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狩猟大会のその後

 狩りに出ていた大人達が戻ってきて和気藹々と結果を見ながら談笑している最中、皇帝がフィルベルン公爵夫妻と私を自分達のテントへと呼び出した。

 中に入ると皇帝とクロード、それにエリックが張り詰めた空気の中で私達を待っていた。

 何を言われるのか全く分かっていないフィルベルン公爵夫妻は友好的ではない空気に戸惑いを隠せないでいる。

 心当たりがなさそうな公爵夫妻の様子を見て皇帝はため息を吐き出しながら口を動かした。


「なぜ呼び出されたのか分かるか?」

「え? いいえ……。狩りの最中に獲物を横取りしてしまったのでしょうか?」


 フィルベルン公爵の返答に皇帝は頭を抱えて項垂れた。

 ここまで話が通じないとは……と思っているのだろうか。


「一体どうなされたのです? 娘まで呼び出すとは、まさか娘が何か失礼をしたのですか?」

「確かにこの子はセレネの馬を奪って森に入りましたが、それはこの子が勝手にしたことで」

「……森に入ったことを知ったのはいつだ?」

「あの……すぐにセレネが泣きながらテントに戻ってきましたので」

「では直後には知っていたということだな」

「はい。なんということをしでかしたのだと頭が痛くなりましたわ」


 頬に手を当てて困ったものです、とフィルベルン公爵夫人は述べているが、皇帝やクロード、エリックは目を鋭くさせている。

 私が余計な口出しをしなくても皇帝から雷が落ちそうだ。


「ならば、なぜ私に何の報告もしなかった。知らせが入ったのはあの現場で乗馬の練習をしていたプロッグ子爵の従者からだ。今に至るまでフィルベルン公爵家から何の音沙汰もないとはどういうことだ」

「娘が勝手にしたことを報告するまでもないと思ったのです」

「その娘は皇位継承権を持っているのにか?」

「持っていても第六位ではありませんか。そこまで影響はございませんでしょう?」

「影響があるなしの問題ではない! 皇位継承権を持つということはそれだけで尊い存在であるということだ! なのにその家は私に何の報告もしない。皇室を軽んじていると思わざるを得ないな」


 皇帝の言葉を聞いた私はそうだった……と初めて気付いた。

 先代皇帝の弟の孫なのだから当然皇位継承権を持っている。二十年前は皇族も今よりいたこともあるし、何より私はアリアドネ・ベルネットとしての意識の方が強い。

 だから、皇位継承権を持っていることが頭からすっぽ抜けていた。

 フィルベルン公爵夫妻も全く思い至ってなかったのか青ざめている。


「そのようなことはございません! 我が家の揉め事をわざわざ陛下にお知らせする必要もないと思ったのです!」

「そうでございます! いつもセレネを虐めているので、今回も同じだと思ったのです!」

「公爵達の行動や言動を考えるとセレネを虐めているというのも本当かどうか分かったものではないな」

「そんな……! 私共は陛下を軽んじてなどおりません! 私共の言葉を信じて下さい」

「報告が無かった時点で信用することなどできん」


 とりつく島もない様子にフィルベルン公爵夫妻は怯えて黙ってしまった。

 二人が静かになったのを見ると皇帝は優しげな笑みを浮かべて私に視線を向けてくる。


「森の中に入って怖かったことだろう。怪我もなく無事で良かった」

「リーンフェルト侯爵がすぐに見つけて下さったおかげです。それにテントまでタリス男爵がついていて下さったので心細くもありませんでした。改めてお礼を申し上げます」


 二人に向かって頭を下げるが、皇帝は苦笑しながら口を開いた。


「皇位継承権を持つ者がそう簡単に頭を下げてはならぬ」

「申し訳ございません。あまり皇位継承権を持っていることを考えたことが無かったもので……」

「む、娘は勉強嫌いでマナーの授業もサボりがちでして……! ですので不出来な部分があるのです」


 決して自分達が教えていなかったのではないと見苦しく言い訳を繰り出すフィルベルン公爵。

 彼に向ける皇帝の眼差しはそれは冷たいものであった。


「その割に言葉遣いや所作は申し分ないが? 以前からそなたらのアリアドネに対する態度には思うところがあった。だが、今日のことを踏まえると娘のことを心配もせず必要な教育もせぬそなたらにこのまま任せておいていいのか疑問が残るな」

