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狩猟大会①

 入念に準備を進めて、ついに狩猟大会の日がやってきた。

 私の予想通り、フィルベルン公爵は狩猟大会出席の許可を出してくれた。

 なるべく動きやすく収納が多い服を選び、準備した物を仕込んでおく。

 狩猟大会の場所は皇都から少し離れた大きな森が広がっている平地。

 そこまでは馬車で行くのだが、フィルベルン公爵夫妻達は豪華な馬車で、私は一人だけ別の馬車で行くようにと告げられた。

 別の馬車といっても公爵家に相応しい外観の馬車ではあるし、あの家族と同じ馬車など遠慮したいのでむしろ好都合である。


「お姉様はお一人で可哀想に……」

「人数の関係上、仕方がないわ。気にせず行きましょう」

「はぁい。お姉様、また後でね」


 満面の笑みで手を振るセレネに私は愛想笑いを浮かべて手を振った。

 一人だけ別だということに私が抗議しなかったからか、セレネは首を傾げていたが公爵夫人に急かされて慌てて馬車に乗り込んでいった。

 私も馬車に乗り、公爵達の乗った馬車を追いかける形で出発する。

 狩り場までは距離があるので、その間に私は何をどこに入れたのかの確認を済ませておくことにした。

 それも終わり、頭の中でいくつもの起こりうる可能性を思い描いては対応策を考えている内に、外の風景が自然豊かな風景に変わっていく。

 ほどなくして馬車は止まり、降りても案内が来なかったため仕方なくフィルベルン公爵達の後を黙って付いていく。


「あれがフィルベルン公爵家のセレネ様? 公爵夫人に似て可愛らしい方ね」

「公爵も公爵夫人もあのように笑いかけるなんて、とても可愛がっていらっしゃるようですね」

「アレス様も相変わらず凜々しいお顔立ちをされておりますし、目の保養になりますわ」


 側に居た他の貴族のご夫人方の声が嫌でも聞こえてくる。

 いつもは我が儘なセレネも初めての場所で緊張しているのか口数は少なく、お蔭で顔の可愛らしさもあって評判は良さそうだ。

 あの家族は外面だけは良いらしい。

 そうして次に耳に入ってきたのは、後ろを歩く私。アリアドネに対してのものだった。


「あら、アリアドネ様もいらしていたのね。相変わらず辛気臭、くない……?」

「何か雰囲気が変わったような? あのような所作ができる方だったかしら?」

「ええ。いつもはオドオドしていらしたのに、まるで公爵令嬢のように見えますわね……」


 まるでもなにもアリアドネは正真正銘の公爵令嬢だ。

 以前の自信のなさからくる雰囲気などから他の貴族にも下に見られていたというのが良く分かる言葉である。


「ですが、以前と同じで公爵やご家族からは認められていないご様子ですわね」

「フィルベルン公爵が愛妻家なのは周知の事実ですもの。命を脅かしたご令嬢を許せないのも無理はありません」

「名前からして明らかですものね。『アリアドネ』など……。あのような人間の名前を付けるのですから、公爵の怒りは相当なもののようですね」


 あの男が愛妻家など鼻で笑ってしまう。

 名前だけで愛されていないことが分かるのだから、アリアドネは自分の名前が心の底から嫌だったのだろうに最後は私のようになりたいとまで思うまでになっていた。

 彼女をそこまで追い詰めた人達にはやはり何らかの仕返しはしたいと改めて感じた。


 そうこうしている内にフィルベルン公爵家のテントに到着する。

 大きなテントの横に、一人用の小さなテント。

 どちらがアリアドネ用かなんて言われなくても分かる。

 人前でこれ見よがしに嫌みったらしく言われる前に移動しようと、私はさっさと一人用のテントに入った。中にはソファーひとつと申し訳程度の照明のみ。

 給仕もいない。


「これで私を傷つけられると思っているのだから、舐められたものだわ」


 むしろ一人の方が私としては楽なので、何の攻撃にもなっていない。


「一休みしたら散歩にでも出かけようかしら」

「散歩!? お姉様が外を一人で出歩くなんてダメに決まってるでしょ!」


 いつ入ってきたのかセレネの大声に私はこめかみを押さえた。

 なぜこの子はこうも姉に対して上から目線なのか。


「少し外の様子を見てみるだけよ」

「じゃあ、お姉様が失礼なことをしないようにセレネも行くわ!」


 それはむしろセレネの方ではないだろうか。

 この子と出歩くなど私の忍耐力が試されるだけで良いことはひとつもないが、断ったところでこの子は絶対に引かないだろう。

 外の様子は見ておきたいし、見つかってしまったのだから諦めた方が良さそうだ。


「分かったわ。では行きましょうか」


 狩りが始まる前にクロードとエリックの顔を見ておきたい。

 あとは貴族の力関係も確認しておきたいし、誰と誰が仲が良くて悪いのかも。

