激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハート
「ドナー」牛さんが激しい音に驚いてドナドナと鳴いた。
「どうどうー。って、すごい音だな……」
必死に荷馬車の牛を眺めつつ、オージーがその威力に飽きれている。
「地形が変わっとるがや……」
見れば木が横たわった場所一体が更地になっていた。
家を更地にするにはとても便利なことだろう。
周辺住民には多大な迷惑が係るかもしれないが。
これでは野盗がいたとしても、間違っても関わろうとは思うまい。
なにしろあれだけの破壊力だ。強力な魔術師がこちらにいるという示威行為としては最高のものだろう。
やりすぎだとは思うが、安全が買えるなら安いものだ。
「ちなみに、まだ魔法は使えるか……」
「あは☆ がんばったからもう無理だよ……」
あの魔法陣は重たいものを据え付けるための錬金術だったのだろう。
そして魔道で何かを飛ばす魔術――。
MPを大量消費したのか?
そんな中、シーナを見ると頬から汗が伝っているのが見えた。
さすがに十六夜の所業に焦ったのだろうか。
シーナの瞳は上空に向いていた。
いったい、そこに何があるというのだろうか?
オージーもその視線の先を見る。
そこは青い空だ。白い雲がゆっくりと流れている。
その雲にまじり、黒い点が見えた。
あれはなんだろう。オージーは≪探索≫スキルに引っかからないそれを注視した。
オージーは野武士(Ranger)であり、魔術師よりも魔力を感じることはできない。だが感じないわけではないのだ。《身体強化》といった基本的なスキルの中には、魔力|を消費するものもあるのだから。
しかし、隠されていて見えなかったそれを一旦視認すればその強大さは隠していても分かる。
なぜいままで、それに気づかなかったのだろう。
黒い点はやがて人の形となり、地面に降りてきた。
拍手をしながらである。
いったい、何者であろうか。
それは魔人の男であった。
「貴方はいったい……」
一歩、前にでたシーナが魔人に問いかける。
なさけない、とオージーは思った。
本来はその立場は自分がしなければならないのに。
絶対強者に立ち向かう勇敢さを止めるべきか、成り行きを見守るべきか……。
「おとーさん……」
オージーの後ろには十六夜がいる。迂闊に動けない。
ちなみに、牛さんは魔人の威圧で気絶していた。
「ふはははー。見事だ。稀代の錬金術士、乙女鉱山のシーナ・マーヤ・コーフよ……」
きれいにつま先から着地した魔人は拍手をしながらシーナのことを褒めたたえる。
「貴方は一体……」
「ジャック・ザ・ハート。そういえば分かるか?」
「激情を司る魔王ジャック・ザ・ハート! なぜそんな強大な魔王が!」
激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハート。その名をこの世界で知らぬものなのどいない。
魔王の力は七大魔王とされる、魔王たちの集会の中で攻撃力最大を誇り、人の土地を冒す侵略者である。
物事を破壊することに特化した力、闇炎系の攻撃術式は≪不死≫の能力と共に恐れられていた。
何しろ暴食之魔王たる魔王、夢之崎ベルと合わせて人の住む領域を1/3以下に縮めてしまうほどだ。
最近領土を押し返しているという話も聞くが、奪われた領土を全て取り返すのはおそらくは不可能だろう。
「なぜそんな有名人が、こんなところにいるのよ?」
「それはキミに会いたかったからに決まっているだろう?」
それはJ-POPで恋焦がれる乙女のようだ。
「へぇ……。わたしってモテモテなのね?」
そう言いながらも油断なく杖を出してシーナは身構える。
シーナがもつ最強の魔杖≪安全なトドメ刺し器≫だ。
「あぁ、会いたかったよ。その魔法の威力――、ただの人形ですらあの威力だ」
魔王ジャックは指を示す。
そこにはかつて倒木があったクレーターが広がっている。
十六夜が、「ひぃ」っと小さな声をあげた。
人形という言葉に反応したのだろうか。
「あぁ、そこにいた野盗のことか? 皆殺しにしておいたから安心しろ。死体も残していない。やつらの会話は聞くに堪えなかったからな」
何気に恐ろしいことをいう魔王ジャックにオージーは警戒を解くことができなかった。
右足に力を籠める。いつでも動けるように。
「あぁ、そこのヤツ。変な動きをしたらシーナの身内でも殺すからな?」
