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⑲お客様?



 (……ヨーチューバー、って動画投稿サイトに出てるヒトか。そう言われれば見た事あるな……)


 俺は目の前の【ヨーチューバー・るみ】と向かい合わせに座り、短く彼女の姿を観察してみる。


 目鼻立ちは整っている。まぁ、多少の例外は有るにせよ、女は化粧で印象がガラリと変わる訳だが、それを抜きにしても目を惹く容姿は間違いない。


 特に眼は相当な誘引力が有るらしく、一度でも目線を合わせてしまうと外す事に苦痛すら感じ、だからこそ……俺は確信する。


 (……コイツも【超越者(オーバー・ウェーバー)】か……それも常時開放……)


 知識や技術の【超越者】は数多く居るが、能力のみに特化した【超越者】は珍しい。いや、居ない訳ではないが、大半の者は一般人と較べれば抜きん出ているものの、人間の枠を遥かに超える能力を持つ事は極めて稀だ。


 そして……【ヨーチューバー・るみ】は、確実に何かの能力で、自らに意識を向けさせる事が出来る。知らずに接し続ければ、気付く事無く隷属する羽目になりかねん。但し、それが画面を介しても有効なのかは判らんが……いや、たぶん影響は無いだろう。人間が放つ波動のような物が電気信号に置き換えられ、尚も効果を維持し続けるとは考え難い。ヨーチューバーとして成功したのは、単純に彼女自身のプロデュース力なのだろう。


 「……で、住んでいた八本木フィールズにも爆破予告メールが届いたりで、散々だったんです!」

 「それは御愁傷様です。警察は結局、事件になるまで何もしてくれないですからね」

 「そう!! だから、最近まで一人で買い物にも行けなくて……結局、殆ど通販で済ませてましたけど……」


 千乃を相手に雑談するるみは、時々俺の反応を見て、明らかに自らの特質に抗っていると気付いているようだ。ならば、更に畳み掛けてくるか?


 「……で、クラウドファンディングの件でも興味ありますし、これから良くなっていくなら、詳しく知りたいんで……今晩はこちらに泊めて頂けませんか!?」



 ……そうきたか!! だがしかしウチは民泊施設じゃないぞ?


 「あー、その……若い女性を泊めるとなると……」

 【いいんじゃない? 千乃さんの部屋なら心配ないよ?】


 伏兵かよ!? お前……どういうつもりで……


 【いやぁ~本物に会えるなんてラッキーだよね? ヨーチューバーの中でも人気有るしさ!】


 【ヒグマ怪人】よ……さては……何も考えてないな!! ま、らしいと言えば、らしいか……


 「僕達は別の部屋ですから……御構い無く」


 郁郎くん……君もか……まあ、いい。取り敢えず、二人の裏切り者をサラッと睨み付けてから、


 「……まあ、ご覧のように多少窮屈かもしれませんが、いずれ快適さを増す為に改装は行いますので、安心してください」


 そう付け足してから、ふと気付いて訊ねてみる。


 「……で、失礼ながら、泊まる為のモノはご用意してありますか?」

 「ええ! これから買いに行きますからご心配無く!」


 あっさりと返されて、俺は腹を括った。仕方無い、そうだな、仕方無いんだ。……ん?


 珍しく物欲しげな眼差しで俺の方を見る千乃に気付き、


 「どうかしたの? いっしょに買い物に行きたいのかい?」


 質問されて、ほんの少しだけ躊躇していた千乃だったが、両手を胸の前で組み重ねながら、


 「はい、それも御座いますが、僭越ながら千乃は、ご提案致します」


 そう言うと椅子から立ち上がり、高らかに宣言した。


 「この機会を生かすべく、親睦を深める為にも《朝日湯》に皆さんと一緒に行ってみたいのです」


 ……えっ? マジで!?






