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【書籍化】闇纏いの魔女と黎明の騎士【コミカライズ決定】  作者: 村沢黒音
第4章 幸せの石編

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2 わんこ騎士に懐かれる


「アンジェリカ! 久しぶりだね。君に会いたくて、俺は騎士になったんだ」


 新しく部署に配属されることになった新人。

 彼はアンジェリカの名前を親しげに呼んだ。


(ええ……『アンジェリカ』の知り合い?)


 ルシルに見覚えがないのも当然だ。見た目はアンジェリカとなっているが、記憶は引き継いでいない。

 アンジェリカが生前、どういう女性で、どんな風に暮らしていたのか――ルシルはほとんど知らなかった。


 レナードが探りを入れるような視線でジークを見る。


「彼女の知り合いか」

「はい! 俺にとっては、自分の命よりも大切な人です」


 ジークは何の迷いも、照れもなく、それが当然のことのように言い切った。


(ええ……!?)


 ルシルは大混乱し、


「………………」


 レナードは目を細めて、険しい表情を浮かべる。


(ちょっと、リオ! 目が! 目が怖い!!)


 ルシルはレナードから慌てて顔を逸らす。

 すると、今度は純粋でキラキラとした視線が、自分に注がれていることに気付いた。ジークだ。こちらはレナードとは正反対で、人懐こさ全開である。

 じっとルシルを見つめてから、首を傾げた。


「あれ、アンジェリカ? まさか、俺のこと覚えてない……?」


 今度は途端に、しょんぼりとした雰囲気に変わる。犬耳を垂らしたような様子だが――それが恐ろしく似合う。さっきはしっぽをぶんぶんと振る犬、そして今は叱られて、しゅんとした犬だ。


 そんな姿を見ると、ルシルの良心はずきずきと痛む。


「同じ家で暮らしていたのに……?」

「え!?」


 ――そうなの!?

 ――アンジェリカ、同棲相手がいたの!?


 ルシルはアンジェリカが暮らしていた家をそのまま使っている。


(家にはそんな痕跡はなかったと思うんだけど……? 過去に一緒に暮らしていたとか? つまり、アンジェリカの昔の恋人……!?)


 混乱のあまり、ルシルの頭の中では勝手にアンジェリカの人生が形成されていく。

 2人が別れた理由は、目玉焼きに何をかけるかで()めたのね、アンジェリカは甘党だったみたいだから、きっと「砂糖をかける派閥」で、ジークはそれについていけなかったんだわ、と思考が飛躍しすぎて、もはや妄想の域である。


 一方、レナードはとうとう無言で、殺気を放出し始めていた。


(怖っ! っていうか、英雄とか呼ばれてるけど、どっちかというとあなた、魔王側じゃない!?)


 隣から放たれる黒い威圧感だけで、ルシルは顔を引きつらせる。『そっちは見ないことにしよう!』と決めて、ジークの方を向いた。


「……アンジェリカは、俺と会いたくなかった……?」


 今、『きゅーん……』という、子犬の声の幻聴が聞こえた。


「それは……その」

「ごめんね、ジークさん」


 話に割って入ったのは、隊長のクラリーナだ。


「実は、アンジェリカさんは最近、闇纏いとの交戦時に、妙な魔法をかけられてしまったね。それで、昔の記憶が曖昧になってしまっているんだ」

「それって記憶喪失ですか!?」


 ルシルは唖然としてから、納得した。

 確かに、この場を乗り切るにはそれしかない。ジークを騙すことになってしまって、心は痛むが、秘密は何としてでも守らなければならない。


(隊長……ありがとう)


 ルシルは彼女の機転に、内心で感謝を捧げた。


「うん。君のことを忘れたくて、忘れたわけではないから、彼女を責めないであげてほしいな」

「そうだったのか……。闇纏いとの戦いは、時に命懸けになることもあるって聞くよ。いろいろと大変な目にあったんだね」


 ジークは素直に頷いている。

 よく言えば純真、悪く言えば騙されやすそうな青年だ。

 彼の瞳はまっすぐで、隊長の言葉を疑っている様子が欠片もない。彼は同情するような視線をルシルへと送ってきた。


「でも、大丈夫だ。これからは、君のことは俺が守るよ」

「……へ…………?」

「その必要はない」


 レナードが冷たい声で一蹴する。


「君は新人だろう。まずは周囲に迷惑をかけないよう、仕事を覚えることに注力するんだな」

「えっと……? さっきから何なんですか?」


 さすがに不快になったのか、ジークは眉をひそめてレナードを見た。


「あなた、英雄のレナード・マクルーアさんですよね? 俺のアンジェリカとどんな関係が?」

「…………”俺の”……?」


 鉄壁の無表情の中で――ぴくりとレナードの眉が動いた。

 彼がまとう黒い気配が倍増している。レナードは鋭い視線でジークを射抜くと、口を開いた。


「いいか、新人。俺と彼女は……」


(わー!!?)


