二度目のデート(2)
「スカーレット? ……あら、綺麗ね」
わたしの見ている屋台に目を向けたアシュリーが微笑んだ。
果物を使った飴だそうで、イチゴやブドウ、リンゴなどが串に刺してあり、それが飴で包まれている。瑞々しい果物が透明な飴に包まれていると、まるで宝石のようにキラキラして綺麗だった。
屋台にいた初老の男性が言う。
「旅芸人を見ながら食べるなら、飴がいいよ。ゆっくり食べられるからな」
それに、なるほど、と思う。
「アシュリー、どれがいい?」
「……もしかしてスカーレットが買ってくれるの?」
「ああ、奢ってもらうばかりでは申し訳ない」
「アタシが奢りたいだけよ? でも、せっかくだからご馳走になろうかしら」
アシュリーがイチゴが三つ連なった飴を手に取る。
わたしはブドウが三つ連なった飴を取り、店主に支払いをする。
キラキラ輝く飴は食べるのは勿体なく感じるくらい綺麗だ。
「ありがとう、スカーレット」
「こちらこそありがとう、アシュリー」
互いに微笑み、手を繋ぐ。
「さあ、広場のほうに行きましょうか」
アシュリーに手を引かれて通りを進む。
広場に近づくほど人気が増え、手を繋いでいなければ逸れていたかもしれない。
広場は通りよりも人が多く、アシュリーが合間を縫って前に進むのについて行く。
そうして、何とかわたし達は舞台の近くまで移動した。
華やかに造られた舞台の様子からして、数日か数週間ほどここにいる予定だろう。
……三度目も見たが、今回のほうが舞台の造りが華やかだ。
「結構人が多いわね。スカーレット、大丈夫?」
アシュリーがわたしを抱き寄せ、周囲の人混みから守ってくれる。
「ああ、アシュリーが守ってくれるおかげで問題ない」
「もし人混みに酔ったら言ってね?」
「分かった」
後ろからアシュリーに抱き締められるような格好だ。
アシュリーがこうして壁になってくれているから、わたしは周囲の人々に押されることはない。
三度目の時よりも距離が近いのは、わたしとアシュリーの関係性が違うからか。
わっと人々が歓声を上げたの視線を舞台に向ければ、華やかな装いの旅芸人達が現れる。
旅芸人達は目立つ装いに濃い化粧をして、一目で一般人ではないことが分かる。
観客に手を振る彼ら彼女らは楽しそうな笑みを浮かべていた。
そこから一人の男性が進み出る。
「ようこそ、皆様! お越しいただき、ありがとうございます! いくつもの国を、街を巡り、今日この素晴らしき日に──……」
一座の長らしき男性が挨拶を行った。
それほど長くはない挨拶が終わり「どうぞ、本日はお楽しみください!」という言葉と共に全員が一礼し、左右に下がって行く。
笛や小さな太鼓、鐘などが鳴らされて軽快な音楽が始まり、左右から派手な装いのよくにた顔立ちの双子だろう少年達が飛び出した。まるでボールのように舞台の上をあちらにこちらに跳ね回る。
それから美しい女性ととても体格の良い男性が左右から出て、激しいダンスを踊ったかと思うと男性が女性を担ぎ上げたり上に投げ上げて受け止めたりと目にも止まらぬ動きを見せた。
芸人の動きに合わせて座長の男性が喋るのがまた上手くて聞き入ってしまう。
……旅芸人は何度見ても面白いな。
わたしはつい、それらに見入ってしまったのだった。
* * * * *
腕の中でスカーレットが旅芸人の一座に見とれている。
表情は窺えないけれど、感じる雰囲気は明るいものだ。
その手に持っている飴も最初から一口も食べられておらず、そこから、スカーレットがどれだけ芸を見るのに夢中になっているかが分かった。
……可愛いわね。
アシュリーは手元の飴を食べながら芸を眺めたが、ついスカーレットに意識が向いてしまう。
芸人がナイフ投げをしたり、人間ではありえないような動きをしたりすると、観客が拍手をして歓声を上げるのだが、スカーレットも片手に飴を持ったまま同様に拍手をしている。
よほど面白いのか飴は忘れ去られているようだ。
そんなスカーレットの後頭部を見つつ、アシュリーは周囲の人々に押されないよう、スカーレットを守っていた。背後には変装した騎士がいるらしく、押されることはないが、左右の人の手や腕がスカーレットに当たらないよう気を配る。
芸を見つつもそんなふうにしていれば、旅芸人の舞台は一時間半ほどで終わった。
見終えた人々がゆっくりと広場から通りに歩いていく。
