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プロポーズ

「いや、別に……ただ、ベッドに行くまでの気力が残ってなくてここで力尽きて寝ていただけ」


 嘘……では、なさそうね。

だからと言って、全ての真実を語った訳でもないようだけど。


 『何か隠している』と確信し、私は問い詰めるべきか否か迷う。

心情的には今すぐ秘密を暴きたいが、時間的には正直厳しいので。

『とりあえず、保留ね』と判断する私を他所に、アニスは立ち上がった。


「それで、ビオラは何しに来たんだ?」


 『用事でもあるのか?』と尋ねてくるアニスに対し、私は小さく首を横に振る。


「アニスに会いに来ただけよ」


「えっ?それだけ?」


「ええ。愛する人と会うのに、理由なんて必要?」


 『ただ“会いたい”だけじゃ、いけないの?』と問い掛けると、アニスは一瞬固まった。

かと思えば、うんと表情を和らげる。


「ううん、充分だ。充分すぎる」


 柔らかい声色で言葉を紡ぎ、アニスは緩む頬を押さえるように手を添えた。

その瞬間、私は少しばかり目を見開く。


 アニスの爪、酷く傷ついているわね。

状態からして自ら噛んだみたいだけど、どうしてこんなことを?


 『噛み癖なんて、今までなかったのに』と不審に思い、私は頭を捻った。

────と、ここでアニスの爪が一部剥がれ落ちる。

恐らく、度重なる攻撃で元々脆くなっていたのだろう。

『あっ……』と声を上げる彼の前で、私はその爪を咄嗟に受け止めた。


「アニス、大丈夫?」


 一先ず剥がれた爪は置いておいて、彼の様子を確認する。

『医者を呼びべきかしら?』と考える私を前に、アニスは視線を上げた。


「あ、ああ。剥がれたのはほんの少しだし、先端の部分だから問題ない」


 『特に痛くもないから』と話すアニスに、私は小さく相槌を打つ。


「そう。なら、いいの」


 ポケットからハンカチを取り出し、私はアニスの爪……というか、指先を包み込んだ。

その状態を固定するために軽く結び、私は『後で医療箱を持ってくるわね』と述べる。


「ところで、この剥がれた爪は私がもらってもいいかしら?」


 まだ手に持っていた爪を見せ、私は『欲しい』と直球で要求した。

すると、アニスは困惑気味に眉を顰める。


「はっ?何でこんなもの……」


 『汚いだけで、利用価値もないのに』と戸惑うアニスに対し、私はニッコリと微笑んだ。


「あら、以前に言ったことをもう忘れたの?私は愛する人の一部なら、自分のものにして思い切り愛でるって」


「!」


 ハッとしたように息を呑み、アニスはこちらを凝視する。


「そう、だったな……うん、お前はそういうやつだった」


 納得したように頷き、アニスはフッと笑みを漏らした。


「まあ、その爪は好きにしろ」


 『返却されても、捨てるだけだし』と口にし、アニスはヒラヒラと手を振る。

その傍で、私は爪を軽く握り締めた。


「ありがとう。大切にするわね」


 『しっかり箱に入れて、保存するわ』と話し、私は僅かに頬を緩める。

と同時に、アニスは目を瞬かせた。


「……本当に愛する人の一部なら、何でも喜ぶんだな。しかも、あんな表情(かお)で」


 少しばかり頬を赤くするアニスは、空色の瞳に熱を宿す。


「これは……かなり効くな」


 独り言のようにボソッと呟き、アニスは大きく息を吐いた。

放心状態に近い彼を前に、私はチラリと掛け時計を見る。


「思ったより、長居してしまったわね。そろそろ行かないと」


 まだ山のように残っている作業を思い浮かべ、私は身を翻した。

真っ直ぐ扉に向かっていく私の前で、アニスは瞳を揺らす。


「えっ?もう?あと少しくらい、居たって……」


「ごめんなさい、時間がないの」


「そう……じゃあ、次はいつ来れるんだ?」


「分からないわ」


 『出来るだけ、早く会いに来るつもりだけど』と話しつつ、私は扉を開けた。


「とりあえず、いい子で待っていて」


 そう言うが早いか、私は廊下に出て扉を閉める。

そして、騎士に医療箱を持ってくるよう指示すると、部屋へ戻って作業を再開。

────数ヶ月ほど掛けて、ようやく諸々の調整と手配を終えた。

『あとは、実行に移すだけ』と考え、私はアニスの部屋を訪れる。


「アニス、今日は大切な話があるの」


 ソファに座って読書しているアニスを見つめ、私は穏やかに微笑んだ。

背に隠す形で持った小さな箱を握り締め、私は歩を進める。

その間、アニスはずっと無反応だった。

『あら、ご機嫌斜めなのかしら?』と頭を捻る私の前で、彼は不意に顔を上げる。


「……話なんて、聞かなくても分かる。僕を────捨てるつもりなんだろ」


 視線だけこちらに向けて、アニスは恨みがましそうに……どこか悲しそうに尋ねてきた。

本を持つ手が震えている彼を前に、私は僅かに目を剥く。


「いえ、そんなことはないけど」


「嘘だ……」


 『信じられない』とでも言うように(かぶり)を振り、アニスは顔を歪めた。


「だって、ここ数ヶ月ほとんど会いに来なかったじゃないか。僕はもう用済みってことだろ」


 空色の瞳に不安を滲ませ、アニスは奥歯を噛み締める。

私に捨てられた後の生活が心配なのか、はたまた────寂しかったのか、実に情緒不安定だった。

『アニスのこんな姿は、初めて見るわね』と思いつつ、私は彼の前で足を止める。


「それはね、この準備で忙しかったからよ」


 小さな箱をアニスに見せ、私は少しばかり身を屈めた。

ピクッと僅かに反応を示す彼の前で、私は蓋を開ける。

すると────アレキサンドライトをあしらった指輪が、露わになった。


「アニス、私と一生一緒に居てちょうだい」


 空色の瞳を真っ直ぐ見つめて言うと、アニスは小さく息を呑む。

一応プロポーズだということは伝わっているようで、彼はゆらゆらと瞳を揺らした。

しばらく放心するアニスを前に、私はスッと目を細める。


「もちろん、返事は『はい』しか受け付けないわよ」


 『断るなんて、許さない』と主張する私に対し、アニスはフッと表情を和らげた。


「ああ、分かっている。僕はビオラのものだから拒否権なんてないし、要らない(・・・・)


 どこか吹っ切れたような様子でこちらを見つめ、アニスは立ち上がる。

それに合わせて背筋を伸ばす私の前で、彼は箱を受け取った。


「今度こそ一生一緒に居るよ、ビオラ」

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