苦痛《ミモザ side》
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────モータル公爵家に閉じ込められてから、一週間後。
私は元居た客室から地下室に連れてこられ、宿敵のビオラ・インサニティ・モータルと対面した。
護衛騎士を何人もつき従えている彼女に対し、私は警戒心を抱く。
なんせ、ビオラ・インサニティ・モータルは狡猾であくどい人物だから。
『今度は何を仕掛けてくるか……』と身構えていると、彼女は手袋を装着する。
それも、かなりゆっくり……まるで、こちらに見せつけるかの如く。
「ミモザ王女殿下、実は私フスティーシア王国に行っていました。フェンネル国王陛下に本件の始末をどう付けるのか、相談するために」
「!」
ビクッと大きく肩を揺らし、私は思い切り表情を強ばらせた。
嘘……宿の者達と接触しているのは分かっていたけど、まさかお父様のところまで行っていたとは。
道理で、この一週間やけに静かだと思ったわ。
ビオラ・インサニティ・モータルがちょっかいを掛けてくることも、同行していた者達が訪ねてくることもなかった日々を思い返し、私は憂鬱になる。
嫌な予感が、止まらなくて。
『一体、どんな話し合いをしたのよ……』と不安を抱える私の前で、彼女は騎士から剣を受け取る。
「その結果ミモザ王女殿下の舌を引き抜き、両手を切り落とすことに決まりました」
「はっ!?」
思わず大きな声を上げてしまう私は、僅かに身を乗り出した。
「な、何よ、それ!完全に拷問じゃない!お父様がそんなこと、本当に許可したの……!?」
「ええ、賛同していただけましたよ」
笑顔で断言し、ビオラ・インサニティ・モータルはこちらへ近づく。
反射的に数歩後ろへ下がる私を前に、彼女はスッと目を細めた。
「ミモザ王女殿下を押さえて」
「「「はっ」」」
傍で待機していた騎士達は素早く私の背後に回り込み、拘束する。
それも、うつ伏せの体勢にさせて。
「っ……!無礼よ……!今すぐ離しなさい!」
床に寝転がるなんて下品以外でしかないため、私は不快感と嫌悪感を露わにした。
『とんでもない屈辱だわ!』と憤る私に、ビオラ・インサニティ・モータルは笑みを深める。
心底愉快そうに。
「我慢なさってください。しっかり固定しないと、危ないんですから」
鞘から剣を抜き、ビオラ・インサニティ・モータルは私の斜め前に立った。
「では、まず右手を切り落としますね」
そう言うが早いか、ビオラ・インサニティ・モータルは何の躊躇いもなく剣を振り下ろす。
その瞬間、私は自分でも考えられないほど大きな呻き声を上げた。
手首が……手首が!
これまで感じたことのない鋭い痛みに、私は涙を流す。
心臓が嫌というくらい早く動く中、ビオラ・インサニティ・モータルは剣をゆっくり持ち上げた。
「あら?まだ切断出来ていませんね。もう一度、攻撃を加える必要がありそうです」
一応繋がったままの手首を見下ろし、ビオラ・インサニティ・モータルは再び剣を構える。
『ひっ……!』と小さな悲鳴を零す私の前で、彼女は本当に迷いなく切りつけてきた。
こんな血生臭いことするのは、初めての筈なのに。
「おや……傷口は深くなりましたが、切断には至りませんでしたね。申し訳ございません。何分素人ですから、どうか大目に見てくださいませ」
『熟練の剣士のように一太刀で、とは行かないんです』と弁解し、ビオラ・インサニティ・モータルは剣を振り上げる。
返り血を帯びて真っ赤になったソレを前に、私は小さく震えた。
「も、もうやめ……」
「なりません。これはフェンネル国王陛下の命令ですから」
こちらの懇願を軽く一蹴し、ビオラ・インサニティ・モータルは同じところに攻撃を加える。
そして、ようやく右手の切断に成功した。
「今度こそ、切り落とせましたね。良かったです」
床に落ちた右手を拾い上げ、ビオラ・インサニティ・モータルはニッコリと微笑む。
傍に居る騎士達は、真っ青だというのに。
「では、続いて左手を」
切断した右手を騎士の一人に預け、ビオラ・インサニティ・モータルは反対側に移動した。
元居た位置では、上手く狙いを定められないからだろう。
「ねぇ、お願い……右手だけで勘弁して……何でもするから……」
これ以上苦痛に耐えられる気がせず、私は慈悲を乞う。
汗と涙でグチャグチャの顔を晒しながら。
「その言葉、駆け落ち計画を実行に移す前に聞きたかったですね」
ビオラ・インサニティ・モータルはもう手遅れであることを突きつけ、情け容赦なく剣を振るった。
またしても一度では切断出来ず刃先が手首にめり込むだけの結果に、私は歯を食いしばる。
痛くて痛くて気が狂いそうになる中、更に斬撃を受け続けて……ついに左手も失った。
「ぅ……ぐ……っ……」
悔しいとか悲しいとかの感情はなく、ただただ『この地獄を終わらせてほしい』という気持ちでいっぱいになる。
激痛のあまり上手く呼吸も出来なくなる私を前に、ビオラ・インサニティ・モータルは左手と剣を騎士に渡した。
かと思えば、ハサミのような道具を手に取る。
「さて、最後は舌になります」
ゆっくりと身を屈め、ビオラ・インサニティ・モータルは私の顎を掴み上げた。
「さあ、大きく口を開けてください」
「……ぁ」
もう抵抗する気力も体力も残っていなくて、私は素直に従う。
『とにかく、早く終わらせよう……』と考える私の前で、ビオラ・インサニティ・モータルはゆるりと口角を上げた。
「お利口さんですね。では、次に舌を出していただけますか」
「……ぅ」
言われた通りにすると、ビオラ・インサニティ・モータルはハサミのような道具で舌を挟む。
「そのまま、動かないでくださいね」
道具を握る手に力を込め、ビオラ・インサニティ・モータルは思い切り舌を引っ張った。
無遠慮という言葉がよく似合う強さに、私は身を強ばらせる。
両手を切り落とされたときとはまた違う痛みが、襲ってきたため。
血管や神経のちぎれる音が、聞こえる……それに、口内に鉄の味が広がって……。
『本当に舌を引き抜かれそうになっているんだ』と実感が湧き、私は一層恐怖した。
痛みのせいか、それとも情緒不安定なせいか体が痙攣する私を前に、ビオラ・インサニティ・モータルは目を細める。
「こちらも一筋縄ではいきませんね」
手首を斬り落としたときと同様に時間が掛かることを仄めかし、ビオラ・インサニティ・モータルは少し力を緩めた。
が、それはほんの一瞬で気を取り直したかのように目いっぱい引っ張る。
「っ……!」
私は声にならない声を上げ、悶え苦しんだ。