 「へぇ~、ラジウム湯に電気風呂、スチームサウナにミストサウナ……色々あるのねぇ~」


 るみがスマホを使って効能や種類を調べ、感心しながら朝日湯の暖簾(のれん)を潜り抜けて中へと入っていく。


 「……で、何で私まで連れて来られたのか全く判らないんですが……」

 「前に説明しています。それに【おねーちゃん命令】発動中なのです」


 いつの間に呼び出されたのか、千海さんが千乃に引きずられるように連行されながら、るみの後から朝日湯の中へと消えていった。端から見れば先生と生徒が銭湯に行くようにも見え、かなりシュールな光景だ。



 「……実は僕、銭湯って初めてなんですよ。泳いだりしてはいけないんですよね?」


 郁郎くんが、妙に神妙な面持ちで打ち明けてくる。まあ、俺も銭湯なんて何十年振りかも、ハッキリとは覚えていないけどね。


 【広いお風呂なんでしょ? 熱いのイヤだよ?】


 う~ん、【ヒグマ怪人】に熱い風呂とか似合わないよなぁ……いや、見てくれは強面の大男なんだけど、風呂上がりのイチゴ牛乳が旨いとか教えたらホイホイ付いてくる辺り、好みはそんなもんなのか?





 ……で、俺は今、細マッチョとデラマッチョに挟まれながら湯船に浸かっている。絵面的に実につまらんな。


 隣からは、るみと千海らしき華やいだ声が聞こえてくる。因みに俺は千乃を介して聞く事も出来るんだが、開けっ広げな会話を堂々としているんだから必要無いが。


 (それにしても千乃さんって、スタイルも良いけど肌真っ白ですよねぇ……何かお手入れしているんですか?)

 (そうそう! 私も思った! 羨ましいわぁ~)


 割りと健康的な肌色の二人が、千乃の肌の色白さを誉め称えているが、当然ながら日焼けと無縁な千乃が何をしているか、なんて聞き出そうにも元ネタが無いぞ……?


 (そうですね……肌はベースポリマーを保護する為、定期メンテナンスの際にナノアラミド・ゲルを塗布しています)


 おいおいっ!! 言っちゃうの!? 千乃よ……そんなの人間の肌に塗ったら皮膚呼吸止まっちゃうからね!? 一種のガラス樹脂みたいなモンなんだから!!


 (へぇ~! それって通販で取り寄せられるの?)

 (いえ、はか……旦那様の手作りなので、購入は無理だと思います)

 (うわぁ~、いいなぁ~!! 千乃さん愛されてるぅ~!!)


 ……スゴく恥ずかしい……何なんだよコレ……


 「おっ! 先生お久し振り!! 珍しいねぇこんな所で会うなんて!!」


 サウナからモクモクと湯気を上げながら現れたおじいさんが、身体に湯を掛けてから股をタオルで隠さずに湯船までやって来て、俺に話し掛けてきた。


 「もう、先生じゃないですって……宝田さんはしょっちゅう銭湯に来てるんですか?」


 宝田さん、とは団地に住んでいるご近所さんだ。俺が越してきたのを知って、なんやかんやと理由を付けては飲みに来ないかと誘って来たり、飲みに行こうと誘ってくる気のいいおじいさんだ。つまり、若い飲み友達が珍しいらしく、何かにつけて誘ってくる訳だが。


 「俺かい? ま、三日に一回位かね……婆さんが死んじまってからは、気兼ねする相手が居ないから好きな時に来れるけど、やっぱり我慢してからの方が何でも気持ちが良いもんさ! な、そう思うだろ?」


 そう言いながら、晩酌はビールにするか、みたいな話が始まると、決まってこんな感じになるんだ。


 「それにしてもよ、今年は御輿の担ぎ手に困らなくて良かったよ! 何せ先生に、そっちのおにーちゃんとアンちゃんだ! あと少しだけ若いのが揃えば祭りが盛り上がるなぁ!」


 宝田さん曰く、老人ばかりの団地では、夏の納涼祭で恒例の御輿の担ぎ手を探すのも一苦労なんだとか。俺も含めて担ぎ手が増えたと喜ばれるのは嬉しいが、担ぐだけならこっちの二人だけでも充分なんだが……俺、見学でも良くないか?


 「それに浴衣の似合いそうな美人も増えたしなぁ!! ありがたくてまだまだ婆さん所には行けそうにないねぇ!」

 「いいんですか? そんな事言ったらお母さん怒りますよ?」

 「あはは!! 確かにな!!」


 威勢良く答えながら、お先に! と言いつつ宝田さんが湯船から出ていき、俺と二人だけが残された。



 ……カポーン、と桶が鳴る音が響き、湯船の端に頭を預けながら、三人で天井を見上げていると、まだ弱々しい春の夕陽が窓から湯気を抜けて、緩やかに差し込んだ。


 でも、直ぐに春は終わり、夏がやって来るだろう。季節の巡りはあっという間に過ぎてしまうのだ。



 

 

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