怪しい動き
お茶会での一件から数日後。
国王陛下に呼ばれて、アシュリーと共に向かうと王太子殿下もいた。
場所は前回通されたのと同じ応接室だった。
今回も同じように、アシュリーと並んでソファーに腰掛けた。
「まず、バートランド公爵令嬢の件だが……レヴァイン公爵令嬢よ、本当にあれで良かったのか?」
国王陛下の問いにわたしは頷いた
「はい。わたしの意見に耳を傾けていただき、ありがとうございます」
わたしがバートランド公爵令嬢に水をかけられたと聞いて、やはりアシュリーは怒った。
そうして、報告を聞いた国王陛下もバートランド公爵令嬢を処罰しようとしたのだが、わたしがそれを止めたのだ。
だが、お咎めなしともいかなくて『婚約発表の夜会のみ欠席させる』ということにしてもらった。
これはある意味、バートランド公爵令嬢のためでもあった。
もし婚約発表の場に彼女がいても好奇の目に晒されるだけで、きっと貴族達はバートランド公爵令嬢のことを嘲笑う。第二王子の婚約者になると声高に言っていたのになれなかったと、選ばれなかった令嬢だと噂をして、後ろ指を差される。
その後も何かしら言われるのは確実だが、アシュリーとわたしが婚約を発表する場にいるほうが彼女にとってはつらいだろう。
……彼女は怒るかもしれないが。
わたしはバートランド公爵令嬢を可愛い人だと思った。
彼女に対して申し訳ないとは感じるが、悪感情はない。
「もう、スカーレットは優しすぎるわ」
アシュリーの言葉にわたしは苦笑してしまった。
「そんなことはない。彼女からすれば、好きな人の婚約発表という大きな場面を見る機会を失う上に、何も知らない人々から見ると『婚約発表を聞きたくなくて逃げた』ように感じるだろう」
「なるほどね」
これを救いと捉えるか、罰と捉えるかは見方による。
バートランド公爵令嬢がどう受け取るかは彼女次第である。
国王陛下と王太子殿下は一つ頷いた。
「では、バートランド公爵令嬢については次の王家主催の夜会のみ、謹慎とする」
「確かにこれは罰になるだろうね」
それから、王太子殿下が口を開いた。
「さて、今日二人を呼んでもらったのは、第二王子派の貴族の中で怪しい動きをする家があることを突き止めたからだ。この家がアシュリーの件と関係するかはまだ分からないが──……」
王太子殿下が持っていた書類をテーブルに置く。
それをアシュリーが受け取り、わたしにも見えるようにしてくれたので、二人で書類を読んだ。
そこにはいくつかの家の名前が書かれており、バートランド公爵家とテセシア侯爵家も上がっている。この二つの家は第二王子派だったようだ。
ちなみにリーシア嬢のアヴェラ公爵家は王太子派だった。
それもあって、あの二人は仲が悪かったのかもしれない。
……まあ、それは置いておいて。
最近、第二王子派が何度も頻繁に集会を行ったり、金を集めたりしているらしい。
派閥の家の令嬢のみを集めた茶会をバートランド公爵令嬢が何度も主催しており、王太子派の令嬢や夫人は全く招待されないそうだ。
「茶会は名目上のもので、実際は手紙のやり取りや情報を共有する場になっていることもある」
令嬢達の茶会というのは意外と閉鎖的だ。
あまり表立って送れない手紙を、令嬢達の茶会の場で、娘に託して特定の家の令嬢に渡させるという手法はある。使用人に渡して手紙の行方が分からなくなったり、中身を見られたりするよりずっと安全だ。
「恐らくだが、アシュリーがレヴァイン公爵令嬢と婚約するという話を聞いて『王位に推すことが出来るのではないか』と考えたのだろう。アシュリーは前王妃様の子であり、私よりも地位は上だ。レンテリア王家とミレリオン王家の血を引く『王太子妃になり得る』公爵令嬢を娶れば、アシュリーにも『王位を継ぐ力がある』とハッキリ言える」
……そうか、わたしを娶るのは欠点にはならないのか。
わたしは自分を『婚約破棄された男勝りで男装ばかりしている令嬢らしくない女』と思っていたが、見方によっては『王太子妃の素質を持つ公爵令嬢』でもある。
婚約破棄の件についてはレンテリア国王が『わたしに非はない』と認めている。
