通じない話
「──……陛下からお叱りは受けたと思うのだが……」
王太子の手紙から一月後。
もうないだろうと思っていた手紙が、また来た。
……ただし、今度の差出人は違っていたが。
レンテリア王国にいた時、社交で少し関わりのあった家の令嬢からの手紙だった。
送られた包みの中には二通の手紙が同封されていた。
一通は王太子からで、もう一通はウィルモット侯爵令嬢から。
「そもそも、何故ウィルモット侯爵令嬢までわたしに手紙を出してくるんだ?」
恐らく、王太子はわたしに手紙を出せなくなり、ウィルモット侯爵令嬢からこの令嬢を経由して手紙を出したのだと思うが──……王太子とウィルモット侯爵令嬢の手紙は開けず、机のメッセージカードに手を伸ばす。
メッセージカードにペンを走らせてそれをルヴェナに渡した。
「アシュリーに渡してくれ。『また手紙が届いた』と言えば伝わるだろう」
「かしこまりました。それでは、少しの間おそばを離れさせていただきます」
ルヴェナがメッセージカードを持ち、一礼して部屋を出て行った。
室内にはシェーンベルク殿ともう一人、近衛騎士がいる。
「スカーレット様、開封されないのですか?」
シェーンベルク殿に言われて、わたしは苦笑してしまう。
「前回の手紙の内容が少し、頭の痛いものでな。また同じかもしれないと思うと……」
「ああ、開ける気も失せるってやつですね」
「まあ、そういったところだ」
正直に言えば、手紙の内容についてはどうでも良かった。
ただ、何となくアシュリーの顔が見たくなったのだ。
……元婚約者の名前を見たからだろうか。
返事を待っているとルヴェナが戻って来たけれど、何故かアシュリーもいた。
「スカーレット、また手紙が届いたって本当? 大丈夫?」
入室したアシュリーにわたしも立ち上がり、駆け寄る。
近づくとアシュリーに抱き締められた。
何も言わなかったけれど、労わるように背中を撫でてくれる手にホッとする。
「どうやらウィルモット侯爵令嬢が他の令嬢を経由して、送って来たらしい」
「ウィルモット……ああ、あの王太子を誑し込んだ令嬢ね」
「今回わたしに手紙を送ってきたご令嬢は王太子と接点はない方なので、恐らく、入れ知恵をしたのはウィルモット侯爵令嬢だ。王太子と侯爵令嬢に命じられたら、伯爵令嬢ではどうしようもない」
手紙を送らされた令嬢は胃が痛い思いをしているだろう。
自国の次代の王に睨まれるか、他国の王族に睨まれるか。どちらにしても悩んだはずだ。
二人でソファーに座れば、ルヴェナがペーパーナイフを用意する。
「良ければアタシが先に確認してもいいかしら? 前回の手紙を思うと、場合によってはあなたが見ないほうがいいようなことが書かれているかもしれないし……」
「ああ、構わない。アシュリーに隠すようなことはないからな」
二通の手紙をアシュリーに渡す。
アシュリーはペーパーナイフでそれぞれの手紙の封を切り、まずは王太子の手紙を読んだ。
その表情があっという間に険しいものへと変化していく。
便箋は相変わらず五枚あった。親しい間柄でもないのにこの量はどうかしている。
最後まで読み終えたアシュリーがわたしに手紙を差し出した。
「スカーレットが読んでも問題はないと思うけれど……」
受け取り、内容に素早く目を通す。
時季の挨拶もなしに、一言目からわたしを罵倒する言葉が綴られている。
わたしのせいで父王に怒られた。私的な手紙を他人に見せるなどあり得ない。
おかげで教育も更に厳しくなり、監視も増えて、ウィルモット侯爵令嬢と会えない時間が増えた。
これも全てわたしが悪い。だからレンテリア王国に戻って来て、自分に謝罪をしろ。
地に膝をつき、額をこすりつけ、心から謝罪して恭順するなら第二王妃にしてやる。
一度は婚約破棄したが、また自分に仕えられることを光栄に思え。
という内容であった。前回から何一つ成長していないことは分かった。
「……スカーレット、こっちもなかなかよ……」
はあ、とアシュリーが額に手を当てながら、もう一通を差し出してくる。
それも受け取り、ウィルモット侯爵令嬢からの手紙を読む。
こちらはとりあえずといった感じに時季の挨拶が入り、そこから長々と綴られている。
王太子はわたしとの婚約を破棄してから、立場が悪くなってしまった。
陛下も王妃様も冷たく、教師達も厳しく、いつもわたしと比べて「王太子妃に相応しくない」と言われてつらい。きっとわたしが公爵家の力を使って教師達に、自分に厳しくさせているのだろう。
それを今すぐにやめて虐げたことを謝罪してほしい。
そして、王太子のために第二王妃となるべきだ。
自分を虐げた罪を悔い改め、第二王妃となって自分達に仕えるなら許してもいい。