振り向いたスカーレットの表情はやはり楽しそうなものだった。
「やはり旅芸人はすごいものだな」
それにアシュリーは頷き返した。
「ええ、そうね、すごかったわ。アタシもいくつか旅芸人の一座を見たことがあるけれど、今回が一番、芸が上手いと思うわ。特にナイフ投げの腕は驚いたもの」
特にナイフ投げの男の技量はすごかった。
頭に乗せたリンゴにナイフを当てたり、動く的の中心に当てたり、ポーズを取った他の芸人の体の隙間に的確にナイフを突き刺すなど、かなり訓練をしたのだろう。
大勢の目がある中で、その重圧でも成功する気力もなかなかのものだ。
「そうなのか」
「スカーレットは旅芸人を見るのは初めて?」
「いや……前に見たことはあったが、その時よりもすごかった」
そこまで話して、ふとスカーレットが自分の手元に視線を落とした。
ようやく飴を食べ忘れていることに気付いたようだ。
「そろそろ良い時間だし、帰りましょうか」
「そうだな」
差し出した手に、スカーレットの手が重なる。
「飴は危ないから、馬車に戻ってから食べましょう」
そう言えば、スカーレットは素直に頷いた。
二人で手を繋ぎ、人の波に乗って広場を出て、元来た道を歩いて行く。
周りは旅芸人の舞台を見た者ばかりなので、聞こえる話題も自然とそれである。
少し後ろにいるスカーレットが足を止めた。
「アシュリー」
それにアシュリーもすぐに立ち止まり、振り返る。
「なぁに?」
スカーレットが指差したのは装飾品を扱う屋台だった。
平民でも買えるくらいの額なので、貴族が使うには少し地味なものが多い。
それでも、スカーレットはその店が気になったようだ。
「少し見てもいいか?」
「ええ、もちろん」
屋台に寄ると店主だろう妙齢の女性が微笑んだ。
「いらっしゃい。どうぞゆっくり見ていって」
屋台に並ぶ装飾品はどれも控えめで小さいものばかりだ。
だが、中には小さな宝石を使ったものもある。
恐らく貴族用などに使うには小さすぎるものを使い、安くしているのだろう。
……スカーレットにはもっと華やかなものがにあいそうだけれど。
スカーレットの性格を考えると、派手なものはあまり好きではないのかもしれない。
並ぶ商品を見るスカーレットの横に立つ。
「何か気に入ったものはあった?」
「ああ。……これなんてどうだろうか?」
スカーレットが示したのは、小さな透明な宝石から細長くて小さな三角形の金の飾りが垂れているピアスだった。それを手に取り、スカーレットが耳に当てる。
鮮やかな赤い髪に金がチラリと揺れて、小さなピアスなのに華やかに見えた。
「とっても似合っているわ。スカーレットの赤い髪に金が入るとどちらも輝いて素敵よ」
スカーレットが嬉しそうに微笑み、そのピアスを購入する。
店先には同じものがもう一つ並んでおり、アシュリーもそれを手に取った。
「アタシにも似合うかしら?」
「ああ……綺麗な金髪だから、金が似合うな」
スカーレットが頷いたので、アシュリーもそのピアスを購入した。
安いものなのでそのうち壊れてしまうかもしれないが、それでもいい。
こちらを見るスカーレットに片目を瞑ってみせる。
「お揃いのピアスを着けましょ?」
スカーレットは目を丸くして、そして笑った。
「そうだな」
その無邪気な笑顔にドキリとしてしまう。
嬉しそうな、幸せそうな、子供みたいな明るい笑顔だ。
女性の店主が「よくお似合いだよ、お二人さん」と笑う。
互いに顔を見合わせ、アシュリーはスカーレットと共に笑みこぼれた。
それから、買ったものを小さな箱と紙袋に入れてもらい、お互いに持って馬車へと戻った。
馬車には既にバネッサとリシアンが待っていた。
「お帰りなさい」
「楽しめましたか?」
二人の言葉にアシュリーはスカーレットと共に頷いた。
「ええ、とっても」
「護衛をしてくれてありがとう、二人とも。他の近衛騎士にも、感謝していると伝えてほしい」
「かしこまりました」
スカーレットの言葉にバネッサが返事をして、馬車の扉を開ける。
それに全員で乗り込み、扉を閉めれば、馬車が動き出した。
* * * * *
夜、ベッドに寝転がって昼間に買ったピアスを眺めた。
屋台の安物のピアスだが、アシュリーとお揃いである。
……誰かと揃いのものを買ったのは初めてだ。
三度目でもこれはなかった。
ピアスを持ち上げれば、チャリ、と微かな金属音が鳴る。
ああいう屋台で買ったのは初めてだが、宝石は本物のようで、綺麗に輝いている。
