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いい子

「ビオラ、ここ数日は何をしていたんだ?」


 ティーカップを一つ手に取り、アニスは紅茶を一口飲む。

その横で、私はクッキーに手を伸ばした。


「秘密」


 探りを入れてくるアニスを軽く躱し、私はニッコリと微笑む。

どうせなら、サプライズにしたかったので。

それにミモザ王女殿下のことを心配して、調べている可能性を考えると不快だったため。


「……そうか」


 アニスは不満そうにしながらも、それ以上言及してこなかった。

静かに紅茶を飲み干す彼の前で、私はクッキーを持ち上げる。


「アニス、口を開けて」


 場の空気を変えるついでに、私は彼の口元までクッキーを運んだ。

その瞬間、アニスは少しばかり目を剥く。


「……じ、自分で食べられる」


「そんなことは分かっているわ。ただ、愛する人のことは何でもやってあげたいだけよ」


 一種の愛情表現であることを伝えると、アニスは少しばかり頬を緩めた。


「ビオラって、案外世話焼きなんだ」


 独り言のようにボソッと呟き、アニスは素直に私の手からクッキーを食べる。


「美味しい、今まで食べたクッキーの中で一番だ」


 すっかり機嫌が良くなったのか、アニスは満面の笑みを浮かべた。

『紅茶ともよく合うし』と話す彼に、私は僅かに表情を和らげる。


「それなら、良かったわ」


 『もう一枚、どう?』なんて言いながら、私は別のクッキーを手に取った。

そして、アニスに食べさせ続けること三十分……私は『そろそろ』と席を立ち、自室に戻る。


 私の手からクッキーを食べるアニス、とても愛らしかったわね。

ちょっと恥ずかしそうにしているところが、実にいじらしくて。

それに、思ったより従順……というか、無防備に身を任せるようになったし。


 もうこちらから物理的に接触しても怖がらなくなったことを思い返し、私はクスッと笑みを漏らした。

と同時に、執務机からリストを取る。


「それじゃあ、アニスの愛らしさをより引き立てるために素敵な服を仕立てましょうか」


 『最高級の布地と最高峰のデザイナーを用意しないと』と思案しつつ、私はリストに目を通した。

────そこからまた部屋に籠り、今度は一週間後にアニスのところへ行く。


 深夜だから、アニスはきっと寝ているわよね。

本来であればこんな時間帯の訪問はしないのだけど、今のうちに顔だけでも見ておきたくて。

今後はもっと忙しくなるから。


 『次、いつアニスに会いに行けるか分からないの』と肩を竦め、私は静かに部屋の扉を開けた。

その瞬間、私は小さく息を呑む。

というのも────アニスが眠ってなかったため。


「あら、まだ起きていたの?」


 暖炉の前で座り込んでいるアニスを見つめ、私は声を掛けた。

すると、彼は反射的にこちらを振り返る。


「ビオラ?」


 驚いたように目を見開き、アニスは急いで立ち上がった。

どことなく嬉しそうな彼を前に、私は素早く扉を閉める。

一応騎士は廊下()に待機しているが、万が一逃走を図られたら面倒なので。


「もし、眠れないなら子守唄でも歌ってあげるわよ」


 冗談半分にそう言うと、アニスはなんだか呆れたような……でも、喜ばしそうな反応を見せた。


「ビオラは本当に世話焼きだな」


 僅かに声を弾ませ、アニスは私の傍まで歩いてくる。


「せっかくだから、その好意を受け取っておこう」


 私の手を優しく握り、アニスは柔らかい表情を浮かべた。

『ほら、こっちだ』と言ってベッドに誘ってくる彼の前で、私はスッと目を細める。


 どうやら、アニスはある程度こちらを信用しているようね。

そうじゃなきゃ、寝ているところを……一番無防備になるところを見せようなんて、思わない筈だもの。


 『警戒心は解けたと見て、いいのかしら?』と考える中、アニスはベッドの上に寝転んだ。

しっかり布団も被って寝る準備万端の彼を前に、私はベッドの端へ腰を下ろす。


「最近のアニスは本当にいい子ね」


 空いている方の手で彼の頭を撫で、私は穏やかに微笑んだ。


「たくさん甘やかしてあげたくなる」


 愛おしい気持ちを露わにすると、アニスは少し頬を赤くする。

繋いだままの手を握り締めて俯く彼の前で、私は『可愛い反応ね』と好感を抱いた。


「おっと、少し話しすぎたわね。そろそろ、寝かしつけてあげないと」


 『朝になってしまうわ』と述べ、私はアニスの目元にそっと触れる。


「さあ、目を閉じて」


 大人しく言われた通りにするアニスを見下ろし、私はおもむろに子守唄を歌い始めた。

徐々に呼吸のリズムが変わってくる彼を前に、私は『熟睡まで、あと数分かしら』と予測する。

────間もなくして、アニスは完全に眠りについた。


「可愛い寝顔」


 アニスの頬に指を滑らせ、私は『本当に無防備ね』と肩を竦める。

と同時に、繋いだままの手を優しく解いた。

その刹那、アニスが軽く身動ぎする。


「ん……ビオ、ラ……」


 寝言を口にするアニスに、私は少しばかり目を見開いた。


 私の夢でも見ているのかしら?

もし、そうなら嬉しいわね。


 『寝かしつけた甲斐があるというもの』と笑みを深め、私は立ち上がる。


「おやすみ、アニス」


 最後にもう一度頭を撫でてから、私はこの場を後にした。

『ちょっと時間が押しているわね』と思案しつつ自室に引き返し、私は準備を再開する。

────その後、ほぼ休まず作業に没頭し、再びアニスの元を訪れられたのは三週間が経過した頃だった。


「久しぶり、アニス……アニス?」


 彼の姿が見当たらず、一瞬脱走を疑うものの……すぐ部屋の隅に居るところを発見する。

床に座り込んで蹲るアニスを前に、私は『一体、どうしたのかしら?』と小首を傾げた。

様々な可能性を思い浮かべながら彼に近づき、私はそっと額に触れる。

その途端、アニスは勢いよく顔を上げた。


「ビオラ……?」


 こちらを凝視し、アニスは大きく瞳を揺らす。


「いつから、ここに?」


「つい、さっきよ。それより、こんなところで体を丸めてどうしたの?」


 『何かあった?』と気に掛ける私に、アニスは取って付けたような笑みを見せた。


「いや、別に……ただ、ベッドに行くまでの気力が残ってなくてここで力尽きて寝ていただけ」

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