それを魔王ジャックに咎められ、オージーはその動きを止めた。
その魔王ジャックはまるで恋人に話しかけるように情熱的にシーナに近寄っていく。
「なんで俺がここに来たのか分かるか?」
「さあ? 知るわけないでしょ?」
「カタルニ民国国境線大爆破事件――」
シーナがピクリと震えた。何か知っているようだ。
その震えに、魔王ジャックが大きく頷く。
「どうやら、その爆発力のすごさに知らない間にその爆発事件の主犯が俺になっているとか。あくまで噂であって誰のせいかは分からないが、なぁシーナ? 誰がやったか知らないか?」
「さぁ、誰なんでしょうねぇ――」
シーナは手を広げてとぼけて見せた。額には汗――
さすがにここまで言われれば察しの悪いオージーでも、これはシーナがやったのだろうなと雰囲気からして理解できた。
きっと何かシーナ―がやらかしたのだろう。
いままでの行動を見ても容易に想像できる。
「あぁ、別に俺のせいにするのは構わないよ。これからもどんどんと俺の名のもとに破壊していくがいい。破壊活動――俺は賞賛するね。ぞくぞくする」
手放しで喜ぶ魔王ジャックに、シーナは困惑する。
要は、魔王の先兵となってもっとやらかせと言いたのだろうか。
そんな、いるだけでシーナは破壊の限りを尽くすニンゲンだとでも魔王は思っているのか――
「そのうえ、ダンジョンで会おうと思って待ち伏せしていたら毒ガスで俺のこと殺しやがって、そのうえ念入りにダンジョン崩しまでして……」
そこまで聞いて、オージーは青ざめた。
その程度でシーナに注目するのはなぜだろうと思っていたが、そりゃ怒るに決まっているだろう。
人は殺されれば死ぬ。魔王も同じだ。
魔王だって殺されたら怒るだろう。
死んだとしても生き返る不死の魔王はこれだから困るのだ。
シーナが討伐依頼し直後からやたらテンションが高かったのはそのせいだったのかと腑に落ちた。
おそらくシーナはウィンドウシステムでメッセージウィンドウを見ていたのだ。
(システム:激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハートを倒した)
そんなメッセージが出ていたら、情緒不安定になるに決まっている。
そしてオージーも思うところがあった。あのとき、なぜあれほど一気に自身のレベルが上がったのかと。それはダンジョンに大量にモンスターがいたから、という理由ではななく、いつの間にか魔王殺しをしていたからだったのだ。
「――いいえ、違うわ」
「ほほう。否定するのか?」
それを――、シーナは先ほどの爆発事件と同じく否定してみせた。
あくまでしらを切るつもりなのだろうか。
「毒ガスじゃなくて二酸化炭素だからね。アンモニアやハロン1301と違って冷媒としてクリーンな二酸化炭素(CO2)よ! もしも毒ガスを使うなら効率よくブロムメチル(CH3Br)とかたっぷり使うわよ。土壌燻蒸も一緒にできるし!」
「えーっと……。なるほど、ともかく毒ガスじゃないことは分かった」
魔王ジャックは化学が苦手のようだ。
その隙に、オージーはシーナを庇うように魔王ジャックの前に立ちはだかった。
「あぁん。三下が何をする気だぁ」
「あのダンジョンで二酸化炭素とやらを注入したのはこの俺だ。怒るなら俺を怒るがいい!」
「お前! 中二かっ!」
「だめよ。それを言うなら二酸化炭素を提供したのはわたしだわ。あれはもともと――わたしの息だもの」
そんなやりとりを聞いた魔王ジャックのこめかみに青筋が浮いた。
どうみてもいちゃついているようにしか見えない。
「黙れお前ら! こうなったらお前ら二人とも祝福してやる!」
魔王ジャックは手を翻す。
魔王ジャックはシーナとオージ―に何かをするが、二人とも突然のことに回避ができない。
なにか光るモノを振りかけられたようだが、いったい何をするというのだろうか。
「お前らが仲が良いということは分かった。シーナは俺の物にしようと思っていたのだが、どうやら無理そうだな。ともかく種は捲いた。せいぜいこれからもやらかしてくれ」
いうや、魔王ジャックは踵を返そうとする。
「まさか――逃げるというの?」
「あーー。そういえば、この前シーナが王都に連れてきたイージンって剣士はどうなったかな……」
ここに来て魔王ジャックは意味深なことを言った。
まさか、あの時シーナと一緒にいた、イージンという剣士を魔王ジャックは人質にしたのだろうか?