他国の王家に近い公爵家の令嬢と婚約したアシュリーが『王位を継ぎたい』と言えば、第二王子派の貴族達は喜んで、全力でアシュリーを後押しするだろう。
「しかし、それなら怪しいのは王太子派の貴族なのではありませんか?」
第二王子派の動きを察した王太子派の貴族達が先走り、アシュリーを殺そうとした。
そのほうが、わたしとしては納得出来る話なのだが。
「私の派閥にそのような者はいない。私が弟を大事に思っていることも、そのような行動をして私の怒りに触れるとどうなるかも、皆知っているはずだ。……これまで、アシュリーに危害を加えようとした家は全て、私が自ら潰して来た」
その言葉に驚いていると、国王陛下が溜め息を吐いた。
「兄弟仲が良いのはいいことだが、些かやり過ぎるのが此奴の欠点でな……」
「家族を傷付けられて平然としてはいられませんよ」
「王として、時には耐えることも覚えるべきだ」
はあ、と国王陛下がもう一度息を吐く。
王太子殿下について色々と頭を悩ませている部分があるのかもしれない。
けれど、残念ながらわたしにとっては王太子殿下は良い仲間になれそうだ。
目が合った王太子がわたしにウィンクする。
アシュリーがわたしにするのとよく似ていて、笑ってしまった。
「私の派閥の統制は取れている」
つまり、問題を起こすとすれば第二王子派ということか。
「全ての家をと言いたいが、残念ながら全員に監視をつけるのは難しい。怪しい動きをしているいくつかの家を監視させてはいるものの、現状、アシュリーに危害を加えるような計画を企てているという報告はなかった」
「陛下」
「うむ、アシュリーを害した黒幕が分からぬ以上、後は場の警備を厚くするしかあるまい」
国王陛下と王太子殿下が頷き合う。
そうして、王太子殿下がわたしを見る。
「レヴァイン公爵令嬢、つらいかもしれないが『あの時』の状況について詳細に説明をしてもらえないか?」
「大丈夫です。『あの時』アシュリー殿下とわたしは婚約発表の後、ダンスを踊り、バルコニーに出て──……」
そこから、わたしはあの時のことを覚えている限り、全て説明した。
恐らくわたし達を襲撃したのは暗殺者だ。
騎士や傭兵にしては戦い方や身の隠し方が異なった。
あれは暗殺に慣れている者の戦い方だった。
……だからこそ、そのために努力した。
あの時は毒で動きが鈍ってしまったが、今回はそうはならない。
そのためにレンテリア王国では医者の指示の下、毒を摂取して、体に毒の耐性を作ってきた。
……落ち着いたらこちらでもやりたいと思っているが。
もしかしたらアシュリーに止められてしまうかもしれない。
話し終えると国王陛下と王太子殿下が警備について話し合う。
わたしとアシュリーはそれを黙って聞いていたのだけれど、不意にアシュリーがわたしの手を取った。わたしよりも大きな手に包まれると安心感があり、穏やかな気持ちになる。
「スカーレット」
心配そうに見つめられて微笑み返す。
「大丈夫だ。今、アシュリーは生きている」
「同じ状況を作ることになるけれど、つらかったら途中で下がってもいいのよ?」
「いや……わたしはアシュリーを守ると決めた。自分の知らないところでアシュリーが襲われて、危険な目に遭っていたら、そのほうがつらい。だから夜会でもそばにいさせてほしい」
そう言えば、アシュリーが困ったように微笑んだ。
「男としてスカーレットに負けちゃうわね」
「アシュリーは可愛いから、別に良くないか?」
「アタシが可愛い……?」
キョトンとするアシュリーにわたしは頷き返し、手を握る。
「ああ、そういうところが可愛い」
体を寄せ、顔を近づけるとアシュリーが引き寄せられるように首を下げる。
けれども、こほん、とわざとらしいほどの咳払いがして止められる。
「……そういうことは人目のない場所でするように」
少し呆れたような国王陛下の言葉に、アシュリーが頬を赤くする。
……やっぱり、そういうところが可愛い。
「失礼しました。アシュリー殿下があまりに可愛いので、つい」
「レヴァイン公爵令嬢は男前だな……」
「ありがとうございます。陛下も王太子殿下も、よろしければわたしのことは『スカーレット』とお呼びください」
