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「────ビオラ、何をしているの……?」


 そう言って、私の部屋に現れたのは母のアイラ・ヘイリー・モータル公爵夫人だった。

お団子にした紫髪が特徴の彼女は、緑の瞳に疑問を滲ませる。


「それは一体……?」


 私の手元やベッドの下に置いてある箱を見やり、母は戸惑いを示した。

何故なら────明らかに生き物としか思えないものの姿が、あったから。


「見つかってしまいましたか」


 私はベッドの横に座り込んだまま、体ごと後ろを振り向く。

ハーフアップにした紫髪を揺らしながら。


 どうやら、扉がきちんと閉まってなかったようね。

さっき、この子達の食事を持ってくるとき両手が塞がっていたから。


 傍に転がっている花をチラリと見て、私は少し悩む。

欲を言うと、この子達のことは内緒にしておきたかったので。

存在を知られることさえ、嫌だった。

でも、こうなってしまってはもうしょうがない。


「これは────蝶々(・・)です、お母様」


 訊かれたことに正直に答えると、母は大きく目を見開いた。


「蝶々?それが?だって、羽が……」


 空を飛ぶための部位が無くなっていることに言及するなり、母はサッと顔色を変える。


「ビオラ、貴方まさか……!」


 珍しく声を荒げ、母はこちらに駆け寄ってきた。

かと思えば、呆然と立ち尽くす。

────ベッドの上に載せていた羽を凝視して。


「あ、嗚呼……!なんてこと……!」


 口元に手を当てて崩れ落ちる母は、ゆらゆらと瞳を揺らした。

────と、ここで他の者達も私の部屋にやってくる。

恐らく、母の声を聞いて異変を察知したのだろう。


「何があった!?」


 慌てた様子でこちらに駆け寄る父のエリオット・ジミー・モータル公爵は、私と母を交互に見た。

と同時に、母が顔を上げる。


「エリオット、ビオラが蝶々を……蝶々の羽をもいで(・・・)……」


 震える声で事情を説明する母に対し、父はビクッと肩を揺らした。

その際、短く切り揃えられた赤髪も一緒に振動する。


「な、なんだと!?それは何かの間違いじゃ……」


 『間違いじゃないのか!?』と続ける筈だっただろう言葉を呑み込み、父は数秒ほど固まった。

その視線の先には、胴体のみとなった蝶々や剥ぎ取られた羽が……。


「嘘だろう……?本当にそんなことが……?」


 僅かに表情を曇らせ、父はたじろぐ。

私とそっくりな黒い瞳に、動揺と困惑を滲ませて。


「どうして、こんな酷いことを……」


「この子達を外の世界に行かせないためです。ずっと一緒に居るためには、羽をもぐのが一番だと考えました」


 一切言い淀むことなく自分の意見を述べると、父は言葉を失う。

他の者達も同様に絶句し、大きく瞳を揺らした。

恐怖や失望といった感情を見せる彼らに、私は目を瞬かせる。

『そんなに驚くようなこと?』と疑問に思って。


「やり方は少々強引かもしれませんが、これも愛ゆえです」


 至ってまともな動機であることを主張し、私は真っ直ぐ父の目を見つめ返した。

その刹那、彼が私の肩を掴む。


「それは愛じゃない」


 真剣味を帯びた声色で否定し、父は小さく深呼吸して身を屈めた。


「相手の自由を奪って束縛するのは、支配と一緒だ」


 『羽をもぐ』という行為に異を唱える父に対し、私は反論する。


「でも、こうでもしないと二度と会えなくなる可能性が……」


「ビオラ、お前には相手を信じる気持ちが欠けている」


 こちらの言葉を遮って切り返し、父は蝶々達を見下ろした。


「また会える可能性を低く見積もり、相手の思いや矜恃を踏みにじるのはとても無礼で愚かな行いだ。ある種の裏切りと言ってもいい」


 『万が一の事態を想定して予防するのも大切だが、限度がある』と諭し、父は私の手を包み込む。

上に載せている蝶々を潰さないよう、うんと優しく。


「愛しているというなら、相手を信じて尊重しなさい。それこそが、愛なのだから」


 愛し方を改めるよう言い聞かせてくる父に、私はすぐ返事が出来なかった。

あまり共感出来ない意見だったから。


 大切なものは、仕舞っておくべきなのに。

だって、何かに傷つけられたり唆されたりしたら大変だもの。

わざわざ、不確定要素の多い外へ行かせるなんて考えられないわ。


 『合理性に欠ける』と思う中────母が口を開く。


「え、エリオットの言う通りよ」


 父の言い分を支持し、母は一歩前へ出た。

すると、この場に集まった騎士や使用人も『そうですよ』と同調する。

なので、私は完全に孤立無援となった。


 皆が皆、口を揃えてこう言うなんて……どうやら、私の愛は正しくなかったみたいね。


 正直納得は出来ないものの、さすがにここまで否定されては考え直すしかない。


「分かりました。今後はそのようにします」


 父の意向に従うことを宣言すると、彼らは胸を撫で下ろす。


「一先ず、その蝶々達は最後まで面倒を見よう」


「さすがに羽のない状態では、自然で生きていけないものね」


「では、庭の花壇近くに虫籠を置いて快適に過ごせるようにしましょう」


「そうですね。出来るだけ、自然に近い状態の方がいいでしょうから」


 大人達は蝶々達への対応を決め、さっさと行動に移した。

どんどん運び出されていく蝶々達の前で、私は目を伏せる。

自分以外の誰かが、あの子達の世話を焼くなんて不快でしかなくて。

正直、見るに耐えなかった。

『私だけのものでは、なくなってしまった』と実感する中、蝶々達は数日で息を引き取る。


「さようなら」


 庭の片隅に埋葬された蝶々達へ、私は綺麗な花を供えた。

なんだか胸の中にポッカリ穴が空いたような感覚を味わいつつ、私はゆっくり身を起こす。


「ずっと一緒に居られなくて、残念だわ……」


 人と虫の寿命が違うことは理解していたものの、いざその現実を目の当たりにすると……何とも言えない気持ちになった。


「どこかに居ないかしら?ずっと一緒に居られる存在……」

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