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婚約






 バネッサと談笑していると、アシュリーが戻って来た。


 アシュリーが来るとバネッサがすぐにソファーから立ち上がり、礼を執って下がる。




「待たせてごめんなさいね。父上と兄上が時間を割いてくれたから、行きましょう」




 差し出されたアシュリーの手を取り、立ち上がる。


 そうして、手を繋いだままアシュリーが歩き出した。


 エスコートとは違うそれが懐かしい。


 三度目で城下町に下りた時、こうして手を繋いで歩いた。


 あの時は前を行くアシュリーの背中をただ追いかけていたが、今はその背中を愛おしく思う。


 城内を歩き、奥へと向かう。


 そこは三度目で陛下と王太子殿下に秘密を打ち明けた時と同じ部屋だった。


 アシュリーが扉を叩けば、中から開けられ、国王陛下の侍従だろう男性が一礼して脇に避ける。


 アシュリーと共に中に入れば、やはり同じ応接室だった。




「アシュリー、レヴァイン、よく来た。さあ、こちらへ座りなさい」




 ソファーには国王陛下と王太子殿下がおり、アシュリーと共に空いているソファーに座った。


 国王陛下が手を振ると侍従が下がる。


 応接室の中には国王陛下と王太子殿下、アシュリー殿下、そしてわたしの四人が残された。


 シンと静まり返った中で国王陛下が口を開いた。




「それで、アシュリーよ。大事な話とは何事だ?」


「まず初めに、スカーレットはミレリオン王家に現れる『加護持ち』について知っているわ」


「何?」




 国王陛下と王太子の視線に内心でヒヤリとした。


 こちらを探るような視線を感じつつ、わたしは一つ頷いた。




「アシュリー殿下の言う通り、わたしは『加護』について知っています。……何故なら、わたし自身もミレリオン王家の血が流れている『加護持ち』だからです」


「ふむ……どこでそれを知ったのだ?」


「それについて今からご説明いたします。長い話となりますが──……」




 そこから、わたしはアシュリーにした説明と同じことを話した。


 先にアシュリーに打ち明けていたからか、一度目よりつらくはなかった。


 わたしが同じ時間を繰り返していると言った時には国王陛下も王太子殿下も驚いた様子だったけれど、説明していく中で納得出来たのか、わたしの話を遮ることもなく最後まで聞いてくれた。


 ミレリオン王家の『加護持ち』の話もそうだが、襲撃されてアシュリーが死んだことを伝えると、国王陛下も王太子も何か考えているようだった。




「──……そうして、わたしは四度目の人生を歩んでいます」




 出来るだけ順序立てて語ったものの、やはり長い話になった。


 全てを話し終えてホッとしていると横にいたアシュリーに抱き寄せられた。


 言葉はなかったけれど、労わるような優しい眼差しに微笑み返す。


 それから、アシュリーが国王陛下と王太子殿下に顔を向けた。




「スカーレットはアタシの恩人であるけれど、同時に『加護持ち』でこうして王家の秘密も知っているわ」


「……なるほど。こちらとしても放っておくわけにはいかない、か」




 ふう、と国王陛下が小さく息を吐いた。




「そなた達の婚約を認めよう。王家の秘密を知る上に『加護持ち』である以上、ミレリオン王家はレヴァイン公爵令嬢を受け入れる他ない。……それにしても、死ぬと時間が巻き戻るとは……」


「絶対に秘密にしなければいけませんね」




 国王陛下と王太子の言葉に、アシュリーが微笑んだ。




「父上、兄上、今までと同じですわ。王家の秘密として守っていけばいいだけのことですもの」




 それに陛下と王太子殿下が苦笑する。




「そうだな、今までと変わらん」


「では、アシュリーは急ぎ婚約の準備をするように。婚約発表は早いほうがいいか?」


「それにつきましては、三度目と同じでお願いしたく思います」




 全員がわたしを見る。




「アシュリー殿下の命を狙った者が誰か分からない以上、下手に変えるより、三度目と同じ状況を作り出すことでもう一度襲撃をさせて捕縛するのです。わたしとアシュリー殿下の婚約を発表したのは、わたしがミレリオン王国に来てから丁度一月経った頃に行われた王家主催の夜会でした」