すぐにレンテリア王国に戻り、第二王妃となるなら、王太子と自分の寛大さに感謝しながら仕えさせてあげる。
といった内容である。王太子と似たものを感じるのは気のせいだろうか。
……これは、何というか……。
「手紙で返事をしたところでダメそうだな」
国王陛下の叱責を受けても王太子はこの調子であるし、ウィルモット侯爵令嬢もこれである。
よほど王太子・王太子妃教育がつらいのだろう。
一度目、二度目でも確かにわたしも大変だったので気持ちは分からなくもないが、わたしが第二王妃になったところで、二人の教育が楽になるわけではない。
王太子もウィルモット侯爵令嬢も、それぞれの立場に見合った教育を受ける必要がある。
……だが、出来ないとは言えないのだろうな。
現国王陛下も王妃様も同じ教育を受けているし、王太子は自尊心が高いから、これまではわたしに押し付けても『自分を支えるために必要なことをさせている』くらいの気持ちだったのだろう。
それが今は『あなたがこれまで出来なかったことを出来るようになるまで教えます』になったので、逃げ場がなくなったのだ。
もしかしたらウィルモット侯爵令嬢にいくらか負担は分けられたかもしれないが、ウィルモット侯爵令嬢も出来なくて、結局は自分の下に負担が戻って来たのだろう。
「一度レンテリア王国に帰還し、本人達に直接言わなければ理解出来ないだろう。……それで理解してくれるかどうかは別だが、このままではレンテリア王国中の貴族を使って手紙を寄越しかねない」
「……陛下と王太子殿下に相談しましょうか」
「ああ」
「メッセージカードとペンを借りるわね」
アシュリーが国王陛下と王太子殿下宛てにメッセージカードを書き、送る。
そうして、二通の手紙を眉根を寄せながら読み返していた。
わたしはもう読む気が湧かなかったのでアシュリーに手紙を任せることにした。
* * * * *
「……レンテリア王国との同盟は考え直したほうが良いかもしれん……」
さすがの国王陛下も、王太子とウィルモット侯爵令嬢からの手紙を読んでそう言った。
王太子殿下が「そうですね」と頷いている。
次代の王がこんな手紙を元婚約者に送りつけてくるような人物で、現国王もそれを抑え切れていないこともあり、国王陛下と王太子殿下の中でレンテリア王家への評価が落ちていく。
それについてわたしのほうから言えることはない。
「またレンテリア国王に送り返すか? だが、恐らく別の者を通じて更に手紙を送ってくる可能性が高い」
国王陛下の問いにわたしも、そうだろうな、と思う。
「もしお許しいただけるのであれば、一度レンテリア王国に行き、王太子とウィルモット侯爵令嬢との問題を解決したいと考えております。アシュリー殿下の婚約者としてあちらの国で紹介していただければ、さすがの王太子も諦める……と思いたいですが……」
「分かるわ。手紙を見る限り、話が通じなさそうだものね」
「あちらに行くことで『謝罪し、第二王妃になるために戻って来た』と勘違いしそうな気はするのですが、このままだと二人でミレリオン王国に突撃して来そうな雰囲気もあるので、わたしが行ったほうが問題は小さく済むでしょう」
わたしの言葉に王太子殿下が目を丸くした。
「まさか……王太子ともあろう者が他国に突然来るなど……」
と言いかけ、口を噤んだ王太子殿下が思案顔になる。
ややあって小さく首を振った。
「……いや、そうか、あり得ないとは言えないか」
「王太子は自身の『王太子』という権力の高さを心得ているところがあります。いざとなれば、両陛下の目を盗んで下の者達に命じ、飛び出してしまう可能性も……」
「王命の婚約を貴族達の前で一方的に破棄するような男だものね」
「いくら一人息子とは言え、何故こんな者を王太子にしたのか……」
どんどん王太子やレンテリア王家に対する疑念が深まっていくのが感じられる。
「以前はこれほど思慮に欠ける方ではなかったのですが……」
「スカーレット、あなたはもう婚約者ではないし、庇う必要なんてないわ」
「そうだな。侯爵令嬢に唆されたとしても、その程度の者だったということだ」
「ええ、兄上の言う通りよ」
アシュリーと王太子殿下の言葉に苦笑してしまう。
「そうですね。……陛下、もしよろしければレンテリア国王にわたしの入国が許されるかどうか、確認していただけますでしょうか? 一応、王太子から『国外追放』を言い渡された身ですので」
ギュッとアシュリーがわたしの手を握った。
「あんなのきっと無効よ。そもそも、あの王太子は自分で『国外追放』なんて言っておきながら、スカーレットに『戻って来い』と手紙を書いていること自体が矛盾しているのよ。王族として、自身の発言には責任を持つべきだもの」
