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ハイドン交響曲第94番

 世間を騒がすハインド一家はアメジスト王国内で主に行商を狙う野盗集団である。

 その数は30人を超えており、残虐なことで知られていた。


 以前は治安の悪かったアメジスト王国である。農家の人間がやむに已まれず事情によって冒険者となり、そして盗賊に身を落とすのには時間が掛からない。

 彼らのクラスは農民が多いが、野にあって狩猟も行う彼らにとって山間に根城を作るのに、そして人を襲うのに必要な技術には事欠かない。

 例えば《探索》スキルに対しては≪隠蔽≫スキルだ。≪隠蔽≫スキルは農家として狩りをするには欠かせない。その効果は動かないでいることでより効果を発揮する。

 そのあたりは訓練さえすれば柔軟にスキルを身につけることができるのだ。


 しかし荒れた治安の状況では魔物も放置されがちで、山は荒れている状況である。採れる山の幸にも限界があり、そういう農家くずれにとって行商を襲うというのは実に都合のいい副収入であった。


 なにしろ行商という職業は、職業柄金目のものを多数所持している。日用品なども事欠かない。なぜなら、それを行商して売る必要があるからだ。

 そして行商というのはあまり儲かる商売でもない。利益は3割も取れればよい方で、場合によっては1割だったり、下手をすると赤字なんてこともざらにあるのだ。


 したがって商品そのものはともかく、お金をけちる傾向がある。

 つまり、護衛をなるべく少なくする傾向があるのだ。


 そして行商が少々行方不明になったとしても、その行動力という性質ゆえに検知がおくれるということもある。

 ことが発覚したときには既にトンズラしている、といったことも多いのだ。

 この前の儚げな妻と娘を連れて進む商人など、カモがネギを背負って歩ているとしか思えなかった。


 彼女らはおいしく頂かれ、いまは場末の街で奴隷として楽しい人生を過ごして頂いている。薬剤によって今までよりとてもハッピーだ。そんな美人な妻と娘であるからして、夫はそれまではさぞや幸せな人生だったことだろう。


 そんな彼らに、新しいカモとネギがやってきた。


 男女の2人づれである――

 この時点で彼らにはフードを被って寝ている十六夜(いざよい)の姿は単なる荷物に見えた。

 野盗たちは身を伏せながらその状況を楽しむ。


「うひょひょー。今夜は楽しい宴が開かれるらしいぜ」


「ひゅー」


「遠くから見ても美人に見えるってどういうことだ? さすがに顔立ちは分からんが。『容姿』の値が相当に高いのだろうな」


「荷馬車だな……。乗せているのはどう見ても牛か? ただの白毛だが、今日はバーベキューが食えるな」


「白毛だって高く売れるぜ? 一頭は残さないか? メスだったら」


「くぅー。タレは用意できているか? あれがいいなエディンバラのたれ」


 すでに道には木を倒してある。(さい)は投げられているのだ。


 進むにはその木をどける必要があるが、諦めて違う道を進むには大きく迂回する必要がある。さらに戻る必要がある。相当にめんどくさい。おそらく、今回も荷馬車の連中はめんどくさがってこちらに来るだろう。


 彼らの計画はこうだ。


①木をどかそうとする。

②御者台から人が下りてくる。

③降りてしまえば荷馬車だ、簡単に逃げることなどできない。

④アウトレンジから弓で奇襲する。

⑤さらに近接で捕らえてウハウハ。


 とても雑な作戦だが、いままでそれで成功してきた。

 さすがに野盗も馬鹿ではない。ちゃんとした護衛を連れてきたり、貴族っぽいソレには手を出していない。


 盗賊たちはこんな道を少人数で護衛も連れてこずに来た連中の方がバカッタ―なのだ。高い教育料を支払わせているにすぎない。これは教育なのだ――などと本気で考えている。


 とはいえ、アメジスト王国の盗賊稼業はそろそろ潮時を迎えている。

 最近はかつて王族であったアリス・アメジストが王位を簒奪し治安も回復してきているのだ。大規模な野盗への討伐も近々あると噂され、そろそろ野盗は辞めて貯めた金で街にでかい商会でも作るか、と考えていたところだ。


 今回ターゲットとなった荷馬車は、そのフィナーレを飾るかもしれない。

 盛大に男は血祭、女は女体祭りが開かれることだろう。


 だがその荷馬車、木の倒れているかなり手前で止まった。


「やばい、気づかれたか……」


「さすがにあからさまに過ぎたかな」


「いやいや、道に障害物があるのはよくあることだろう。迂回するか考えているんじゃないか?」


「男は一人っぽいからな。倒した木が大きすぎたか?」


「いやいや、あの程度どかせないってどうするよ?」


「そんな、あんな美人な娘にそんな軟弱な男は勿体ないなぁ。俺らがおいしく頂こうぜ」


「あぁ、順番はいつものようにじゃんけんで決めるからな」


 別に引き返されても良いのだ。

 奇襲に失敗したら別の相手に奇襲すればよいだけだ。


 この場所の仕掛けを荷馬車の男女が冒険者ギルドに戻って報告するかもしれないが、そのときには既に盗賊たちは高跳びしていることだろう。

 盗賊らはもとは農家である。山菜でも食っていれば食べるには困らない。森には領主もいなければ税金も掛からないのだから。


 ハインド一家にとって、襲撃は楽しみであり、そして息抜きのようなものだ。


「おぃ、なんか誰かが降りたぞ」


「うひょー。1人だけでなく、あんな娘もいるんだー。やりがいあるぅー」


「しかし、あんな場所で何する気だ?」


「分からん。様子を見よう――」


「おや、実は3人だったか――、まぁやることは変わらんが」


「フードを被っていたから分からなかったが、ありゃ姉妹だな?」


「2人とも若いな……。ま、女が増えるなら歓迎だろう」


「若い? あぁ歓迎だな。だいかんげー」


「そりゃ違いないが……」


「ん? なんだあれは? ぐるぐる回って?」


「魔法陣か? おい、ちょっとヤバくない?」


「なんだあのでかい筒状のものは?」


 ぐるぐると回っていた女の子が召喚したのだろうか。

 彼らは大砲を見たがそれが何か分からない。


「鉄製か?」


「新型魔術か何かか?」


「やべぇ、あいつら魔術師なのか?」


 魔術師といえば人々にとって恐怖の対象である。

 主に戦場で活躍し、後方から強大な攻撃魔法を持ってその場を支配する存在。


 冒険者ギルドでもその数は一握りである。

 近接で組み敷いてしまえば後はどうとでもなるという弱点はあるモノのの、接近すること自体容易なことではない。


 その魔術師と思われる少女は、遠くから何かを叫んでいる。


 だがその距離は遠い。

 たとえ魔法といえど、あんな距離からここまで届くのだろうか。


 少女は大きく腕を伸ばし――、そして振った。


「まさか……? 撃つのか!? あんな遠くから!?」


 盗賊の一人がフラグを立てた。


 その直後に衝撃はやってくる――













 -ドーン(DESTROYED)-!




 解き放たれた大砲≪カノンウェディング≫


 激しい爆発が木を中心とした周囲に広がっていく。

 奇襲のため木のそばにいた野盗たちは、一瞬のうちに爆風で吹き飛ばされた。

 野盗たちは一瞬で美しい花畑の世界へと旅立っていった。








 そんな出来事を上空で眺めている魔王が、いた――

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