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スヴィエート神聖国《ミモザ side》

 もう嫌だ……こんなの耐えられない。

駆け落ちなんて、企てなければ良かった……いや、そもそもアニスを好きならなかったらビオラ・インサニティ・モータルと敵対することもなく、平穏に過ごせていた筈。

嗚呼、私はなんてミスを犯してしまったのだろう?


 今更ながら自分の判断が間違っていたことを認め、私は反省と後悔に苛まれる。

────と、ここでやっと舌が抜けた。


「痛いことは、これでおしまいです。ミモザ王女殿下、お疲れ様でした」


 道具に挟んだままの舌を一瞥し、ビオラ・インサニティ・モータルは穏やかに微笑む。

その瞬間、私は意識を失った。

恐らく、地獄のような時間が終わって気を抜いてしまったのだろう。

────次に目覚めたときにはもう馬車の中で、スヴィエート神聖国へ向かっている途中だった。


 周りには、フスティーシア王国の者達だけ……ビオラ・インサニティ・モータルや公爵家の騎士達の姿は、ない。


 ホッと息を吐き出し、私は何の気なしに胸元へ手を当てようとする。

が、両手の消失に気づいて表情を強ばらせた。

あの出来事は夢でも幻でもなくて現実だったんだ、と痛感して。

当時の恐怖や不安が甦る中、馬車はゆっくり停止する。


「スヴィエート神聖国に着いたみたいですね」


 同乗していた侍女は窓の外を見やり、こちらに帽子を被せてきた。

『日差しが強そうなので』と述べる彼女を他所に、馬車の扉が開く。


「────お迎えに上がりました、ミモザ・バシリス・フスティーシア王女殿下。並びに、その御一行」


 そう言って、優雅にお辞儀するのは純白の長い髪を持つ御仁だった。

年齢は四十代くらいと言ったところだろうか。

シワの目立つお顔だが、不思議と気品を感じる。

『もしかして、この人が……』と思案する私の前で、彼は真っ直ぐこちらを見据えた。


「私は教皇のルーイヒ・ブランシュ・スヴィエートと申します。以後お見知りおきを」


 青い瞳に穏やかな光を宿すルーイヒ教皇聖下は、こちらに手を差し伸べる。

が、ハッとしたように目を見開くと直ぐさま引っ込めた。


「申し訳ございません。私としたことが……配慮が足りませんでしたね」


 『両手を失っているのに、通常のエスコートをしようとするなんて』と反省し、ルーイヒ教皇聖下は肩を落とす。

その傍で、私はゆらゆらと瞳を揺らした。


 そういえば、どうしてスヴィエート神聖国側は私のなりを見て驚かないのかしら?

事前に知っていたと考えるのが妥当だけど、一体どのように伝わっているの?


 『まさか、馬鹿正直に事情を話す訳ないだろうし……』と思い悩んでいると、こちらの侍女が身を乗り出す。


「いえいえ、そんな……正直、私共もまだこのような状況に慣れておりませんのでどうかお気になさらず。むしろ、気遣っていただいて有り難いくらいで」


「気遣うのは、当然ですよ。『散歩中に、賊から襲われた』なんて聞いたら……婚約者という立場を抜きにしても、心配します」


 そっと眉尻を下げ、ルーイヒ教皇聖下は胸元を握り締めた。

『まだ若いお嬢さんになんてことを……』と憂う彼を前に、私はキュッと唇を引き結ぶ。


 賊、ね……なるほど。今回の一件はそういうシナリオになっているのか。


 大体の事情を呑み込み、私はそっと目を伏せた。

自分の知らないところで事が進んでいることに、少なからず恐怖と不満を抱いて。

思わず表情が硬くなる私を他所に、ルーイヒ教皇聖下は一つ息を吐く。


「幸い、主犯はもう捕まってきちんと罰を受けたようですが……」


 『先程、知らせを受けました』と補足するルーイヒ教皇聖下に対し、私は反応を見せた。

だって、居もしない襲撃犯()を処分するため誰かが犠牲になったのかと思うと複雑で。


「ぅ……ぉ……う……」


 堪らず、声を上げるものの……舌を抜かれているため、私は上手く喋れない。

その瞬間、私はようやく気づいた。

両手と舌を奪われた意味に。


 他者と意思疎通を取らせないため、か。

だから、お父様が許可を出したのね。

ただ痛めつけるのが目的なら、さすがに了承しなかった筈だもの。


 『恐ろしく合理的だけど、サディストではない』という父の人柄を思い浮かべ、私は俯いた。

────と、ここでルーイヒ教皇聖下が少し身を屈める。


「もう一度、仰っていただけますか?最近、耳が遠いのかよく聞き取れなかったもので」


 わざと自分に非があるような言い方をして、ルーイヒ教皇聖下は話しやすい雰囲気を作ってくれた。

本気でこちらの意思や感情を読み取ろうと神経を研ぎ澄ませる彼に、私は目を剥く。

まさか、こんな風に向き合ってくれるとは思ってなかったので。


 噂通り、凄くいい方なのね。

それに比べて、私は……。


 駆け落ちしようとしたことやルーイヒ教皇聖下との結婚を嫌がっていたことが思い出され、私は縮こまる。

『合わせる顔がない……』と今更ながら思う私を前に、侍女が割って入ってきた。


「失礼。ミモザ王女殿下は例の事件で心を病んでおりまして……あまり刺激しないでいただけると」


 助け船のつもりか、侍女はルーイヒ教皇聖下を遠さげようとする。


「それから少々おかしな行動(・・・・・・・・)を取ってしまうこともありますが、どうか広い心でお許しいただけますと幸いです」


「!」


 明らかに悪意……というか作為の感じられる発言に、私は小さく息を呑んだ。


 まさか、わざと私を精神異常者に仕立て上げて完全に身動きを取れなくなるするつもり?

万が一にも、他者と意思疎通を取らせないために……なんて、卑劣な。

今すぐ、打開策を────。


 おかしい人間扱いされるのはさすがに許せず、反抗しようと考える。

だが、しかし……とある人物の存在を思い出して、尻込みした。


 や、やっぱり大人しくしておきましょう。

もし、また────ビオラ・インサニティ・モータルの不興を買ってしまったら……今度は殺されるかもしれない。


 平気な顔で……いつもの笑顔で舌や両手を奪っていった彼女のことを思い返し、私は身震いする。

『余計なことはしないでおこう』と心底思う中、会話は終わり本格的にスヴィエート神聖国からの歓迎を受けた。

そして、静かに過ごすこと数ヶ月────私は無事に式を挙げる。

これで、正真正銘ルーイヒ教皇聖下の妻となった。


 正直なところ、今は彼との生活も悪くないと思っている。

式の準備期間中に見たルーイヒ教皇聖下の人柄が、本当に素晴らしくて……胸を打たれたから。

恋とか愛とかは芽生えてないけど、人として尊敬出来る方なので何の問題もなく添い遂げられるわ。


 新居として割り当てられた屋敷の中で、私は頬を緩める。

この平穏と幸福を噛み締めながら。

『願わくば、この時間が永遠に続きますように』と祈り、私はうんと目を細めた。

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