 レナードは何かを言いかけたが、そこでルシルと目が合った。すると、彼はハッとして言葉を呑みこむ。代わりにこう言った。


「俺は彼女の……教育係を務めている」

「教育係……? へえ……」


 ジークは少し不満そうな表情をするが、一応は納得したようだ。2人は互いの背景を探るように、じっと睨み合った。

 そんな2人を制止したのは、クラリーナだ。


「はいはい、みんな。新人さんの紹介はこのへんにしておこうか。ジークさん、騎士団の中を案内してあげるよ」


 ルシルはうまく誤魔化せたことに、安堵の息をついていた。




「どうしよう……!」


 その後、ルシルはレナードを連れ出して、無人の会議室へとやって来ていた。

 部屋に入るなり、彼に不安をぶつける。


「まさか、アンジェリカの知り合いが来るなんて……!」


 すっかり頭を抱えるルシル。

 一方、レナードはまだふてくされているような態度で、壁に背をつけていた。


「……君はアンジェリカじゃない。だが、君の正体をバラすわけにもいかない。アンジェリカのふりをして、やりすごすしかないだろう」

「それって、どうやるの!?」


 混乱のあまり、ルシルはレナードを壁に追い詰めるような体勢で、彼に詰め寄った。


 ジークの存在はまずい。

 アンジェリカの過去を知る人物が現れるとは……。隊長の機転で「記憶喪失」ということにして乗り切れたが、彼と接する機会が増えれば、別人ということがバレてしまうかもしれない。

 ルシルは顔を青くした。


「アンジェリカのふりをするって言っても……アンジェリカってどんな人だったの? それがわからないんだけど……。演技できる自信ないわよ」

「では、君の正体がアンジェリカでないことを、あの男に伝えるか?」

「それも無理ぃ……!」


 その場合、ジークはどう反応するのか。


『ねえ、ジークさん。実は私はアンジェリカじゃなくて、ルシル・リーヴィスなの』

『わあ、そうだったんだね! じゃあ、改めてルシルさん、よろしく!』


 ――なんて、都合のいい展開になるわけがない。


 もし自分だったら、旧知の人が見た目だけ同じで、中身が別人になっていると知ったら、激怒する。『大事な人の体が乗っ取られている』と考えてしまうかもしれない。


「考えてもみて。アンジェリカの中身が、私……ルシルになっていると知ったら、ジークさんはどう思う?」

「あの男の心情には興味がない」

「想像力皆無なの!? 普通に考えたら、『アンジェリカが悪女に乗っ取られてる!?』ってなると思うんだけど」

「別に、君が乗っ取ったわけではないだろう。そもそも、君に自ら体を捧げたのはアンジェリカだ」

「そうかもしれないけど……その話を、ジークが信じてくれるとは限らない……」


 ジークの様子をルシルは思い出した。

 彼はアンジェリカを見るなり、すごく嬉しそうにしていた。まるで飼い主を見つけた忠犬のようだった。

 その後も、ずっとルシルに熱い視線を注いできたのだ。あの眼差しには、特別な感情が乗っていた。


「というか、ジークってアンジェリカのことが好き、なんだよね……?」

「あの男の恋愛事情には興味がない」

「知的好奇心が凍り付いてるの!?」

「……だが」


 レナードは壁から背を離すと、ルシルを見る。すると途端に無機質な表情は氷解し、とろけるようにほほ笑んだ。

 彼が一歩、こちらへと足を踏み出す。急に距離を詰められて、ルシルはドキッとした。


「君はアンジェリカではなく、ルシルだ。そして、俺は『ルシル・リーヴィス』を誰にも渡すつもりはない」


 甘い眼差し――それはジークが『アンジェリカ』を見つめていた眼差しよりも、ずっと糖度が高いようにルシルには思えた。

 更にレナードが近付いてくるので、ルシルは後ずさる。腰が会議室の机にぶつかった。すると、レナードはルシルを閉じこめるように、机に手を付ける。


(え!? ちょっと……近い……!)


 カッと頬が熱くなる。こういう時、どう反応していいのかわからなくなる。


「えっと…………、ありがと」


 もじもじとしながら、ルシルは俯いた。

 その直後――部屋の扉がノックされた。


「おーい、入るぞー」


 そう言って、扉を開けたのはルシルの先輩騎士にあたる、アルヴィンだった。

 彼は扉のノブを持ったまま、こちらを凝視して固まった。

 机に手をついて、ルシルを閉じこめているレナード。そして、真っ赤になっているルシル。


 アルヴィンは呆れたように目を細める。


「……署内で『いちゃつくの禁止』の規則、早くできてくれねえかな」

「あ、アルヴィン先輩……!?」

「バカップルども。隊長がお呼びだ」

「ああ」

「バカップルじゃないですけど!?」




 ルシルとレナードは隊長室へと向かった。

 部屋に入ると、奥の席にはクラリーナが座っている。その対面には、ジークが立っていた。


「2人にお願いしたいことがあってね。……その……」


 いつもはきはきとしているクラリーナにしては珍しく、言いづらそうに告げる。


「……市内で通報があった。闇魔法に関わる事件だ。2人には至急、現場に向かってもらいたい」


 そこでいったん口を閉じる。クラリーナはジークの方を見てから、気遣うようにルシルをちらっと見た。


「それでね……ジークさんも連れて行ってもらえないかな?」


(え……ええ……?)


 ルシルは唖然として、レナードは嫌そうに黙りこんだ。


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(10/3金)1巻発売します!
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