセレネの態度が合っているのか不安になって色々考えて」

「それで自分が間違っているということに気付いたと」

「うん。お父様達が言うからそうなんだろうって勝手に思い込んでお姉様を傷つけてた。本当にごめんなさい」


 疑問に感じてから理解するまでが早い。

 さすが優秀で人格者と謳われたフィルベルン公爵の孫なだけはある。

 長男も次男もそうだったから、そちらの血を継いではいたのだろう。

 いや、むしろセレネの父であるフィルベルン公爵だけが異質だったのかもしれない。


「過ちに気付いて謝罪しようとするのは勇気のいることだったでしょう。セレネぐらいの年齢の子供がそれに気付けるのは凄いことよ」

「今まで酷い態度を取っていたのに怒らないの?」

「怒られたいの?」

「……そうなのかも」


 ひとつの切っ掛けで人というのは変わるものだなと思った。

 いや、私もそうだったのだから上から言うものでもない。


「だったら、明日から家庭教師の授業をきちんと受けて知識を増やして世界を知るようになってくれればそれでいいわ」

「そんなことでいいの?」

「だってセレネは勉強が嫌いでしょう? 嫌いなことを真面目に取り組めというのは十分罰ではないかしら?」

「お姉様はセレネのことが嫌いではないの? あれだけ酷いことをしたのに」

「前までのセレネだったらね。でも今のセレネは違うでしょう?」


 まず、もう目が違う。

 気付いて改善しようとしている人に追い打ちをかけるようなことはしないし、する権利も私にはない。


「本当にごめんなさい……」


 セレネの目が潤んで今にも泣きそうになっているが、彼女は必死で泣くのを耐えようとしている。

 その姿を見た瞬間、自分の意思とは関係なくどこか安心したように感じる心があった。

 頭では別に安心なんてしていないのにだ。

 まるで、本来のアリアドネがそう感じているかのように。


(憶測だけれど、もしそうだったら良いわね。羨ましがる部分はあったとしても妹と和解したかったのかもしれない)