「あなた……。まさか……」
「まさかどうしたというのだね? シーナ」
「殺したりしないでしょうね?」
「ははは。まさか? ヤツは死神の薫陶を受け、黒い剣を手中にする生粋の中二だぞ。丁重に面白いスキルを与えて育てているところだ――」
「育てる? 貴方はイージンの所持する剣をなぜ知っているの?」
「さてなぁ……」
そして魔王ジャックは去っていく。
シーナはその彼を追えない。エリアサーチ系などの高度な術式は錬金術士では使えないのだ。
オージーはそのままの姿勢で、一分くらい静止していたがようやく助かったと安堵した。
「煽るなシーナ。あそこで戦闘していたら全滅していたぞ?」
「そうかも知れないけれど……。魔王をそのままにするとか……」
どうやらシーナは正義感が強いようだった。
「《鑑定》――。なるほど」
「ん? 何が分かったんだ?」
「彼は《魔王ジャックの加護》を称号にわたしたちに贈ったようね。所持しているだけでMAG値が約1.2倍になるパッシブスキルか……。やってくれる――」
「それは良かったんじゃないのか?」
ほぅ。オージーは感心した。魔王が言った祝福とは《魔王ジャックの加護》のことだろう。
それは魔術師系であれば嬉しいスキルではないのか?
魔王も案外悪い奴ではないかもしれないとオージーは思った。
「おじさまにもよ? 困ったわね」
「俺にMAGが増えてもなぁ……」
魔術師系であれば必要な魔力を示すMAG値だが、しかしオージーは野武士(Ranger)であり、それほど魔力を必要としない職である。
どうせならDEXとか増やせばいいのにとも思う。
「まぁ、しかしそれほど困るものではないのでは?」
「おじさま、いいこと聞いて?」
「あぁ」
「≪鑑定≫スキルが使えるのはわたしだけじゃないのよ? ウィンドウシステムを使える人はほぼ持っていると思って間違いない」
「それで?」
オージーは訝しんだ。突然何の話をしているのだろうか?
「ウィンドウシステムを持っている人は大抵の場合、優良なクラスで意識高い系の人が多いのよ?」
「それはそうだろう」オージーは頷いた。
「そんな人たちが、≪鑑定≫スキルを使ってわたしたちを見て、どう思うかしら?」
「《魔王ジャックの加護》……」
それは当然討伐対象になるだろう。意識高い系の人が魔王の加護を見て何も思わないはずがない。
そして――、対象にされたら逃げるためにいろいろとシーナは「やらかす」だろう。
「あのやろう……」
ようやく、オージーも魔王ジャックの意図が理解できた。
そうこう考えていると、いつのまにか十六夜が大砲の角度や向きをいじっているのが目についた。
「ふふふ……。ここからの攻撃、予測できる?」
「《カノンウェディング》アジ化ナトリウム(NaN3)砲! 発射!」
火を噴く大砲。
魔力弾が空を掛ける。
-ドーン-!
「いろいろ台無しじゃねーかぁぁ!」
どうやら、攻撃は命中したようだ。
十六夜のMAGはまだ残っていたようだ。いや、回復したのか?
オージーはパーティ経験点として大量に経験点が入ってくることを感じ、こいつらだとシリアスは続かねよなぁ、とつくづく思うのだった。