「うむ、国王に訊いてみよう。レンテリアへの一時帰還を許そう。アシュリーよ、そなたも行ってくれるな? 今回の件は放っておくことは出来ぬ。ミレリオン王家として、厳しい対応をしてまいれ」
「ええ、お任せくださいませ」
アシュリーがニッコリと微笑んだ。
その笑みはどことなく王太子殿下に似ていて、さすが兄弟であった。
* * * * *
それから、国王陛下がレンテリア国王に手紙を送ったそうだ。
隣国とは言え、やり取りに少し時間がかかるのは仕方がない。
その間は今まで通り過ごそうと思っていたのだが──……。
「レヴァイン公爵令嬢、ご機嫌よう」
何故か騎士の訓練場にバートランド公爵令嬢がいた。
バートランド公爵令嬢の視線が一瞬、わたしの周りを彷徨う。
近衞騎士達が少し警戒した様子を見せたので、わたしはそれを手で制した。
「こんにちは、バートランド公爵令嬢。騎士達の訓練の見学ですか?」
「いえ、わたくし、剣に興味はありませんわ。こちらに来ればレヴァイン公爵令嬢と話せるのではと思い、来ただけですもの。少しお時間をいただいてもよろしいかしら?」
「ええ、構いませんよ」
訓練場の端にある休憩場所に移動する。
簡素なテーブルと椅子があるだけのそこに、向かい合わせに座る。
「それで、何かご用でしょうか?」
バートランド公爵令嬢が目を伏せ、そして呟いた。
「……ルヴェナは元気でいる?」
その言葉が予想外で、わたしは思わずまじまじと公爵令嬢を見てしまった。
視線に気付いた公爵令嬢が僅かに眉根を寄せた。
「何ですの?」
「いえ……もしかして、ルヴェナのことが気になって来たのですか?」
「そうよ。あなたがルヴェナを虐げていないか、確認したかったの。……わたくしのそばにいたのが、たとえ親の命令だったからだとしても、わたくしにとってあの子は親友だったのよ」
不満そうにバートランド公爵令嬢が顔を逸らした。
出来ればルヴェナを呼んで、会わせてあげたいところだが、それはやめたほうがいいだろう。
これほど人目がある場所で二人を会わせても、良くない噂が立つだけだ。
「でも、あの子に会うつもりはないわ。くれぐれも余計な気は回さないで」
「そうですか。……ルヴェナは元気ですよ。真面目で、働き者で、毎日わたしの世話をあれこれとしてくれます。気が利くのでとても助かっています。アシュリー殿下も近衞騎士達も、もちろんわたしも、彼女が不当な扱いをされないよう目を光らせているので、ご心配なく」
わたしの言葉にバートランド公爵令嬢は安堵の息を吐いた。
そして、立ち上がる。
「それだけ聞くことが出来れば十分ですわ。お手間を取らせましたわね」
バートランド公爵令嬢は背を向け、歩き出したが、数歩先で立ち止まった。
振り返ろうとして、けれども、途中でやめる。
「……わたくしは謝りませんから」
何がと訊くつもりもなかった。
恐らく、水をかけたことについてだろうとは分かったが、謝罪は別に望んでいない。
「あなたに謝罪を求めるようなことはありませんよ」
「……来年、アズラウ王国の国王陛下に嫁ぐことが決まったわ」
「そうなのですね」
アズラウ王国はミレリオン王国の南に位置し、ほんの僅かに国境が接している砂の国だ。
あの国の国王は齢三十八歳で既に四人の妃がおり、ハレムと呼ばれる後宮が存在する。
そこには国中の美女が集められ、日夜、国王の寵愛を競い合っているとか……。
ミレリオン王国とアズラウ王国の関係を深めるための婚姻か。
わたしとアシュリーも同じ理由での婚約なので、何も珍しいことではない。
「驚いたり、喜んだりしないのね」
「貴族が政略結婚するのはよくあることですから。わたしとしては、バートランド公爵令嬢は気骨のある方なので、アズラウ王国でも健やかにお過ごしいただければと思います」
「貴族の令嬢に向ける褒め言葉ではなくてよ」
背を向けたまま、ふふっ、とバートランド公爵令嬢が笑った。
「もうしばらくしたらわたくしは国を出るわ。……さようなら、レヴァイン公爵令嬢」
わたしはそれに微笑んだ。
「お元気で、バートランド公爵令嬢」
そして、バートランド公爵令嬢は今度こそ訓練場を出て行った。
……アズラウ王国か。
さよならを言う気はない。いつか、またバートランド公爵令嬢に会いたかった。
わたしとしては、彼女と親しくなりたかったのだが。
だが、彼女の立場を思えば国から出たほうが心安らかに過ごせるだろう。
「……『お元気で』はちょっと嫌みっぽかったか?」
本当に、心の底からそう思っているのだが。
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