71話
「……え?」
この人下級魔法しか使えないのに杖持ってやってきたの?
「いや、詠唱をしてしまえば発動できるのだがな。やはり優れた姉は魔法を無詠唱で出来なければならないだろう?」
思わず声を上げた俺に対し、麗奈さんは怒り狂って斧を振り回しているデゼルの相手をしながら説明してくれた。
「つまりどういう理由ですか……?」
しかし、理屈が一切分からなかった。既に優れた姉なんだから魔法に手を出す必要なんてないでしょうに。
「無詠唱で最上級の魔法を使える姉はカッコいいから練習しているということだ。そして練習は実践が一番効果的ということでこの男で練習しているというわけだ!!」
「ええ……」
無詠唱は詠唱ありで魔法を撃つよりも難易度が数段高いとされている。
その分今の麗奈さんのように同時に無数の魔法を放つ事が出来る為、最終的には全魔法使いは無詠唱で魔法を撃てるようになることを目指す。
だから練習するというのも、実践の方が練習効果が高いというのも間違っておらずある意味では正解である。ただしその結論を実行しようという思考回路はあまりにもバグっている。
「おっとそうだ、ここに怪我人が居るではないか!つまり同時に複数種類の魔法を撃つ練習をする絶好の機会だな」
と呆れ果てていると、麗奈さんは戦いながら俺に対して回復魔法を飛ばしてきた。
確かに出会った時は怪我人だったけどさ。二人の戦いを見ている間に全回復してしまっているんですよ。見れば分かるでしょあなた。
デゼルの相手をするのが余裕だからって同時に別の対象に異なる魔法を撃ち分ける練習がしたいだけでしょうが。
もう知らないこの人。
「出た」
それから10分後、麗奈さんは中級の氷魔法である氷の矢を無詠唱で撃つことに成功した。
『ぐっ!』
いくら防御力が高そうな職業スキルの【戦士】だったとしても中級の魔法はノーガードだと無傷というわけにもいかないらしく、若干だが痛そうにしていた。
「なるほど、ああすれば中級魔法は撃てるのだな。このまま続けてみよう」
「え……」
それから何回か中級魔法を無詠唱で撃つことに成功していたので完全に中級魔法に切り替えるのかと思いきや、下級魔法の数は変えずに中級魔法の数を下級魔法の数と同等まで増やしていた。
いくら無詠唱なら複数同時に発動できるとは言っても大量に発動するのはちゃんと難しいんですが。
『なっ!!』
下級魔法なら千発でも1万発でも無限に受け止められたデゼルも、中級魔法は流石に反応して防御の体勢に入っていた。
「なるほど、これでも防御されると無傷で収まってしまうのか。レベルで言えば大きな差は無い筈なのに不思議な話だ。防具が強いモンスターから作った良い物なのだろうか」
デゼルが異世界出身だと知らない麗奈さんは中級魔法でもダメージが入っていない状況を不審に思いつつも、絶え間なく魔法を放ち続けている。
中級魔法をノーガードで受け止めながら近づくことは出来ないらしく、麗奈さんの攻撃をひたすらデゼルが耐え続けるという光景が30分程続いていた。
『何故だ!何故MPが無くならない!!!』
「ほう、それが狙いだったのか。残念ながら中級魔法の連打程度であれば24時間は持つぞ」
「24時間……?」
最初の頃は下級魔法だけを秒速5発とかそのレベルで連射しているだけだったからレベルが高ければ本当に24時間持つかもしれないけど、今は秒速50発くらい撃ってますよね?どう考えてもそんなに持つわけないと思うんですが。
「ああ、練習のために権力にものを言わせてMPの消費量をひたすら抑える装備で固めてきたからな。その代わりに威力は通常の半分程度に落ちてしまうが」
「どんな装備なんですかそれ」
いくらMPを節約できるとはいっても秒速50発の魔法を放っても大丈夫にはならないと思うんですが。
「私にもよく分からん。部下にどれだけ金を使っても良いからとにかく魔法を連発してもMPが枯渇しないような装備をくれと言ったら今の装備を渡されたんだ」
「部下の方凄いですね……」
いくら金を使えるとはいっても、ここまでの性能の装備を準備するのは大変だったと思う。
「私の部下だからな。おっと、上級魔法が発動出来たぞ」
なんてことを話していると、遂に上級魔法の氷の刃が撃てるようになった。
『上級、だと……!?流石にこの量は……!!』
流石のデゼルでも秒速25発の上級魔法には耐えきれなかったようで、食らい始めてから1分後には完全に戦闘不能になっていた。
「時間はかかりすぎたが終わったな」
「そうですね。とりあえず皆の所へ戻りましょう」
「そうだな。待ちくたびれている頃だろうしな」
皆の戦っていた所へ戻ると、
「遅かったわね。一体何をしたらそこまで時間がかかるのかしら」
と地面に座って休んでいた杏奈さんに声を掛けられた。
「悪い悪い、妹よ。デゼルと戦った後に二人で妹の卒業アルバムを見ていてな。完全に忘れていた」
正直に練習していたと言うのかと思いきや、麗奈さんは適当な嘘をついた。
「……見せたの?」
杏奈さんは卒業アルバムが弱点なのか、凄い形相で麗奈さんを睨んでいた。
「冗談冗談。単にデゼルがしぶとくてな。完全に倒しきるまでに時間がかかっただけだ」
「……そう。分かったわ」
杏奈さんは麗奈さんが何かを隠していると勘付きながらも、何も言わなかった。
「んで、氷浦、吉良、そっちはどうだったか?」
「キルケ―!!!!!」
麗奈さんがイザベルさんと杏奈さんの近くに座っていた二人にそう聞くと、誰がどうみても魔法使いだと答える典型的な魔法使いの恰好をした少女が大きな声で訂正した。
「悪い悪い、キルケーキルケー。で、そっちに向かった10大ギルドの長達は強かったか?」
「全く。30人全員の魔法で集中砲火したら一瞬で終わったわ。だから早々に部下だけ帰してこの子達と待っていたの」
キルケ―と呼ばれた少女は、自信たっぷりに胸を張ってそう言った。
「僕たちの方はキルケ―さんの所程早くはなかったけど、何事も無く倒しきったよ」
「そうか。待たせて悪かったな」
「あの、キルケーさんって何者ですか?」
異世界人がリーダーを務めている10大ギルドの一つを一瞬で倒したので相当強いギルドの人だってことは分かるけれど、キルケーという名前もこの人の顔も見た記憶が無かった。




