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後日談:第二王子殿下の嫉妬

* * * * *






 第二王子殿下は意外と嫉妬深い、とルヴェナ・テセシアは思う。


 主人であり、第二王子の婚約者でもあるスカーレット様は毎日体力作りや剣の鍛錬を欠かさず、ほぼ休まず訓練場に通っていることもあって近衛だけでなく一般の騎士とも交流が深い。


 そして女性騎士もいるけれど、騎士という職業は男性の割合のほうが多かった。


 訓練場の休憩所に控え、スカーレット様が戻ってくるのを待つ間、眺めているだけでも主人は人気者なのだと分かった。騎士達に声をかけられ、一人ずつと剣を合わせ、また話す。


 気の強そうな顔立ちだが美人なスカーレット様は、微笑むと人目を引く。


 騎士達と話す様子はどこか楽しげで、騎士達も楽しそうだ。


 誰もが第二王子殿下の婚約者と知っていても……いや、知っているからこそ、公爵令嬢で王族の婚約者でもあるスカーレット様に気さくに話しかけられると、つい話したくなってしまうのだろう。


 それにスカーレット様は強いから、そういう意味でも騎士からは人気があった。


 元々、貴族として社交もこなせるスカーレット様は、騎士達に囲まれても全く気にしていない。


 だが、気にする人物が実は一人だけいる。


 ……ああ、また見ていらっしゃるわ。


 訓練場のそばにある通路を通りかかった第二王子殿下が立ち止まり、スカーレット様を遠くから見つめている。この光景は仕えるようになってから何度も目にした。第二王子殿下の、あの憂いを帯びた表情も最近では見慣れたものだ。


 気になるなら声をかければいいのに、スカーレット様の楽しそうな様子を見て『邪魔したいような、したくないような、でも他の男性に囲まれているのはやはり少し気になる』といったところなのだろう。


 普段は笑顔で穏やかな第二王子殿下だからこそ、その憂いに満ちた表情は珍しい。


 スカーレット様の前でもあの表情を見せれば、スカーレット様も気付いてくれるのに。


 第二王子殿下はスカーレット様の交友関係には口出しをしない。


 それだけ信用して、スカーレット様の気持ちを尊重しているのだと分かる。


 第二王子殿下の護衛騎士達は黙って控えている。


 護衛騎士も何か言えばいいのだが、それはルヴェナも同じなので他人のことは言えなかった。


 こちらの視線に気付いた第二王子殿下がすぐに笑みを浮かべて歩いて来る。




「それはスカーレット用のタオルかしら?」




 それ、と手に持っているものを示されて頷いた。


 そして、ルヴェナはひらめいた。




「第二王子殿下、よろしければスカーレット様にこちらを持って行っていただけないでしょうか? ご覧の通り、騎士様方が多くて私では近寄りがたく……」




 あえて困り顔で頬に手を当ててみせれば、第二王子殿下が目を瞬かせた。


 けれどもこちらの意図を察したのか微笑んだ。




「ええ、そうね、男性の中に入っていくのは勇気が要るわよね。これはアタシが持って行くわ」


「ありがとうございます。このような雑事をお任せしてしまい、申し訳ありません」


「いいのよ、アタシがしたくてやるだけだから」




 第二王子殿下にタオルを手渡すと、いそいそと騎士達に近づいて行った。


 殿下の存在に気付いた騎士達が振り向き、それにスカーレット様も顔を上げる。




「ああ。アシュリー、お疲れ様」




 ふわりとスカーレット様が柔らかな笑みを浮かべた。


 その表情がとても幸せそうで、嬉しそうで、第二王子殿下が好きだと伝わってくる。


 他の離れた場所にいた騎士達は慣れた様子だったけれど、スカーレット様を囲んでいた騎士達はその表情に驚いた顔をした。新人か、スカーレット様とあまり関わったことがない者ばかりなのだろう。


