最後の後始末
本当の意味ではまだ収束していない今回の一件を思い浮かべ、私はこの場を後にした。
『ミモザ王女殿下の協力者に会いに行かないと』と思いつつ、向かったのは────皇城。
「ごきげんよう────オルニス皇太子殿下」
駆け落ちを成功に導きかけた最大の要因である人物に、私はお辞儀した。
すると、彼は何とも言えない表情を浮かべて応じる。
「……ああ、よく来たね」
ソファの上で足を組み、オルニス皇太子殿下はこちらを見つめた。
「とりあえず、座って」
「はい、失礼します」
一人掛けの椅子に腰を下ろし、私は居住まいを正す。
「では早速ですが、今回の一件の顛末について報告しますね」
そう前置きしてから、私はフスティーシア王国の認識やミモザ王女殿下の処遇を説明した。
「────ということで、オルニス皇太子殿下の関与はフスティーシア王国にもスヴィエート神聖国にもバレていません」
「……」
言質を取られるのが嫌なのか、オルニス皇太子殿下は沈黙した。
往生際の悪い彼を前に、私は『これじゃあ、いつまで経っても話が進まないわ』と肩を竦める。
「オルニス皇太子殿下、私は今回の一件の真相を一生闇に葬り去るつもりです。公になれば、モータル公爵家も無事じゃ済みませんから。なので、いい加減本音で話してくれませんか」
事実確認に時間を掛けたくない意向を示し、私はトントンと指先でソファの肘掛けを叩いた。
それから、何分経過したか……いくら待っても、オルニス皇太子殿下は口を開かない。
こちらの言葉が信じられないのかまだ迷っている彼を前に、私は腕を組む。
「分かりました。あくまで素知らぬ態度を貫き通すなら、要求だけ伝えて私はお暇します」
これ以上時間を無駄にしたくなかったので、私は早々に予定を変更した。
どこかホッとしたように表情を和らげるオルニス皇太子殿下の前で、私は顎に手を当てる。
「まず────二度とモータル公爵家に不利益となる行動は、取らないでください」
『今回のようなことは、もう御免です』とハッキリ言い、私はしっかり警告した。
僅かに表情を硬くするオルニス皇太子殿下を前に、私はふと自身の手を見下ろす。
「それから、今回の一件の賠償として皇室が所有するアレキサンドライトを要求します」
左手の薬指をそっと撫で、私はゆっくりと視線を上げた。
「伝えたいことは、以上です。要求を受け入れるかどうかは任せますが、拒んだ場合こちらも相応の対応をしなければなりませんのであしからず。それでは」
さっさと話を切り上げ、私は立ち上がる。
そして、この場から立ち去ろうとすると────
「今後、ああいう情報はこちらに渡してほしい。他国などではなく」
────オルニス皇太子殿下が、口を開いた。
こちらの質問や要求には一切返事をしないのに、そういうことはちゃんと言えるのね。
実に都合のいいお口だわ。
おもむろにオルニス皇太子殿下の方を向き、私はスッと目を細める。
不満が滲んだ紫色の瞳を眺めながら。
鉱山の件が、余程気に食わないみたいね。
順当に行けばレジデンス帝国のものになっていたから、フスティーシア王国に横取りされたような気分なのだろう。
駆け落ちを幇助したのだって、帝国にチャンスをもたらすため。
結婚を台無しにすればスヴィエート神聖国はフスティーシア王国に不信感を抱き、色々考え直す筈だから。
『それで上手いこと帝国に話を持ってくれば……』と思案し、私は内心溜め息を零した。
人間、一度手にしたもの……もしくは手にして当然のものを取られると一番悔しく感じるらしいが、ここまで執着されるとは思ってなくて。
『もっと理知的な方だと思っていたのだけど』と考えつつ、私はニッコリと微笑む。
「それはオルニス皇太子殿下の行い次第ですわ。私やモータル公爵家にとって有益かつ友好な存在であれば情報提供はもちろん、その他の協力も惜しみません」
臣下と主の関係ではあるものの、あくまで他人であり全てを捧げられるような間柄ではないことを突きつけ、一線を引いた。
『誠意を見せてほしい』と主張する中、オルニス皇太子殿下はまた無言になる。
が、今度は直ぐに沈黙を破った。
「努力しよう」
覚悟を決めたように表情を引き締め、オルニス皇太子殿下は真っ直ぐこちらを見据える。
「その証と言ってはなんだが、先程の要求は全て呑む」
『こちらは本気なんだ』ということを示すため、オルニス皇太子殿下はそう言い切った。
『アレキサンドライトは一ヶ月以内に手配する』と補足する彼を前に、私は頬を緩める。
「ありがとうございます、オルニス皇太子殿下」
ここに来た目的が無事達成し、私は『これで、後始末は終わり』と笑みを深めた。