 良かったなと素直に思う。この子が生きていればもっと良かっただろうがこればかりは仕方がない。


「侍女も連れずに来てくれてありがとう。心配されるだろうからもう部屋に戻りなさい」

「待って。セレネはこれからもお姉様に話しかけない方がいいの? セレネはお姉様ともっとお話ししたい」

「気持ちはありがたいけれど、セレネと仲良くしていたらお父様達はどう思うか分かるかしら?」

「…………面白くないと思う。お姉様の味方が増えるのは嫌だと」

「その通り。そしてその矛先がセレネに向くわ。だから狩猟大会の時も言ったけれど今までと同じように接してくれればそれでいいの」

「分かった……。今はそうする」


 納得していないようではあったが、了承してもらえて良かった。

 今はという言葉が気になるけれど。


「では、おやすみなさい」

「おやすみなさい、お姉様」


 そう言ってセレネは自分の部屋に戻っていった。



 翌日、起床して食堂に行くと落ち着きのない様子のフィルベルン公爵と怒りで表情を歪ませている公爵夫人がテーブルに着いていた。

 気まずそうなセレネと我関せずなエリックも同席している。


「お父様もお母様もどうしたの? 何かあったの?」


 二人の様子に首を捻っていたセレネが空気を読んでか読まずにか質問を投げかけた。


「い、いや何……。ちょっと失礼な手紙が届いただけで、それを気にしているだけだよ」

「失礼な手紙ですか? 一体誰から? まさか皇帝陛下ではないでしょうね」


 怒り顔の公爵夫人が問いかける。

 単純な興味というよりは何かを詮索するかのような言い方に、私は上手く事が運んでいることにほくそ笑む。

 公爵が受け取ったのは封蝋に彼が没落させた子爵家の印璽が押された手紙。

 同じ印璽を手に入れるのは苦労したとエドガーがぼやいていた。


「皇帝陛下ではない。差出人の名前が書いてないんだ」

「あら、そうですか。けれど、知らない人からなんて怖いから調べてもらったらいかが?」

「こんなのただの悪戯だ! 調べるなんてとんでもない!」


 突然の大声にセレネは驚いて動きを止めたし、公爵夫人も目を丸くしている。

 エリックだけは涼しい顔をして朝食をほおばっていた。神経が太い人だ。


「私に向かって怒鳴るなんて……! よほどやましい内容のようですわね。私に罪を着せようとしたのがどなたかにバレでもしたのかしら!?」

「な、何を言っている! 何の罪を着せようと言うんだ!」

「しらばっくれて……! 知っておりますのよ。狩猟大会で私があの子を森に置き去りにするように命じたと陛下に手紙を書いていたではありませんか!」

「はあ!? 証拠はあるのか!」


 強気な態度でフィルベルン公爵は言っているが、目が泳いでいるし顔も真っ青だ。

 まあ、事実だからそうなるだろう。


「持ってきなさい!」


 こちらも強気な公爵夫人は侍女に証拠を持って来るように命じるが、残念ながらその証拠はもうない。

 私が昨晩の内に回収したから。

 単純な人間はちょっと突くだけで話を盛り上げてくれるから助かる。

 少しして、公爵夫人の部屋から戻ってきた侍女が青ざめた顔で食堂に入ってきた。


「奥様……手紙がございません」

「何ですって!? 引き出しに入っていたでしょう? どこを探しているの」

「そちらの引き出しを見て見たのですがございませんでした。他の場所も探したのですが同様で……」

「ふんっ。ほらみろ。証拠がないではないか。よく証拠もなく私を責め立てたものだ。たかだか伯爵家の出身のくせに四大名家に嫁いで自分まで偉くなったと勘違いでもしたのか。図々しい」

「何ですって! あなたこそ、二十年前の事件がなければ公爵になどなれなかった人間なのに何を偉そうに……! 爵位がなければ誰があなたなんかと結婚するものですか!」


 エリックもいるというのに、二人はもう周りが見えていないらしい。

 ここまで上手く行くなんて、フィルベルン公爵の執務室を家捜しした甲斐があるというものだ。

 私がやったとは露程も思わないだろうが、一応怖がっている演技でもしておこう。

 でも巻き込む形になって申し訳ないなとセレネを見ると、彼女は冷めた目で夫妻を一瞥すると何事もなかったかのように食事を続けた。

 この子も強い。


「大体、あなたは私に大きな借りがあるではありませんか! あなたのせいで私はしなくても良い苦労をさせられたのをお忘れなのですか!?」

「あれはお前が大袈裟に反応したのが原因だろう! 嫌がらせくらいで体調を崩すなんて」

「嫌がらせぐらい、ですって? わざわざ私と仲の悪い女に手を出しておきながらよく言えたものですね!」

「お前とは違って彼女は従順で謙虚で私を立ててくれたからな! お前といてもヒステリックに喚くわ散財するわ好き勝手して心が安まる暇なんてなかったんだ!」

「だからって不倫して良い理由になんてならないでしょう! それも妊娠中になんてありえませんわ!」


 あらあら……。必死に隠していたのに暴露するなんて。

 セレネもエリックもギョッとして食事の手が止まっているではないか。


「失礼ですが、まさかそれが理由でアリアドネ嬢に辛く当たっていたのですか?」


 心底呆れた様子でエリックが問うと、二人はようやく人がいることを思い出したのか一気に勢いがなくなった。


「いや……それは……」

「そうです。この人はその子を妊娠中に不倫しておりましたの。その不倫相手から私は嫌がらせを受けてそのせいで産後に体調を崩してしまったのです。相手が没落してくれたので溜飲は下がりましたが、恨みは今もありますわ」

「おい!」

「別に私は一切困りませんもの。恥をかくのはあなただけですわ」


 冷たい視線をフィルベルン公爵に向けてどこか勝ち誇った顔をしている公爵夫人。

 アリアドネを差別していたのは彼女も同じなのだから同罪だというのに大した自信だ。


「客人の前で言うとは何事だ! タリス男爵もタリス男爵だ。他人の家の事情に口を出すなど」

「皇帝陛下からの命ですから、聞く必要があったと判断したまでです」

「まさか報告するつもりか?」

「その必要があればそうします」


 口調に多少の苛立ちが感じられる。

 こんな人間がフィルベルン公爵を継いだなんてなどと思っていそうだ。

 対して公爵は皇帝に報告するかもしれないと知って狼狽えている。

 それはそうだろう。公爵が手を回して相手の子爵家を没落させた原因を作ったと知られるのは困るだろうから。

 だが、エリックに不信感を与えるのには成功した。後はこれでこの場にいる使用人をフィルベルン公爵が解雇してくれれば次に進める。

 見終えて満足した私はさっさとその場から立ち去った。

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