 道を開けた騎士達の中を進み、第二王子殿下がスカーレット様の下に辿り着く。


 そうしてタオルを手渡し、抱き寄せると、第二王子殿下はスカーレット様の額に口付けた。


 スカーレット様はくすぐったそうに小さく笑いながらもそれを受け入れる。




「汗をかいているんだが……」


「そんなこと気にしないわ」




 スカーレット様が剣を左手に持ち替え、第二王子殿下の左手と自身の右手を繋ぐ。


 ……あれがスカーレット様なりの信頼なのよね。


 スカーレット様は基本的に利き手を空けていることが多い。


 いつでも戦えるように、と言っていた。護衛騎士がいてもスカーレット様は気を緩めない。


 だが、第二王子殿下には利き手を預ける。


 互いに護衛騎士がいるからというのもあるだろうが、第二王子殿下なら身を任せてもいいと思えるからだろう。分かりにくいけれど、スカーレット様らしい表現の仕方だった。


 第二王子殿下もそのことは分かっているようで、殿下も嬉しそうだ。




「スカーレット、休憩するならアタシも一緒に休ませてもらってもいいかしら?」


「アシュリーならいつでも大歓迎だ」


「ふふ、そう言われると毎日でも来たくなってしまうわね」




 スカーレット様が騎士達に「すまないがまた後で模擬戦をしよう」と声をかける。


 それから、第二王子殿下と共にこちらに来た。


 二人分の果実水を用意すれば、殿下とスカーレット様が休憩所の長椅子に並んで座った。


 寄り添って座る様子からも二人の仲の良さが窺える。


 ミレリオン王国とレンテリア王国の友好のための政略結婚と言っているが、二人は相思相愛の婚約者なので当然のことだった。あと、この二人はあまり人目を気にしない。




「それは嬉しいが、アシュリーが毎日来たら浮かれて鍛錬に身が入らなくなりそうだ。……でも、たまにこうして通りかかった時に声をかけてくれると、とても嬉しい」


「アタシもスカーレットと話せる時間があると嬉しいから、また声をかけるわね」


「ああ、そうしてくれ」




 幸せそうに話す二人に、後ろにいた護衛騎士の女性が微笑ましげな顔をしている。


 彼女達にとっても、ルヴェナにとっても、主人達の幸福は嬉しいものだった。


 ちなみに、休憩を終えた後に第二王子殿下はしっかりと騎士達に「アタシの婚約者をよろしくね」と良い笑顔で声をかけて、察した騎士達が「はい!」と元気な返事をしていた。


 その様子にスカーレット様が少し苦笑を浮かべていたので、きっと気付いているのだろう。




「それでは、また夕方頃に」


「ええ、今日も一緒に帰りましょうね」




 と互いの頬に口付けををし合う二人に、若い騎士達が顔を赤くしたり、視線を逸らしたりしていて、ルヴェナは小さく笑ってしまったのだった。






* * * * *






「スカーレット様、第二王子殿下がこちらの棚を以前から気にされておりますが……」




 このままでよろしいのですか、とルヴェナに訊かれ、わたしは頷いた。




「ああ、その棚はこのままでいいんだ」


「ですが……」


「ルヴェナの言いたいことは分かっている」




 ルヴェナが言った棚は、レンテリア王国から送ってもらった『わたしがこれまで貰った物』を置いておくためのものであった。ちなみに、ここに飾ってあるものは全て女性からだ。


 王太子の婚約者だったわたしに異性からの贈り物などなく、けれど同性の女性達からは何かと手紙や物を贈られることが多く、どれも気持ちがこもっていて捨てるのは忍びない。


 最初はとりあえず棚に保管しておいたのだが、段々と数が増え、侍女達が整えて飾るようになってくれたのでそのまま任せていた。


 これは贈ってくれた人達の、応援の証みたいなものだ。


 これだけの人が男装して騎士となったわたしを認め、応援してくれていた。


 そう思うと捨てられず、ずっと残していた。


 三度目の人生ではこういう応援が気持ちの支えになったこともあった。




「アシュリーがこの棚の物に妬いているんだろう?」


「お気付きでしたか……」


「ああ、あれで結構嫉妬深いところがあるからな。これについてはアシュリーに伝えてあるし、許しも得ているが……わたしが自分以外から受け取った物を大事にしているからモヤモヤするのかもしれないな」




 正直、これらの品は最初に受け取って確認をして以降はほぼ触れていない。


 それでも、アシュリーからすると面白くない部分があるのだろう。




「もう少しだけそこに置いておいてくれ。……結婚前には全て仕舞う」




 三度目の人生。初めて男装をした時は周囲から反感を買ったし、頭がおかしくなったのではと噂もされたし、誰も認めてはくれなかった。


 しかし、ずっとそれを貫き通せば、こうして認めてくれる人も増えた。


 目に見える形で分かることが嬉しかった。


 このまま飾り続けておくつもりはないが、もう少しだけ置いておきたい。


 それに、こんなことを考えるのは最低かもしれないが、アシュリーが嫉妬してくれるのが嬉しくて、可愛くて……アシュリーは優しいから『片付けろ』とは言わないと分かっていて飾るわたしは、やはり性格が悪いのだろう。


 ふと、あることに気付いて顔を上げる。




「その横に棚を増やせるか?」




 ルヴェナがキョトンとした顔をする。




「え? はい、新しい棚が必要でしたら置けるかと……?」


「アシュリーから貰った物を飾る棚だ。こちらだけ丁寧に飾ってあるから嫉妬するのだろうし、アシュリーからの物も飾るのはどうだろうか? ……いや、だが、それだともし失くしてしまったら困るな……」