 三人が思案顔で頷き合う。


 あの時は突然の襲撃だったが、今は『襲われることを知っている』状況だ。


 同じ状況を作ると言っても、こちらは警備を厚くしたり、密かに騎士達を待機させておくことは出来る。もうあの時のようにわたしだけが戦うようなことにはならないはずだ。




「確かに、その頃に夜会を行う予定がある」


「警備を密かに厚くするべきです。アシュリーも剣を持つように」


「ええ、もちろん」




 すぐに話し合い始める三人に、何だか嬉しくなった。


 信じてもらえて嬉しいのもあるが、きっと今度は大丈夫だという安心感があった。




「ところで、アシュリー殿下が狙われることに心当たりはございませんか? 王太子殿下や陛下が狙われるというのであれば分かるのですが、何故、第二王子であるアシュリー殿下が狙われたのか、ずっと疑問だったのです」




 そう、国王陛下や王太子殿下ならばまだ狙われる理由が分かる。


 しかし第二王子であるアシュリーを殺害したところで、言い方は悪いが、ミレリオン王国にとってはそれほど大した損害にはならないだろう。継承権争いをしていない王子なら尚更無意味である。


 王太子殿下が考えるように言う。




「まさか『加護』の話が漏れているのか? しかし、それなら殺害ではなく取り込むことを目的とするはず……。そうなるとアシュリーを狙った者達の動機は何だ?」


「アシュリーの周辺を含め、貴族全体について改めて探らせよう。他国の間者という可能性も少なくないが、現状、アシュリーの命が他国に狙われる理由がない」


「陛下、それでしたら私のほうで探ってみます」




 そういうわけで、王太子殿下が主体となって色々と調べてくれることになった。


 ……王家が動いてくれるなら、きっと大丈夫だ。


 安堵で肩の力が抜ける。


 アシュリーを見上げれば、目が合った。




「何はともあれ、婚約を認めてもらえたわ。これからよろしくね、アタシの婚約者さん」




 パチリとウィンクするアシュリーに、つい笑みが浮かぶ。




「ああ、よろしく、わたしの婚約者殿」







* * * * *






 そうして部屋に送ってもらい、わたしはようやく一息吐いた。


 婚約発表を行うまでは、このまま王城の客室で過ごすことになる。


 その後はまだ決まっていないが、恐らくアシュリー殿下の離宮に移るだろう。


 ……ようやく、ここまで来た。


 あと少し。夜会でアシュリーを守り切れば、わたしの目標は達成する。


 国王陛下と王太子殿下に話せたのも大きな成果だ。


 これで、たとえわたしが動けない状況に陥ったとしても、国王陛下や王太子殿下がアシュリーを守ってくれる。アシュリーを守れるなら、それはわたしでなくてもいいのだ。


 バネッサやシェーンベルク殿ではないが、アシュリーはわたしに自分の近衛騎士をつけてくれた。


 アシュリーはわたしを心配してくれているらしい。


 ……だが、多分わたしが狙われたのではない。


 それなら襲撃者はわたしを殺すまでしつこく残っただろう。


 思わず自分の首に触れた。


 時間が巻き戻ったので傷はないが──……それでも、あの瞬間は昨日のことのように思い出せる。


 あの時、痛みや苦しみはなかった。


 それよりもアシュリーが死んだことのほうが苦痛で、悲しくて、つらくて、絶望を味わった。


 大切な人を失うのがあれほどつらく苦しいことだとわたしは思い知った。




「……きっと、わたしは……」




 またアシュリーが死ぬようなことがあれば、何度でも、同じ道を選ぶだろう。


 それをアシュリーが望むかどうかは分からないが、わたしはこの道を行く。




「……愛しているなんて綺麗な言葉じゃない」




 何度でも死んで繰り返すなんてどうかしている。


 それでも、わたしはわたしの唯一の存在を見つけてしまったのだ。






* * * * *






 ミレリオン王国に来て一週間が経った。


 わたしはレンテリア王国の公爵令嬢、つまり国賓として扱われている。


 騎士の仕事も王太子の婚約者としての社交などもなく、とても暇だ。


 いつも通り朝は体を鍛え、素振りを行い、空いている時間は訓練をして過ごす。


 そんなわたしのところにアシュリーは毎日、顔を見に来てくれた。




「スカーレットは真面目ね。もっとゆっくりしてもいいのよ?」




 とアシュリーは言ってくれるが、これはもう、癖みたいなものだ。




「分かっているんだが……訓練は毎日しないと落ち着かないんだ」


「まあ、その気持ちは分からなくもないわ」




 三度目、近衛騎士としてアシュリーの護衛をしていた時、アシュリーも毎日訓練場に行って騎士達と手合わせをしていたので、わたしの言いたいことは伝わったのだろう。


 今も、剣を磨くわたしをアシュリーが向かいのソファーに座って眺めている。




「……見ていても面白くないと思うが」