「陛下が不安に思わぬよう縛ってでも教育を受けさせますので、どうか……」

「縛って受けさせる教育に何の意味があるというのだ。虐待とも言えることを口にするそなたらの言うことは信用できぬ」

「虐待などしておりません!」

「では、それをどう説明する? 私が何も知らぬと思うなよ。アリアドネが公爵家でどういった扱いを受けているのか全て耳にしている」

「それはセレネを虐めた罰にございます! 本当に我が儘で陰気でどうしようもない子供なのです!」

「そうか? 私の目の前にいるアリアドネはとてもそうは見えぬがな」


 背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見る姿。皇帝に怯えることなく自分の口で淀みなく言葉を発するところを見たら、どこが我が儘で陰気なのだと思うだろう。

 私の扱いの悪さを知っていたというし、その環境下で良くやっている、という評価になるのではないか。

 私が何も言わなくても勝手に墓穴を掘ってくれるから助かる。

 後ろめたいことしかない人達だから余計にだろうが。


「娘は外面が良いのです。家では酷いものなのです。本当に家での娘を見ていただきたい」

「ならばそうしよう」

「はい? そうしようとは?」

「そなたの言うことが真か、私の耳に入った噂が真か確かめよう。ここにいるタリス男爵をフィルベルン公爵家に送ろうではないか。外面が良いと言うのであれば常に側にいれば仮面も外れよう」

「お待ち下さい! タリス男爵は財政部に所属しているはずです。陛下やタリス男爵のお手を煩わせるわけには参りません」


 実際に見られたらアリアドネを差別していることが分かってしまうのでフィルベルン公爵は必死だ。

 私としては個人行動が取りにくくはなるが、フィルベルン公爵が簡単に手出しできない状況になるので歓迎だ。

 生前は腹黒皇子だの言っていたが、やはり皇帝になるだけあって優秀な人である。

 決断力とすぐに実行に移せる柔軟な思考。この人が皇帝でいる限り、帝国は安泰だろうな。


「タリス男爵は北部での仕事を終えているし、しばらく休暇を取らせる予定だったから心配はいらぬ。優秀な男だからアリアドネの教育も任せれば良い。そなたの言うことが真であればアリアドネは妹を虐められぬし、大人しくしてくれるのだから助かるだろう?」

「あ……ぐ……」

「その代わり私の耳に入った噂が真であった場合、アリアドネは然るべき家に預ける。良いな?」


 問いかけてはいるものの、有無を言わせぬ強い口調。

 初めからエリックをフィルベルン公爵家に送りこむためにやったことだろうな。

 このようなことになるのであれば家具や服を買うべきじゃなかったなと私は後悔した。

 けれど、ボロを出すのは私ではなくフィルベルン公爵夫妻。

 エリックの力を借りれば、遠からず私はあの家から離れることができる。

 策士だなと思って見ていると、決定事項だということに気付いたのかフィルベルン公爵はガックリと肩を落として口を開いた。


「……承知、致しました」

「では、明日タリス男爵にはフィルベルン公爵家に向かってもらう。使用人の数は帝国でも一番多いのだから客室の準備はすぐにできるであろう」

「え? 私の屋敷に滞在するのですか!?」

「当たり前であろう。金のことならこちらで工面するから心配には及ばん」

「は、はい……」


 滞在するとなると誤魔化す術が思い浮かばなかったのだろう、フィルベルン公爵は呆然としている。

 公爵夫人も唖然として夫の顔を凝視していた。

 そして私は心の中で祝杯を挙げたのだった。

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