おっさんは少女の願いを拒絶する
「ねぇ、オージー、抱いて――」
急にそんなことを言われた世の男性はどうすれば良いだろうか。
目の前には容姿端麗な金髪の美少女がいる。
絶世の美少女だ。まぁ、胸は残念かもしれないが。年相応というものであろう。
そんな美少女に対し、おじさんであれば「何を言っているのか分からない」くらいは言っても良いだろう。
シーナはこんなおっさんに抱かれてうれしいのだろうか。いや嬉しくないに違いない。
もしかして、シーナとオージーは名目上は付き合っていることになっているので、そういう日もあるのだろうか。大人をからかいたいお年頃なのかもしれない。
「なんで?」
オージーはそういうしかないだろう。
それにしても、なぜいきなり「抱いて」とかいうのだろう。
それにしたって、もうちょっと雰囲気というものがあるのではないか。
ここは――、崩れたとはいえダンジョンの入り口なんだから。
「もぅ、じれったいなぁ。じゃぁ、まずはわたしがおじさまを抱くからねッ」
シーナはオージーの側面に回ると左手を膝裏にまわし、右手をオージーの背中に回してきた。
そして飛行の魔術を唱える。飛行は闇炎系の第三位魔法だ。
オージーは初めて空を飛び感動するが、それよりも気恥ずかしさの方が上回る。何よりその恰好はいわゆるお姫様抱っこというやつである。緩い風が吹いているが、シーナの付けているグルマン系の香調である苦扁桃の甘ったるい匂いが鼻をくすぐるのも頂けない。乳臭いといったら怒られるかもしれないが。そして目の前にはシーナの胸がある。
「おぃ、ちょっと――」
「ほら、連携の訓練するって言っていたじゃない――」
「そりゃダンジョンでの話じゃないのか?」
「ダンジョンでの話でしょう? 周囲に討ち漏らした魔物がいないか、ほら≪索敵≫飛ばして!」
《索敵》スキルは、野武士(Ranger)の代表的なスキルの一つである。
大名刺といっても良いだろう。
確かに討伐クエストで討ち漏らしがあるのであれば大変だ。
普通はここまで徹底しないだろうが、ダンジョンの入り口が複数あったりした場合にはそこから魔物が多く逃げ出している可能性は無きにしもあらずと、至近距離にあるシーナの薄い胸からは目を離して《索敵》スキルで周囲を確認する。
今回はダンジョンに二酸化炭素を放出しただけであり、時間的な余裕は多いこともある。討伐はまだ続けるべきだろう。
空中からの索敵は、地上で行うよりもはるかに効率的だ。
やはりいた。ダンジョンとは反対側。数は2か。
ゴブリンだ。
「いたぞ!」
「どこ!」
「あっちだ」
オージーは指をさす。
「ほんとにいた。さすがは野武士(Ranger)ね」
そういうやいなら、シーナは飛行の術式を中断し、地面に降りてしまう。
「?? なぜ空中から攻撃しない? その方が有利だろう?」
「そりゃわたしは本職の炎闇系魔術師じゃないもの。飛行を掛けながらさらに同時に攻撃術式を使うなんて、さすがに無理だよ」
「――それもそうか」
「だからほら抱いてよ。ついでに連携の訓練しましょうよ――」
ようやく言わんとする意味を理解したオージーがシーナをお姫様だっこした。
右手はシーナ自身のウィンドウをなぞる様な構えで、その脇に魔杖≪安全なトドメ刺し器≫を構える。小さな胸がその魔杖に押し当てられているような恰好だ。
シーナは左腕で背中からオージーの左肩を掴み、より密着した。
オージーは密着されたことを良いことにあることを思いついた。
ちょっとくらいシーナで遊んでやっても良いだろう。
「それじゃぁ、俺のスキルも見せてやろう」
「え?」
「スキル≪身体強化≫ぁぁぁ――」
オージーの体に薄い魔力の膜ができる。
それは気の力を集めてSTR/DEXを増加させる前衛系の基本スキルだ。
「この強化の利点はだなぁ。筋力が増加するところだが、視力や嗅覚も大幅に増加するところだー」
「――って、あー。それでじろじろわたしを見ているわけ?」
「シーナの付けている香水って、苦扁桃みたいな甘い香りで美味しそうだよな」
「ちょ、ちょっと変態さんがいる――」
「シーナは黙って攻撃魔法の準備をしろ――、ほら行くぞぉぉーー」
「え、ちょっと、まだ心の準備が――。でも――」
「あーなんだ。シーナ―。とりあえず走りながら≪探索≫飛ばして引っかかったところに向かうぞー」
オージーはいろいろごまかすために走り出した。
心地よい振動と、オージーが走ることで起きる気持ち良い風を浴びながら、シーナはふと疑問に思う。
(でも――、どうしてこんなに経験点が入ったのかしら? ダンジョンのゴブリン程度でこんなに??)
運ばれながら、ふと気になりウィンドウを開きメッセージをシーナは確認する。
そのメッセージウィンドウには倒した敵の情報などが表示されるのだ。これらのウィンドウはオージーには見えないため、内職し放題である。オージーとしては錬金術士としての何かの動作としか見えない。
今回は二酸化炭素によるダンジョン内の一斉燻蒸であったため、大量のメッセージが流れている。
「(まさか……。これは……。そんな……)」
あまりに多いメッセージであるため、見てすらいなかったのだが、そこには驚愕の内容が掛かれていた――
「おぃ! シーナ! 連携はどうした! なんか撃つとかしないのか?」
「えぇ、えぇ……。あはははは―――。それにしても風が気持ちいわね。おじさま、もっとスピード出せる?」
何が楽しいのか急に笑いだしたシーナに、こんなおっさんとそんなに野山を駆けまわるのが楽しいのかとオージーは思う。
――結局連携などあったものではなく、《身体強化》スキルで向上させた能力でもって、ゴブリン2体はあっけなく蹴り倒さされることになる。
「どうしたシーナ? なにか途中から上の空のようだったが――」
「え、あははは―」
一体、シーナはどうしたというのだろうか。
翌日、オージーは身体強化の反動で盛大な筋肉痛に悩まされることになる――
◆ ◆ ◆ ◆
その夜――
ダンジョンのすぐそばの場所――
ボコり、と音を立てて周囲の土が掻き分けられると、その中央から一柱の魔人が飛び出てきた。
その名を激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハートという。
「あぁー。死ぬかと思った。というか1回死んでたな、いや2回か」
ジャックのスキルには《不死》というものがあり、そう簡単に滅びはしないのだ。
ジャックは魔王である。たとえ軍勢によって殺されてもしばらくすればまるでMMORPGのボスかのように復活する。
しかし、その彼をもってしても、こんなことで死ぬとはジャックは思ってもいなかった。
正確には二酸化炭素による窒息で一回、ダンジョン崩しによる轢死で一回の二度である。
「岩を抱いて轢死しろとか――よもや我を2度も殺すとはな――。錬金術士シーナ。なかなかやるではないか。やるではないか」
ジャックは殺されたにも関わらず一人、笑っていた。
やるではないかと、それがあたかも重要なことなのか何度も口走っている。
「これはぜひとも――、わが物にしなければなるまいて――」
その笑いはどこまでも終わることは無い。
暗闇に響くその笑いは楽しげで――、そして怒りに満ちているものであった。




