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最後の頼みの綱《アニス side》

◇◆◇◆


 ────同時刻、モータル公爵家の一室にて。

僕はベッドの上で布団に包まり、ただただ悶々としていた。

ビオラの言葉が、表情が、行動が頭から離れなくて。


 僕はこれから、一体どうすればいいんだ……いや、分かっている。

もう一度、ビオラを愛せば全て解決なんだろう。

でも、気持ちは理屈じゃないから……なかなか思い通りには、いかない。


 『この人を好きになろう』と思ってなれる訳じゃない現実を前に、僕は奥歯を噛み締めた。


「そもそも、今のビオラには悪感情しか……」


 自由を奪われて、ミモザも奪われて、いつか命まで奪われるかもしれないんだ。

好感を持つ方が、おかしい。


 爪が食い込むほど強く手を握り締め、僕はおもむろに天井を見上げる。

と同時に、一つ息を吐いた。


「だけど────嫌いには、なれないんだよな」


 怒りも恨みも憎しみもあるのに、何故か完全に突き放すことは出来ない。

多分、それはこれから先もずっと変わらないだろう。


 情や絆といった単語を思い浮かべ、僕は何とも言えない気持ちになる。


「今の僕にとって、ビオラは一体どんな存在なんだろう……」


 『書類上は夫婦らしいが、そうじゃなくて……』と思考を巡らせ、僕は額に手を当てた。


 知人と呼ぶには近すぎて、友人と呼ぶには異質で、恋人と呼ぶには遠い……本当に形容し難い関係性。


 納得の行く答えがすんなり出てこなくて、僕は眉間に皺を寄せる。


「……あーーー、ダメだ。考えが、まとまらない。一旦、ビオラのことは置いておくか?」


 すっかり煮詰まってしまった僕は、思考放棄に走った。

が、肉の焼ける独特な匂いのせいでついビオラのことを考えてしまう。

『まるで、呪いだな……』と思いつつ、僕はチラリと暖炉の方を見る。

もうかなり黒くなっている舌や手を前に、僕は唇を引き結んだ。

────と、ここで部屋の扉が開く。


「────えっ?モータル公爵と夫人?」


 扉の向こうから現れた二人を凝視し、僕は飛び起きた。

まさか、あちらから訪ねてくるとは思ってなかったので。

『浮気した婿になんて、会いたくないだろうからな』と思案する僕の前で、彼らは鼻を手で覆う。

恐らく、肉の焼けるような臭いが気になったのだろう。

でも、その正体までは分からないようで二人とも直ぐにこちらへ意識を向けた。


令息(・・)に大事な話があります」


「時間がないから、手短に言いますね」


 何故か他人行儀……というか、以前と変わらない態度で接してくる二人は張り詰めた空気を放つ。

『浮気男なんて婿には認めない、ということか?』と考える僕を前に、彼らは表情を硬くした。


「もう痛感しているでしょうが、ビオラはとても危険な存在です」


「傍に居れば、令息もただでは済まないでしょう」


 どことなく緊張した面持ちでこちらを見据え、二人は背筋を伸ばした。


「なので、令息さえ良ければ────ここから、出して差し上げます」


「フェアレーター伯爵家には私達の方から事情を説明しますし、離婚の手伝いもしますわ」


 ビオラから逃れられるよう出来る限り協力することを宣言する二人に、僕は目を剥く。

モータル公爵と夫人の助力を得られるとは、予想してなかったため。


 何がどうしてこうなったのかよく分からないが、こちらとしては渡りに船だ。

断る理由はない。


 少しばかり表情を緩め、僕はベッドから降りた。


「是非よろしくお願いします」


 深々と頭を下げて頼むと、二人は小さく首を縦に振る。


「それでは、早速移動を開始しましょう」


「事情説明のため、私達も同行しますね」


 『令息だけで伯爵家に行ったら、最悪追い返される可能性が……』と危惧しつつ、二人は踵を返す。

と同時に、固まった。

何故なら、そこに────ビオラの姿が、あったから。


「ただいま帰りました、お父様、お母様。それに、アニスも」


 普段通りの穏やかな口調、穏やかな笑顔、穏やかな態度を取るビオラ。

それが尚更怖かった。

思わず表情を強ばらせる僕達の前で、彼女は小首を傾げる。


「それで、これは何の騒ぎですか?」


 ゆっくりと室内に足を踏み入れ、ビオラは僕と夫妻を交互に見た。

ビクッと反応する僕達を前に、彼女は自身の顎を撫でる。


「移動とか、同行とか仰っていましたが」


 途中まで立ち聞きしていたのか、ビオラは会話の内容を口にした。

その瞬間、モータル公爵が顔を上げる。


「ああ、令息をここから出す算段を立てていたんだ」


 『誤魔化せない』と判断したらしく、モータル公爵はあっさり自白した。

かと思えば、ビオラの肩を掴んで少しばかり表情を引き締める。


「ビオラ、お前はさすがにやり過ぎた。これまでは諸々の経緯や原因を鑑みて静観してきたが、舌や手を奪うのは常識の範疇を越えている」


 看過出来ないことを告げ、モータル公爵は黒い瞳に強い意思と覚悟を宿した。


「よって、これ以上の暴挙は……」


「何やら、勘違いしていらっしゃるようですね」


 モータル公爵の言葉を遮り、ビオラは彼の手を掴む。


「ミモザ王女殿下の舌や手を奪ったのは、単なる憂さ晴らしのためじゃありません」


 ハッキリ言い切り、ビオラはモータル公爵の手をそっと下ろした。

『その言葉は本当なのか……』と疑う僕達を前に、ビオラは説明を始める。


「実は────」


 オルニス皇太子殿下の関与、フスティーシア王国の思惑、ミモザの立場などなど……本件の裏側が、明らかになった。

衝撃を受ける僕達の前で、ビオラはニッコリ笑う。


「これで、ご理解いただけましたか?」

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