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【書籍化】闇纏いの魔女と黎明の騎士【コミカライズ決定】  作者: 村沢黒音
第6章 ハザリー家の策略編

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2 盾となるために


 ――いつかはきっと、こうなることがわかっていたのかもしれない。


 いつまでも誤魔化しきれないことは、薄々とルシルはわかっていた。


 だけど、3人で一緒に行った遊園地が、思いのほか楽しくて……夢を見てしまった。

 このままずっと、こんな日常が続けばいいと。

 その日常が薄氷の上に成り立っていることはわかっていた。それでも、都合のいい夢に浸っていたかった。


「あんたは、アンジェリカじゃない。いったい誰なんだ」


 その声が、深々とルシルの胸を突き刺す。


 ジークにまっすぐ見つめられて、否定することも、誤魔化すこともできなかった。

 ルシルは短く息を吐くと、掌を上へと向けた。


「――タナト・フェロウ」


 呪文と同時に、簡単な光魔法を行使する。

 ルシルの掌に淡い光が宿った。


「この呪文に、聞き覚えはある?」


 ジークはハッとした。(おのの)く瞳に、ルシルを映し出す。


「まさか、ルシル・リーヴィス……!? 君……、いや、お前が……!?」


 彼の表情がこわばっていく。


 おそらく、脳裏では否定と葛藤が繰り広げられていくのだろう。しかし、体内に浸透していく毒からは逃げられるはずもない。それが毒であることは彼自身が見抜いたのだ。


 やがて、彼は怒りと悲しみが混ざり合った表情を浮かべた。

 いつも明るくふるまっているジークのこんな様子は初めて見た。その事実がルシルの胸を強く締めつけた。 


「お前が……奪ったのか……!? アンジェリカを……!」


 震える指先が剣の柄を握りしめる。彼の瞳には徐々に敵意が宿り、その感情を叩きこむかのようにきつくルシルを睨みつけた。

 そんな彼の視線を、レナードが体を張って遮る。


「ジーク、待ってくれ。黙っていたことは悪かった。だが、こちらにも事情がある」

「レナード! あんたも知っていたのか!? この女の正体を……!」


 彼からの糾弾は、レナードも堪えた様子だった。

 しかし、迷いを振り払うかのように首を振ると、しっかりとした声で応えた。


「ルシルは世間で言われているような悪女じゃない。彼女がアンジェリカの体を奪ったわけでもない。こうなったのはすべて、アンジェリカの意志だ」

「リオ……! ……その話は……」


 ルシルが止めるよりも早く、レナードは言い切った。


「アンジェリカは、闇纏いだった」

「――嘘だッッ!」


 その叫びは、悲鳴のようだった。

 聞く者の精神を締め付けるような、悲痛な声だった。レナードもつらそうに眉を寄せるものの、口を閉じようとしない。


「……そして、彼女の父親も闇纏いだった」

「ちがう! ロイスダールさんを、アンジェリカを、侮辱するな!」


 ジークはその事実から逃れるように腕を大きく振る。

 同時に唱えた。


「エクスト・シェルツ――!」


 彼の手から光が放たれる。それは攻撃ではなかった。ルシルやレナードを狙って、撃たれたものではない。


 ただ、目の前に突き付けられた悪夢を打ち払おうとするかのような――激しい防衛反応だった。

 彼の手からさく裂した魔法が、床に着弾する。床が大きく揺れて、ルシルたちはよろめいた。


 次の瞬間、床にひびが入る。

 すると、その一部が大きく陥没した。

 ここは1階だ。それなのに、破片が落ちる音は、遥か下方から響いた。


 次の瞬間、ルシルの足元が崩れ落ち、視界が揺れた。

 床の穴はどんどん大きくなって、沈んでいく。


 ――落ちる。


 ルシルとレナードは咄嗟に、床を蹴り上げて受け身をとった。

 鈍い衝撃とともに足裏が地面につく。3人とも呆然として、周囲を見渡した。


 1階の下――そこには、薄暗い部屋があった。地下室だ。


 床には魔法陣が刻まれ、瓶や薬液の棚が並んでいる。床には壊れた鳥かごが転がっていた。どれも錆びつき、鉄の格子は歪んでいる。空のかごの中には、羽がへばりついていた。鼻をつく薬品と血の臭いが、異様な光景を更に印象付けていた。


 まるで「見てはいけないもの」を暴いてしまったかのように、空気そのものが重苦しい。


「ここは……」

「地下室か?」


 ルシルとレナードは唖然としながら、辺りを見渡す。

 そして――気付いた。

 ジークの様子がおかしい。地下室の光景を視界に入れると、彼は目を大きく見開いた。そして、頭を抱えて呻き出した。


「う……っ」

「ジーク? どうしたの……?」


 ルシルの問いに答えない。

 悪い悪夢にうなされているかのように、彼の目が恐怖に歪んでいく。


「ああ、そうか……ここは……あの時の……」


 彼の手がぴくりと動く。剣の柄をぎゅっと握りしめた。

 戦いを挑む者のそれではない。まるで闇にとり残された心が、よりどころを探すかのように。


「思い出した……! ……俺はあの時、『盾』になった……」


 もう片方の手で、自分の顔を覆う。彼の視線は虚空へと向けられている。何か遠い日の記憶を必死で引き出しているかのようだった。


 彼はよろめく足で、一歩を踏み出す。

 地下室を見渡すと、途方に暮れた様子で笑った。


「はは……」


 剣の柄を握りしめたまま、彼はしゃがみこんで、鳥かごに触れる。そして、そのかごにへばりついた羽毛を目にして、悲しそうに目を細めた。


「……俺、……本当は、知ってたよ。アンジェリカがどうして、鳥のはばたく音を怖がるのか……」


 彼はかごから手を放して、立ち上がる。緩慢な様子でルシルたちの方を向いた。

 床の上で鉄かごが揺れて、かつんと虚しげな音を立てた。


「こんな田舎に越してきて、村人たちの目が届かない、崖の上の家で……ロイスダールさんが何をやっていたのか……」

「ジーク……」

「そうか……。ロイスダールさんは闇纏い……。そして、アンジェリカも……」


 レナードがルシルを守るように立つ。

 そして、正面からジークを見据えた。


「そうだ……2人は闇纏いだった。アンジェリカは自分の命を捧げ、ルシルを蘇らせたんだ。ザカイアの忠実な側近であったはずの彼女を。アンジェリカに誤算があったとしたら1つだけ。ジーク、君だってわかってくれているんじゃないのか。ルシルが、世間から噂されているような人物ではないことに」

「ああ……そうだな……。噂で聞く悪女と、君は、イメージがちがうみたいだ」

「それなら……」


 レナードの言葉を上から踏みにじるように、ジークは吐き出した。


「でも、そんなことはどうだっていい! お前が悪人か善人かなんて、俺には関係ない。俺にとって重要なのは、今この場にアンジェリカがいないってことだ」


 ジークの瞳から、色がすっと抜け落ちた。

 先ほどまでにじんでいた悔恨も、痛みも――跡形もなく消え失せ、冷徹な色だけが残る。刃物のように研ぎ澄まされた眼差しが、まっすぐルシルを射抜いた。


「アンジェリカの正体が闇纏いであったとしても、構わない……。アンジェリカがアンジェリカでいてくれたら……俺は彼女が何者であっても構わなかったんだ……」


 その声音は、ぞっとするほど冷ややかだった。


「だけど、お前はちがう。アンジェリカじゃない」


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(10/3金)1巻発売します!
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