 アシュリーから貰った物は全て大事に保管してある。


 正直、それらはあまり人目に触れさせたくない。


 ……アシュリーがわたしのためにくれたものだ。


 何となく、他の人間の目に触れるほど、何かが減ってしまうような気がした。


 わたしだけのものだから、誰にも見せたくなかった。


 考え込んでいると、こほん、とルヴェナが小さく咳払いをしたので意識が引き戻される。




「それでしたら、寝室にガラス戸付きの棚を置き、そちらに飾るのはいかがでしょうか? 第二王子殿下にその旨をお伝えすれば、きっと喜ばれます。寝室は非常に私的な場所ですから、そこに飾るのは殿下のものだけになさるとより特別感が出て、殿下のご不満も落ち着くかと」




 ルヴェナの提案に「なるほど」と思わず頷いた。


 それなら失くす心配もないし、寝室なので他の誰かに見られることもない。




「そうするか」


「では、寝室に置く棚のご用意をいたしますね」


「ああ、よろしく頼む」




 そんな話をしていると訪問者があった。


 話をすればというやつで、来たのはアシュリーだった。




「スカーレット、良ければお茶でもしない?」




 と綺麗な紙袋を持つ手を軽く掲げてみせるアシュリーに頷き返した。




「ああ、いいな」


「ルヴェナ、このお菓子も出してちょうだい」


「かしこまりました」




 ルヴェナがお茶の準備をする中、アシュリーがこちらに来て、わたしの横に座る。


 当たり前のようにアシュリーはわたしの手を握った。




「スカーレット、今日は機嫌が良さそうね?」


「そうか? ……まあ、そうかもな」


「何か良いことでもあったのかしら?」




 アシュリーに寄りかかる。




「大したことではないさ。寝室に新しく棚を入れようと思っただけだ」


「寝室に? 珍しいわね?」




 そのまま、アシュリーの頬に触れて顔を寄せ、耳元で囁いた。




「アシュリーから貰った物だけを飾る棚だ」




 そう伝えれば、アシュリーの翠色の目が丸く見開かれる。


 それから嬉しそうにアシュリーが笑った。




「寝室に飾ってくれるのね」


「ああ、あの棚と同じように飾って失くしたり、人目に触れさせたりしたくないんだ。せっかくアシュリーがわたしにくれた物だからな。ガラス戸付きの棚に仕舞ったらどうかとルヴェナが提案してくれてな」


「大事にしてくれる気持ち、とっても嬉しいわ」




 ギュッと抱き寄せられ、額に口付けられる。


 それから、ふふふ、とアシュリーがおかしそうに小さく笑う。




「アタシ、実はあの棚の物に少し嫉妬していたの。レンテリア王国から送ってもらうくらい、大切なんだろうと分かってはいたけれど、あなたの気持ちがアタシ以外に向いているかもと思うと面白くなくて……」




 困ったような顔でアシュリーが微笑んだ。




「子供っぽいでしょう?」




 わたしは顔を寄せ、アシュリーに口付けた。


 嫉妬していることは分かっていたが、まさか、こうして話してくれるとは。




「あれはわたしを応援してくれている人達の気持ちだから残しておきたい、と思っていて……だが、結婚前には片付けるつもりだった。わたしの気持ちは全てアシュリーのものだ」




 もう一度、軽く口付ければ、ギュッと強い力で抱き締められた。




「ああ、レティ、あなたはアタシを喜ばせる天才ね……!」




 心底嬉しそうな声が頭上から降ってくる。




「それにしても寝室に置く棚……もっと沢山、棚が埋まるくらい贈ってもいいかしら?」


「嬉しいが、無理に贈らなくていい。ゆっくり、時間をかけて、棚が埋まっていくのも楽しいんだ。……それだけ長く一緒にいるという証になるから」




 アシュリーを抱き締め返し、すり寄る。


 それから、アシュリーを見上げた。




「これからも、一緒に思い出を重ねていこう」




 今度こそ、今の人生はこのまま生きて行きたいから。




「ええ、もちろん。沢山思い出を作りましょうね」




 微笑むアシュリーに、わたしも笑い返す。


 これで、嫉妬は少し収まるだろうか。


 ……嫉妬しているアシュリーも可愛かったのだが。






 

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― 新着の感想 ―
[一言] 可愛い。 アシュリーが、可愛い。 スカーレットが、可愛い。 見守るルヴェナも、可愛い。 以上、語彙が崩壊した世界から、感想を申し上げました。 m(__)m
[良い点] ルヴェナ視点での幸せそうな二人が、アシェリーの小さな嫉妬を中心に素敵に表現されていたところ。 他人に見せびらかすものではなく二人だけで楽しむための、寝室の棚、という設定。。 [気になる点]…
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