 アシュリーがニコリと微笑んだ。




「スカーレットの真剣な表情が格好良くて、いつまででも見ていられるわ」




 ジッと見つめるアシュリーの視線には熱が込められている。


 それに気付くと、少し気恥ずかしい気持ちになった。


 思わず視線を逸らして剣に顔を戻す。




「そんなことを言うのはアシュリーだけだ」


「そうかしら? スカーレットは格好良いから、この国でもすぐに人気者になるでしょうね」


「……人気なんて要らない。アシュリーがいればそれでいい」




 どれほど大勢の人に好かれるよりも、大切な一人に好かれているほうが嬉しい。


 急にアシュリーが黙ったので顔を上げれば、赤い顔のアシュリーが口元を手で押さえていた。




「……スカーレットはすごいことをサラリと言うわね」




 それに首を傾げてしまう。




「本心を言っただけだが……?」




 アシュリーがソワソワと落ち着かない様子でわたしを見る。




「剣の手入れ、まだ終わらないかしら……?」




 わたしのそばに来たくて仕方がないらしい。


 布をテーブルに敷き、そこに剣を置いて立ち上がる。


 テーブルを迂回してアシュリーの横に座った。




「スカーレット……その、いいの?」


「ああ、剣とアシュリーなら、アシュリーのほうが大事だからな」


「本当、スカーレットは男前よね」




 言いながら、アシュリーがギュッと抱き着いてくる。


 それにわたしは抱き返しながら笑った。




「アシュリーに格好良いと思ってもらえれば、それでいい」




 見上げて、アシュリーの頬に手を伸ばす。


 触れた頬の感触に懐かしさを覚えた。


 そっと顔を寄せれば、驚いた様子でアシュリーが僅かに身を引いた。


 それを追いかけて間近で囁く。




「男勝りな婚約者は嫌か……?」




 アシュリーの顔が赤くなる。




「……嫌じゃないわ」




 アシュリーの手がわたしの頬に触れ、顔が近づいてくる。


 目を閉じれば、唇に柔らかな感触が触れた。


 唇が離れ、もう一度触れ、そして離れる。




「……アタシ達、まだ婚約前よ?」


「恋人ならいいだろう」


「ふふ、そうね、アタシ達は今は恋人だものね」




 アシュリーが嬉しそうに微笑んだ。




「スカーレット、遅くなったけど……あなたを愛してるわ」




 その言葉に一瞬、死に際のアシュリーが重なり、息を呑んだ。


 けれども、ここにいるのは生きているアシュリーだ。


 瞬きをすれば涙がこぼれ落ちる。




「……ああ、わたしも愛している」




 アシュリーに抱き着き、その温もりを感じる。




「だが、もう、わたしを庇うのはやめてほしい」


「ええ、もちろん。あなたを一人で残すことはしないわ」


「そうしてくれ。……あんな思いは二度としたくない」




 アシュリーがギュッと抱き締め返してくれる。




「前のアタシは大馬鹿者ね」




 だが、あの時のアシュリーの気持ちは痛いほど分かる。


 目の前で愛する人が死ぬかもしれないと思った時、自分が庇うことで助けられるなら、そうしてしまう。アシュリーもきっとそうだったのだ。わたしに生きてほしいと、そう思ってくれた。


 ……でも、わたしはそれを無駄にしてしまった……。




「……いや、アシュリーが庇ってくれたのにわたしは……すまない」


「スカーレットが謝ることじゃないわ」




 よしよしと頭を撫でられる。


 三度目では頭を撫でられたことはなかったが、案外悪くない。


 ……アシュリーだから触られても嫌じゃない。


 むしろ、触れ合っていると落ち着いて心地好い。


 体の力を抜いてアシュリーに寄りかかる。




「アシュリー、もう少しだけこのままで……」




 上から微かに笑う気配がした。




「ええ、スカーレットの望むままに」




 それから、剣の手入れに戻るまで三十分ほどアシュリーの腕の中で過ごしたのだった。


 ちなみに、部屋の隅で控えていたバネッサはひっそりと気配を押し殺していたが、後で見たら顔を赤くして視線を逸らしていたので、申し訳ないことをしてしまった。


 ……口付けは人目がない時にしよう。






 

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― 新着の感想 ―
[一言] バネッサさんは、さぞ、居心地が悪かった事でしょう。 お疲れ様です、バネッサさん。 さあ、今度こそ! 無事に結婚式を、挙げて下さい! (;∀;)
[良い点] スカーレットの加護と回帰の話を今回も国王と王太子が認めてくれたこと。微妙に同じ表現が入っているのが私は好きです。 最後のバネッサの様子を見て反省したスカーレットも好きです7. [気になる点…
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