「ああ、そうさせてもらおう、スカーレットよ」
「改めてよろしく、スカーレット」
話しているとアシュリーがギュッとわたしを抱き締める。
「なんだかずるいわ。みんながスカーレットを名前で呼んだら、アタシの特別感がないじゃない」
どこか拗ねた様子のアシュリーに笑ってしまった。
「それなら、わたしだけの愛称をくれ」
「愛称? スカーレットなら『スウ』か『レティ』よね……」
アシュリーがジッとわたしを見つめる。
「これからは『レティ』と呼んでもいいかしら?」
「……ああ、そう呼んでくれ」
それに喜びが込み上げる。
やはり、前も今もアシュリーはアシュリーなのだ。
三度目のアシュリーがわたしにそう呼びかけてくれたように、四度目のアシュリーもわたしを『レティ』と呼んでくれる。それがただただ嬉しかった。
「分かったわ、レティ」
嬉しそうに笑うアシュリーに、わたしも笑みを浮かべる。
あの時はわたしには可愛すぎる呼び方だと思ったが、今はアシュリーにそう呼んでもらえることが幸せだった。
* * * * *
「クソッ!! 第二王子め、何を考えている……っ!!」
薄暗い書斎の中、床に叩きつけられたグラスがパリンと甲高い音を立てて割れる。
中に何も入っていなかったが、割れた破片が散らばったというのに、父は見向きもしなかった。
昔から外面は良いものの、家の中では物に八つ当たりをすることが多く、そんな父に母は怯えて何も言えずにいる。金だけはあるから壊してもまた買えばいいとでも思っているのだろう。
それでも、家族に手を上げないだけまだまともなのかもしれない。
「これでは我が家は笑い者ではないか……!!」
元より、父の計画が上手く行くはずがないと分かっていた。
今までそれに気付かなかったのだから、父は愚かである。
苛立った様子で机の上の物を払い落とす父をただ眺める。
こういう時に声をかけると余計に怒らせてしまうので、怒りが落ち着くまで黙っていたほうがいい。
父が周囲の物に当たる音を聞きながらぼんやりと過ごす。
母も使用人達も息を殺して、父の怒りが通り過ぎるのを待っている。
「レンテリア王国の公爵令嬢と婚約して、何故それで王位を目指さない!?」
計画が潰れたこともそうだが、第二王子の行動を父は理解出来ないようだ。
第二王子は元々、王位に興味がない。
そして王太子との仲も良好だ。
わざわざ兄弟間で王位継承権争いをして国を乱すようなことはしないだろう。
そんなことも父を含めた彼らは分からないのだ。
血筋、能力、容姿、立場。それらがあるから王位を取れる。
王位を取れるなら取るべきだと、父は思っている。
第二王子の気持ちなど欠片も考えておらず、結局は自分のことしか頭にない。
そのせいで第二王子から距離を置かれているというのに、それすら気付いていない。
「クソッ、クソッ……!!」
ほとんどの物に八つ当たりをして、ようやく父の怒りは少し落ち着いたらしい。
「そう、そうだ、第二王子がダメなら、王太子がいる……! 我が家はまだ終わっていない!」
はははははっ! と笑う父の声に目を閉じる。
破滅への足音が聞こえる。この家はやがて消えるだろう。
そのほうがいい、と思う。
爵位や己の地位にばかり目が眩んだ父と、心労から金遣いが荒くなった母。
何もしなくても、いずれこの家は衰退し、消えていく。
それが今になるか、いつかなのか、その違いだけだ。
「ああ、これなら我が家はまた上に行ける!!」
これ以上などいけるはずがないのに、欲望に囚われてしまった父。
目を開けたくない。何も聞きたくない。
このまま消えてしまいたい。
瞼の裏にちらついた鮮やかな赤に目を開ける。
狂ったように笑う父の声すら遠い。
これまで、父と母の言葉通りに生きてきた。
貴族の令嬢として、それが当然のことで、それ以外を知らなかった。
「おい、誰かいないか! 部屋を片付けろ!」
父の声に使用人達が来て、書斎の中を慣れた様子で片付けていく。
この地獄から、破滅の足音から、逃れたい。
父と母の子でいることにもう疲れてしまった。
「……スカーレット・レヴァイン公爵令嬢……」
あの人なら、助けてくれるだろうか。
* * * * *




