フスティーシア王国
◇◆◇◆
────アニスを我が家に迎え入れた数日後。
私は無事に準備を整えて出立し、フスティーシア王国に辿り着いた。
事前の情報通り自然の多い道を進み、私は使節団のメンバーと共に王城へ馳せ参じる。
そして、案内人に連れられるまま玉座の間へ足を運んだ。
凄い人の数ね。レジデンスは強国だから、牽制と尊重の意味を込めて掻き集めたのかしら?
玉座に続く道の両脇に並んだ人々を見やり、私は歩を進める。
────と、ここで前を歩いていたオルニス皇太子殿下が足を止めた。
なので、私や他のメンバーも立ち止まる。
「────よく来てくれた、レジデンス帝国の者達よ」
そう言って、軽く両手を広げるのはフスティーシア王国の国王であるフェンネル・グラジオラス・フスティーシアだった。
玉座からこちらを見下ろし、姿勢を正す彼は少しばかり表情を和らげる。
「我々は君達を歓迎する」
太陽を彷彿とさせるオレンジの瞳に穏やかな光を宿し、フェンネル国王陛下は身を乗り出した。
その際、肩まであるオレンジがかった金髪がサラッと揺れる。
「たった一週間という短い間だが、フスティーシア王国の魅力を知ってもらえると有り難い」
今回の外交は視察という意味合いが強く、何か契約や取引を交わす訳じゃないため、フェンネル国王陛下はそう述べた。
まあ、婚約破棄の騒動の解決というイレギュラーはあるが。
『でも、それはあくまで個人的なことだから』と思案する私を他所に、オルニス皇太子殿下は顔を上げる。
「はい、フスティーシア王国とレジデンス帝国の架け橋となれるようここで見聞を広げ、我が王に伝えたいと思います」
『より良い関係を築くため尽力します』と宣言するオルニス皇太子殿下に、フェンネル国王陛下は小さく頷いた。
かと思えば、パンパンッと二回ほど手を叩く。
「では、挨拶はこのくらいにしよう。長旅で君達も疲れているだろうからな」
『部屋でゆっくり休むといい』と告げ、フェンネル国王陛下は案内人に目配せした。
素早くこちらへ駆け寄ってくる案内人を前に、彼は立ち上がる。
さっさと退場しようと歩き出し、こちらに背中を向けるものの……何かを思い出したかのように足を止めた。
「そうだ。一つ言い忘れていたが、明日の夜に君達の訪問を祝うパーティーを開く予定だから是非参加してくれ」
顔だけこちらを振り返り、フェンネル国王陛下はそれだけ告げて去る。
と同時に、私達も玉座の間を出て客室へ行った。
国賓だから、部屋も豪華ね。
これなら、思い切り羽を伸ばせそう。
だけど、私にはやることがある。
『休んでいる場合じゃない』と考え、私は部屋に割り当てられた侍女へ目を向ける。
「そこの貴方、少しいいかしら?陛下と個別で、話がしたいのだけど」
『声を掛けてみてくれる?』と頼むと、侍女は僅かに眉を顰めた。
「フェンネル国王陛下は大変お忙しい方なので、突然面談を申し込まれても困ります」
「一応、事前に手紙で話したいことは伝えてあるわ。だから……」
「貴方のように暴力的な方とは、会わせられません」
『一家臣として、看過出来ません』と言い放ち、侍女は顔を逸らす。
明らかな拒絶反応を示す彼女の前で、私は自身の顎を撫でた。
暴力的な方、か。
どうやら、あのデマはここまで広がっているようね。
ということは────ミモザ・バシリス・フスティーシアが、手を回したのね。
あまりにも噂の拡散が早いため、直ぐに犯人の目星はついた。
『もうこちらに戻ってきたのね』と思いつつ、私はスッと目を細める。
もうこんな派手に動いているとは、思わなかったわ。
せめて、アニスの進捗報告を聞いてから活動するのかと。
私が使節団のメンバーに加わったことを知って、焦ったのかしら?
まあ、なんにせよこちらとしては好都合。
『自ら墓穴を掘ってくれるなんて』と頬を緩め、私はソファに腰を下ろした。
「そう。それは残念ね」
わりとあっさり面談を諦め、私はのんびり寛ぐ。
別に食い下がっても良かったけど、あちらから接触してくるよう促すのもいいかと思って。
せっかく、ミモザ・バシリス・フスティーシアがいい種を蒔いてくれたのだから。
『しっかり利用させてもらうわ』と決心し、私は紫髪を軽く手で払った。
「じゃあ、今日はもうゆっくりするから湯浴みの準備をしてくれる?」
────と、告げた翌日。
私は夕方になるまでたっぷり休み、パーティーに備えて動き出した。
と言っても、身支度を整える程度だが。
一応、豪華なドレスを持ってきておいて正解だったわね。
これくらい派手なら、私の身分や噂に関係なく注目が集まる筈。
より多くの人に事態を目撃してもらうため趣向を凝らし、私はパーティー会場に向かう。
「最高の舞台になるわね、きっと」
僅かに声を弾ませ、私は意気揚々とパーティー会場に足を踏み入れた。
その途端、周囲から刺々しい視線を受ける。
噂の人物ビオラ・インサニティ・モータルが、私であることを確信して警戒しているみたいね。
わざわざ、他の使節団のメンバーとタイミングをズラして入場した甲斐があったわ。
通常通りだったら、『レジデンス帝国の使節団の皆様が、ご入場です』としかアナウンスされなかっただろうから。
入場のときに個人の名前が読み上げられることはなかった点を考慮しつつ、前へ進んだ。
『壁の花になんて、なってあげない』と堂々たる態度を取り、私はゆるりと口角を上げる。
いつ仕掛けようか悩みながら、周囲の様子を窺っていると────
「フスティーシア王国の愛くるしい花、第三王女ミモザ・バシリス・フスティーシア殿下のご入場です!」
────思わぬ人物が、姿を現した。
オレンジがかった金髪を揺らして歩くミモザ王女殿下は、太陽のような瞳に強い意思を宿す。
何か使命感みたいなものを抱いている彼女を前に、私はクスリと笑みを漏らした。
あれが、ミモザ・バシリス・フスティーシア。アニスの愛する人。
実物は初めて見たけど、確かに整った顔立ちの方ね。
アニスが気の迷いを起こしても、不思議じゃない。
『まさに守ってあげたくなる容姿だし』と分析する中────ミモザ王女殿下が、こちらを見る。
と同時に、少しだけ笑った。
あら?どうやら、ミモザ王女殿下は私に用があるようね。
真っ直ぐこちらへ向かってくる彼女を一瞥し、私は中央へ足を運ぶ。
『どうせなら、目立つ場所で』と思って。
「────ビオラ嬢」
背後から呼び止め、ゆっくりと近づいてきたのは言うまでもなくミモザ王女殿下だ。
心做しか声も足音も少し大きい彼女を前に、私は後ろを振り返る。
「ご機嫌麗しゅうございます、ミモザ王女殿下」