 ソファーから立ち上がった私はセレネの横を通り過ぎて外に出た。


「勝手に行かないでよ! セレネの前を歩かないで!」

「ついて行きたいと言ったのは貴女でしょう?」

「私に命令しないで!」

「はいはい」


 無駄な言い合いに時間をかけたくはない。

 子供相手にムキになるのも大人げないし、流しておこう。


「それでセレネはどこに向かうつもりなのかしら?」

「テオドール様に会いに行くのよ」

「テオドール様?」


 一瞬誰のことかと悩んだが、すぐにリーンフェルト侯爵家の跡継ぎだったことを思い出した。

 クロードの顔を見ておきたかったからちょうどいい。


「じゃあ、案内してくれるかしら」

「ふんっ。こっちよ」


 私に命令されるのは嫌でもテオドールには会いたいのか、セレネは態度に出しても口には出さずにズンズン進んでいく。

 どうやら彼女はテオドールのことが好きなようだ。

 公爵令嬢の自分には皇太子妃が相応しいとか思っていそうだと想像していたので、そこは少し意外だった。

 少し歩いて行くとフィルベルン公爵家のテントと同じくらいの大きさのテントの前に到着する。

 家紋の入った旗が前に立てられているので、ここがリーンフェルト侯爵家のテントで間違いなさそうだ。

 近くのテントも確認してみると、エリックがいる男爵家のテントも発見した。


「テオドール様!」


 突然、名前を呼んで駆けだしたセレネ。

 進行方向を見ると、銀髪の大人しそうな少年が居て、彼はセレネの顔を見て少し怯えているように見えた。


「フィ、フィルベルン公爵令嬢……」

「もう! セレネと呼んでください」

「いえ……僕は……」

「でもお会いできて嬉しいです! ずっとテオドール様に会いたかったんですよ?」


 テオドールの言葉はほとんどセレネの耳に届いていないようだ。

 端から見ると相性が悪そうだと思ったが、側で見ていた貴族達は微笑ましそうに二人を見つめていた。

 保護者はどこにいるんだと周囲を窺うが、クロードらしき人物の姿は見当たらない。


「リーンフェルト侯爵はこちらにはいらっしゃらないのですか?」

「テオドール様に話しかけないで!」

「気になったから聞いただけでしょう? ただの質問じゃないの」

「お姉様!」


 責めるセレネと私の顔を交互に見ていたテオドールはおずおずと口を開いた。


「リーンフェルト侯爵は皇帝陛下のところに行っています。狩りが始まるまでは戻ってこないかと……」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「セレネを無視しないで!」

「ここは屋敷ではないのだから、もう少し声を抑えなさい」


 常識の範囲での注意だったが、途端に周囲がどよめいた。

 テオドールなど信じられないものを見るような目で私を見ている。

 あのアリアドネが家族からの愛をこれでもかと受けるセレネに言い返したとでも思っているのだろうか?

 だが、私の考えていたこととはどうも違うらしいと貴族の口ぶりから分かることとなる。


「姉と呼ばれていたということは、アリアドネ様よね? 以前とは印象が違うような」

「あのようにセレネ様にしっかりと注意なさることができるんですね」

「随分と落ち着いた雰囲気で公爵令嬢らしくなられたようで……。公爵夫妻もようやく令嬢の教育に力を入れたということかしら?」


 贔屓目に見てもセレネの行動は許容されるものではなかったようだ。

 きちんと注意をした私の評価が上がったのが見て取れる。

 貴族達の会話はテオドールに夢中なセレネには聞こえていないようで、彼の腕にしがみついてフィルベルン公爵家のテントに招待しようと必死になっていた。


「セレネ……。テオドール様もお忙しいでしょうから無理を言ってはいけませんよ」

「あ、いえ。大丈夫です。すぐには無理ですけれど、後で伺います……」

「本当に!? ほら、お姉様。テオドール様はセレネのために時間を作ってくれるんですって!」

「そう。良かったわね」


 セレネの挑発に乗らずに流すと、またもや彼女は首を傾げている。

 自分の思った反応を私が返さないから不思議なのかもしれない。

 だが、それも一瞬のことで彼女はテオドールに視線を向ける。


「それじゃあテオドール様。待っているから、絶対に来てくださいね!」

「ええ……」

「約束ですよ!」


 ウフフと笑いながらセレネは「早く帰りましょう! お母様に準備するようにお願いしないと!」と足早に我が家のテントの方へと戻っていった。

 クロードの顔は見られなかったが、エリックがいる男爵家のテントの場所は確認したし今はこれでいいだろう。

 本当に自分勝手な子だと呆れながら、迷惑を被ったテオドールに対して頭を下げて彼女の後を追った。

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