ただ、金属部分は本物の金ではなく、金を薄く塗った別のものらしい。
貴族が身に着けるには安物すぎるが、普段使いにするくらいなら悪くない。
サイドテーブルに置いてベッドにもう一度寝転がった。
……明日からこれを着けよう。
装飾品はあまり興味がなかったけれど、アシュリーと揃いの物なら身に着けたい。
朝が来るのを楽しみに思うのは初めてだった。
そうして眠り、翌朝、身支度を整えてピアスを着けた。
身支度を整え終えた頃に交代の護衛として来たバネッサが、ふとわたしを見て目を瞬かせた。
「スカーレット様、初めて見るピアスをお着けになっておりますね」
わたしがあまり装飾品に興味がなかったから、すぐに気付いたようだ。
「ああ。昨日、街に出た時に屋台で買ったんだ」
「よくお似合いです」
「ありがとう」
思わず、ピアスに触れてしまう。
チャリ、と耳元で鳴るのが少し嬉しい。
「本日も訓練場に?」
バネッサの問いに頷き返す。
「ああ、これから鍛錬をして来る」
「お供します」
「いつも付き合わせてしまってすまない」
「お気になさらず。おかげさまで私も警護中に体が鈍らなくて助かっております」
ミレリオン王国の王城に来てから、朝の鍛錬の時間がズレてしまったが仕方ない。
こうしてバネッサやシェーンベルク殿など、護衛の騎士が来てから、わたしは日課の鍛錬を行うことしている。鍛錬は主に騎士の訓練場の隅を借りて行っているため、騎士達と顔を合わせる機会も自然と多くなる。
普通の剣と訓練用の刃を潰した剣、タオルを持ち、訓練場に向かう。
腰に剣を差したまま、まずは体を軽く動かして固まっている筋肉を解す。
ある程度筋肉が柔らかくなり、温まって来たら走り込みを始める。
訓練用の剣とタオルはもう一人の騎士に渡し、待機してもらい、バネッサと共に訓練場を走る。
まだ朝早いからか、訓練場に人気はない。わたしがいつも一番乗りである。
走っているうちにチラホラと騎士達が来て、同じように体を動かし始める。
いつも通りの時間、走り込みを行ったら次は素振りだ。
これは普通の剣で行う。
……腕がちぎれそうになっても、剣だけは離すな。
公爵家で最初に剣を教えてくれた騎士が言っていた。
どれほど怪我をしても、どれほど腕が痛くても、剣を離すな。
戦っている時に剣を離すということは『死』と同義であり、護衛も自分の命も危険に晒す。
だから、どれほど苦痛を感じていても剣だけは絶対に持っていなければいけない。
わたしはそれを叩き込まれた。
「毎日、朝早いわね」
と、声がして、振り向けば近くの通路にアシュリーが立っていた。
どうやら離宮から王城に来たところらしい。
素振りを一旦止めて、アシュリーに歩み寄る。
「おはよう、スカーレット」
小首を傾げたアシュリーの耳に、わたしと同じピアスが輝いていた。
「おはよう、アシュリー」
「ピアス、さっそく着けてくれたのね」
「ああ、アシュリーとお揃いだからな」
アシュリーが嬉しそうに笑った。
「アタシ、これから毎日着けるわ」
「わたしもそうしよう」
まだ婚約発表について公にしたわけではないが、目敏い者ならこれに気付くだろう。
「それでは、また時間が空けば午後に会いましょう」
「ああ。大変だろうが、アシュリーも仕事を頑張ってくれ」
わたしの言葉にアシュリーが笑顔で頷いた。
「ありがとう。スカーレットと会いたいから、頑張るわ」
ひらりと手を振り、アシュリーは歩いて行った。
それを見送って、頬を掻く。
「……午後に会いたいと催促したわけではないんだが……」
しかし、会うために時間を作ってくれようとする気持ちが嬉しい。
……わたしも午後は空けておこう。
アシュリーと過ごす時間は、わたしにとって一番大事だから。
ふとバネッサが横に立つ。
「殿下とお揃いだったんですね」
こそりと訊かれて頷き返す。
「昨日、わたしが買う時にアシュリーも同じものを購入したんだ」
「なるほど」
バネッサが納得した顔をする。
恋人同士で同じ装飾品を着けるのは、少し照れくさいが、やってみると良いものだ。
何だかアシュリーと繋がっているような、すぐそばにいてくれるような、そんな気がする。
つい、ピアスに触れてしまっていることに気付き、手を離した。
それから、わたしは素振りを続けるために訓練場に戻った。
騎士達の視線には気付かないふりをした。




