最終警告
◇◆◇◆
────時は遡り、ミモザ王女殿下を地下室に連れていった翌日。
私はあるものが入った袋を持って、アニスの元へ足を運んだ。
以前使っていた部屋よりずっと質素で小さい空間を前に、私は顎に手を当てる。
急ごしらえだったら仕方ないとはいえ、さすがにちょっと地味ね。
派手好きなアニスには、似合わないわ。
早く新しい部屋を手配しないと。
『せっかくだから、前より良いものにしよう』と考えつつ、私はベッドの前で足を止めた。
「ただいま、アニス。挨拶が遅くなってしまって、ごめんなさい」
『色々とやることがあって』と話し、私はまた寝たフリしているアニスを見下ろす。
案の定とでも言うべきか無言の彼に、私は内心肩を竦めた。
「ミモザ王女殿下は今朝、フスティーシア王国の者達のところへ戻ったわ。恐らく、このままスヴィエート神聖国へ行くことでしょう」
「……」
一切反応を示さないアニスは、異様なほど静かだった。
まあ、別にいいわ。想定の範囲内だもの。
ただ、ここから先は否が応でも私を無視出来なくなるわよ。
手に持っていた袋を見つめ、私はゆるりと口角を上げる。
「ところで、アニス。貴方に見せたいものがあるの」
ゆっくりと袋の口を開け、私は少しばかり身を乗り出した。
アニスにも見えやすいように、と。
「ほら、目を開けて」
『起きていることは分かっているんだから』と言い、私はじっとアニスを見つめる。
が、彼は頑として目を開けなかった。
本当、強情ね。
せっかくだから我慢比べしてあげてもいいけど、それじゃあ中身が腐ってしまうかもしれないし、ここは荒療治を取るべきかしら。
『それにこんなものをいつまでも持っていたくないもの』と思い、私は口を開く。
「ミモザ王女殿下の舌と両手はこれで見納めよ?本当に見なくていいの?」
「!」
思わずといった様子で目を開け、アニスは袋の中を見た。
かと思えば、口元を押さえて真っ青になる。
「な、なっ……」
恐怖に染まった表情でこちらを見据え、アニスはこれでもかというほど震え上がった。
ベッドに肘をついて仰け反る彼を前に、私は笑みを深める。
『やっと、私を見てくれたわね』と喜びながら。
「あら、どうして怯えているの?これは愛する人の一部なのに」
『何も怖いことなんて、ないわよ』と口にし、私はスッと目を細めた。
「私だったら、袋を奪い取って自分のものにして思い切り愛でるけど」
『何かしらの保存加工なんかもして』と述べる私に、アニスは堪らずこう言い返す。
「はっ……!?お前、頭おかしいんじゃないか!?」
「ええ、そうみたいね」
おもむろに相槌を打ち、私は自身の胸元に手を当てた。
「私の愛は常軌を逸している。でもね、こうさせたのは……本性を表すキッカケを与えたのは、他の誰でもない貴方なのよ」
黒い瞳に深い闇を宿し、私はベッドの上に載る。
「アニスが他の女性に目移りせず、ちゃんと私を愛してくれていたら……一生自分の欲求を押さえ込んで、添い遂げる覚悟だった」
「!」
アニスはハッとしたように息を呑み、固まった。
僅かに表情を曇らせる彼の前で、私はゆっくりと手を伸ばす。
そして、アニスの頬を優しく包み込んだ。
「ねぇ、アニス。どうして、ミモザ王女殿下を愛してしまったの?どうして、ずっと私を愛してくれなかったの?どうして……どうしてなの?」
「……」
下を向いて黙り込み、アニスはベッドのシーツを強く握り締める。
どうやら、質問に答える気はなさそうね。
まあ、いいわ。元々ちゃんとした答えをもらえるとは、思ってなかったから。
とりあえず、今は最終警告をするとしましょう。
先日の駆け落ち未遂事件を通して我慢が限界に達していた私は、『これが最後のチャンスよ』と心の中で呟いた。
「アニス、お願いだからこれ以上選択を間違えないで。じゃないと────貴方の全てを奪うことになるわ」
アニスの耳元に唇を寄せ、私は頬に添えていた手をズラす。
「まずは、貴方の手足」
アニスの手の甲や太ももを指先でなぞり、私はビクッと反応する彼を眺めた。
「次に、正常な思考と心」
おもむろにアニスの頭を撫でて、そのまま滑り落ちるようにして胸元へ手を当てる。
どことなく体が強ばっている彼の前で、私はゆっくり顔を上げた。
「最後に、命」
首元まで手を持ってきて、私は喉仏を押し潰すような力で圧迫する。
が、直ぐに手を下ろした。
別に絞め殺したい訳じゃないため。少なくとも、今は。
「出来れば、ありのままのアニスを愛したいから賢い決断を下すことを祈っているわ」
首にくっきりと残った痕を一瞥し、私はベッドから降りる。
ケホケホと咳き込むアニスを他所に、私は暖炉へ足を運んだ。
と同時に、火の中へ袋を投げ込む。
さてと、最終警告も済んだし、そろそろ最後の後始末に取り掛かりましょうか。




